55. 食事
兜を脱ぎ、俺は務めを果たした分体に歩み寄った。
「死なせてしまったか」
「鏡に殺意があった事は否定できない」
アステールに切り伏せられ、鏡からの治癒も及ばず動かなくなったダラルロート。眠るような黒髪の男の顔に掌で触れた俺は堕落を引き出す。異界より訪れた腐敗の邪神に産み落とされた、コラプション スライムとしての本性に深く関わる異能を。ダラルロートの姿形をさせていた分体の血肉がずるりと崩れて一塊に纏まり、俺の本性である見通せぬ漆黒の塊に変わる。
「産み直してはやる。暫し戻れ」
どうすればいいかは本能が知っていた。男一人分の質量がある分体を抱え上げ、頭から浴びるようにして同化を促す。分体が俺に戻って来る感触は気持ちが良いとも悪いとも付かなかった。分体はどこか嬉しげに俺に擦り寄り、俺が露出させている部位から速やかに俺に同化した。戻りたがっていたかのように。俺は粘体の全てを人型のまま同化させ終え、分体が使っていた刀剣と重みのある絹衣を回収した。
次はアステールだ。まだ死んではいない御馳走に逸る気持ちを抑え、監視役に声を掛ける。スコトスではない可能性もあったが、スコトス以外なら俺とダラルロートは気付いたはずだ。
「御所に戻っても良いな、スコトス」
「いいとも。アディケオはミラーソードの働きに満足している」
「それは何よりだ。治水の君の治世が永く続く事を心から願っている」
どこからとも知れぬ声。
「いる、影の中」
鏡に言われて俺の影を見れば、何かがいる。黒い影の……蛙か? 第二使徒のスコトスであろう。得体の知れぬ術だ。少なくとも俺にこういう隠れ方はできない。
「後は任せる。俺には食事の時間が必要だ」
「任されよう、兄弟。憎きアガシアの第一使徒の命だ、じっくりと愉しめ」
「ああ」
これがスコトスの素なのか、別の化けの皮に過ぎないのか俺は知らない。
どちらでも良い事だ。アディケオにアガシアの契印を捧げた為だろう、スコトスに呼び掛けられた『兄弟』と言う言葉の響きは俺に密かな充足感を与えてくれた。
御所にある己の領域に持ち帰った餌を味わい尽くすのには随分と時間が掛かったし、喰い切った後には俺は眠たくて堪らなかった。魔法騎士として長くアガソスを守護していた公爵の人格はアガシアの恩寵が去ってなお手強く、自我が随分と揺らがされた。眠さに抗いながらアステールから喰らった力を一部加えた分体を産み、記憶の坩堝めいた睡魔に俺自身を投げ与えた。




