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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
ミラーソードの家族
58/502

58. ミーセオの翡翠

 ミーセオの守護神アディケオにはよく知られた三つの権能がある。不正、水、統治だ。

 不正の権能が最も強い。次いで水と統治。俺にとって重要なのは元素術と治癒術の限界を超えて強化してくれている水神アディケオの水の恩寵であり、ミーセオの皇帝家にとっては永年の揺るがぬ支配を約束する統治の恩寵が重要だろう。一般の信徒がアディケオに願うのは自身の栄達への助けだ。不正の恩寵は偽造や贈賄を助長し、上手くやる手助けをする。


「ミーセオの翡翠と称する石は数多く流通しています。

 しかし、真正の翡翠は驚くほど少ないのですよねえ。

 お連れする店でも鑑定占術は必須ですので、相当数の御準備をどうぞ」

「不正の恩寵を受けた民が多いからだな」

「ええ。盗掘も横行しておりますし、それほどの厳罰にも処されません」


 翡翠の細工物が欲しいと言った所、ダラルロートが手配した船に乗せられてどこかへと運ばれている最中だ。皇宮を取り囲む皇都の中心部一帯は下道が深い水路になっており、船をその身に繋がれた大蛙が水路を泳いで建物から建物へと運んでくれる。橋で接続された上道は乾いた道だ。俺達なら飛翔して行けば済みそうなものだが、ミーセオの貴人は転移も飛翔もしないのだそうだ。


「厳罰に処されぬと言うのが俺には解らぬ」

「おや、貴重な翡翠が採掘される事に変わりないではないですか。

 盗人が得る利益よりも、盗掘を防げなかった管理体制が問題視されます」

「正しき悪だもんね、属性」

「ミーセオではそう言うものなのか」


 鞘からは鏡の声がする。周りの景色を眺めているのか口数がやや少ない。

 船の進み方はゆっくりしたものだが、牽引する大蛙はよく訓練されており快適ではある。ミーセオの貴人はこうして時間を掛けて移動する事で己の訪問先を明らかにし、交友範囲の広さや繋がり(コネ)の強さを周知するのだと言う。


「ミラー様。真にミーセオの翡翠と呼ばれるものはアディケオの神力の賜物です」

「と言うと? アディケオが変成術で翡翠を作っているのか?」


 ほれこのように、と俺の変成術で翡翠の珠を創って手の上で転がす。元素術と治癒術を極めた上で限界を超えた今でも、俺の最大の得手は変成術だ。無を有で埋め、有を腐敗させ泥に変える。


「ミラー様が今お創りになった翡翠と較べられるのがよろしいかと存じますよ。

 一目で違いがお分かりになる事でしょう」

「へー。鏡は正解が解った気がする」

「教えてくれてもいいのだぞ、鏡よ」

「ミラーが鏡に飾りをプレゼントしてくれるんでしょ? 興を削ぐ事は言わなーい」

「そうか」


 準備していた術を幾つか鑑定に振り替えながら手慰みに幾つかの翡翠を産み出す。ミーセオの翡翠との違いは何であろうな。

 俺も細工ができない訳ではないのだが、ダラルロートにステーキを出した時の鏡のような酷評を浴びるので自分ではやらぬようにしている。ダラルロートの審美眼は間違っていないが、俺達に厳し過ぎる。俺と鏡は好きなように創ってそれなりに楽しめばそれでよいではないか、と言う考え方だ。一方、ダラルロートは最高の素材で中途半端なもの、美しくないものを創るのは資源の浪費であると言う考え方だ。鏡と口論が絶えないのは当然だ。


 今日のダラルロートはリンミの大君らしい服装はしていない。先刻までは屋敷で俺に茶を点てていたくらいだ。生地も仕立ても良いので貴人だとは解る程度、だそうな。俺も少し格式が上だなと解る似たようなものを着せられて、以前ダラルロートに貰った眼鏡を掛けている。枠の中では邪視を曇らせる眼鏡がないと、俺には血管やら何やらの管が絡み付いた臓器しか頭に入って来ない。


 大蛙の船頭に曳かれた船が幾つかの橋を潜った後、それらしい建物に到着した。贅の凝らし方から見て格の低い商家ではない。皇帝に勅許を与えられた店だ。それでもダラルロートが鑑定を準備しろと言ったのだからミーセオの民には恐れ入る。


「大君と使徒様はどのような品をお探しですか?」

「部下への土産と帯剣の飾りが欲しい」

「女性の魔術師なので賜りものに美品があれば、と」


 賜りものとダラルロートは言った。商家の者が手慣れているが慎重に扱う翡翠に俺は魔力を感じる。元素、それも水に分化した魔力だ。ダラルロートが美品と呼ぶのは余程の高級品ばかりなので、魔力が篭っていると言うだけでは買わないだろう。強い魔力さえ付与されていればいいなら、俺は何度もダラルロートに渡す術具の作り直しをせずに済んだはずだ。


 並べられた品は悉く蛙だ。蛙の指輪、蛙の根付、蛙の首飾(ネックレス)、蛙の玉、蛙の置物、蛙の小物入れ。


「ダラルロート、カエルばっかりなのはどうして?」

「蛙の意匠は賜りものの力を引き出し易くし、持ち主により確かな加護を与えるとされています。

 先代の第三使徒としても、真実であると保証致しましょう」

「ほう」


 皇都には蛙の像が幾つも建っていて、特に蛙地蔵と呼ばれる霊験あるアディケオ像には供物が捧げられている。蛙地蔵の清めは、アディケオを奉じる僧や神官の務めだとは聞いていた。言われてみれば、民も蛙の装飾品を身に着けていたか。


「俺の創る翡翠に後から付与したものともまた違うのだな」


 水の元素の扱いは、アディケオから授かった水の恩寵によって得手と呼べるようになった。道中で作っていた翡翠に魔力を吹き込んでみたが、どうも感触が違う。俺が即席に付与した翡翠とは違い、ミーセオの翡翠の方がもっと自然だ。簡単には魔力が失われなさそうな安定感がある。貴ばれるのも頷ける話だ。

 ダラルロートが何やら目だけで笑うものだから、俺は眼鏡の枠の中に収めて商人を見た。勅許を持つとなれば手練れの商人であろうが、強烈な自己欺瞞を常に張り巡らせているダラルロートなどよりはよほど解り易い顔をしていた。


「リンミの大君が納得する品を譲ってくれるのなら、俺の翡翠を渡しても良いがな」


 俺は見立てにそれほど自信が無いのでな。目利きを黙らせたいなら目利きを頼るべきであろう。下手なものを選べばシャンディと鏡への贈り物を(くさ)されるかと思えば気分もよろしくない。鑑定は惜しみなく使った。




 結局、ダラルロートと鏡が険悪な雰囲気になる場面もありはしたが、最終的には文句を言われない品を選べたと思う。俺は鏡の剣の柄に、買い求めた翡翠の玉飾りを括り付けてやった。


 送迎してくれた大蛙には、俺が創った翡翠を一つ与えてやった。大蛙はけろけろと機嫌よく啼き、船を曳いて帰って行った。大蛙はあれで高給取りで、ミーセオで大切にされている種族だそうだ。俺はけろりと啼いた別の蛙の声を聞いた気がした。

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