6. 彼女との日々
連日、俺は精力的に狩りをこなした。
竜を狩る機会は残念ながらなかった。毒を滴らせて歩いているように感じられるらしい俺の気配を察知し、聡い魔獣や霊獣は山を去っているのがこうしてみると手痛い。魔力と知恵のある獲物は彼女に捧げる適切な贈り物になっただろうに。ならば数で補うしかあるまいと大いに野獣の類を戦槌で殴り飛ばし、念動力の竜爪も操って引き裂いて回った。暴れ回る間、不満げではあったが鏡には彼女についていて貰った。俺は小さくか弱げな彼女を危険に晒したくなかったし、俺の帯剣たる鏡の剣であればきちんと守ってくれると確信もしていた。
数をこなした事で解体の技量が随分と上がったように思う。彼女の為によりよいものを、と思えば知っていたかのように次々と工夫を思い付いた。氷か風の元素術で首を落とすと良質の皮革を確保し易いと学習し、俺はそうした属性攻撃も織り交ぜるようになった。
彼女への捧げ物は美しく新鮮で価値あるものでなくてはならぬ、と俺の血が毅然たる調子で厳命を発していた。無論、否はなかった。狩りの中で、眠り込んでいた俺の本性と呼ぶべきものに近付いた感覚があった。
獲物の肉と皮と角と脂を余す所なく利用しようとすれば、日が暮れるまで働いても足りないほどだった。幸い、俺の肉体が疲労を訴えるのは魔術を使い過ぎた時だけだ。煌々と明かりを灯し、鏡が食事に呼ぶまでは贈り物作りに没頭した。いつしか夕食前の自己鑑定の習慣が廃れた事さえ、鏡に言われるまでは気付かなかったほどだ。
何よりも楽しかったのは彼女との触れ合いだった。スライムは無性だとしても、俺は彼女を己の雌と見込んだのだ。
「ほら、ミラー。お嬢さんに取り分けるのは狭いとは言え屋敷の主人たる君の務めだよ。
鏡がやって見せたようにして取り分けてあげなさい」
「心得た」
鏡に促され、彼女が好んで摂取する液体状の養分を供する。鏡は彼女に配慮してシチューやスープを用意してくれたし、蜂蜜も好まれた。肉と野菜は柔らかく煮込んだものが望ましいようだ。柔らかな子鹿を執拗に狙う動機にもなった。俺の手から食物を受け取って摂取してくれる彼女はとても特別な存在だった。
「その紳士的な手付きで匙を使うのも悪くはないけどねえ、ミラー。
鏡としてはミラーが噛んだものを口移しであげるのがいいと思うの」
「……必要ならばやるし、俺としてもやりたくはあるがな……」
鏡に言われた俺の中で「それはどうなんだ」と言う俺と「何故、最初からそれをやらない」と主張する俺が発生し、決着の見えない争いになってしまった事もあった。
俺は鏡の剣を己の話し相手として創造したが、彼女を前にしてはどうやら鏡では果たせない役割と言うものがこの世にはあるのだと悟らざるを得なかった。もしも彼女に他の番ができたら、と想像した時に見舞われた絶望感を俺は口にしたくない。
「こんな見た目だけどミラーはいい子なんですよ、お嬢さん」
「こんなとは何だ。こんなとは」
容姿を鏡に腐された時に感じた不快感は鋭く、ぐずりと己の身を腐らせる毒が含まれていた。彼女の伴侶に相応しいのは種族としての本性の姿なのではないか、と抱え込んでいた恐れを暴かれた気がした。
「気にするのなら自我を保ったまま本性に返れる様になればいいだけよ、ミラー」
「……努力はせねばなるまい」
本性を晒すのは恐ろしい、とは鏡が相手でも言い出せなかった。
「お化けよりは恐ろしくない。そうだろう、ミラー」
口にせずとも鏡は俺の恐れを見通していた。俺は一瞬竦んだ身を必死で取り繕い、彼女の前では虚勢を張った。彼女には俺ほどには強い自我がない事をほぼ確信していたが、それはそれで構わないと心を決めたのだ。