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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
暗黒騎士ミラーソード
50/502

50. 鏡の正体

「アディケオの使徒にならんかな。

 誘いを受けるならばアディケオはそなたに不正の権能を吹き込み、かわいいダラルロートを正式に譲ってやろうから」


 そう申し出たアディケオの分霊に対し、俺の腰の鞘から鏡の剣が念動力を操って勝手に飛び出した。遠慮のない飛び出し方に露出していた肌が薄く切られ、微かな痛みが走る。


「ダラルロートなんか返品だあ!! そうでしょ、ミラー!」


 神をも恐れぬとはこの事だ。完全に激昂している鏡をどう宥めたものか考えねばならなくなった俺だが、衝撃でアディケオの神威からは自由になった。立ち上がり、飛び回りながら喚く鏡を宥めに掛かる。


「言われた事の意味は解ってるの、ミラー!!」

「解っているなら説明してくれ、鏡よ。俺にはダラルロートの下りの意味が解らぬ」

「やっぱり!! このカエルはなあ、ダラルロートをミラーのお嫁に出すからお父さんと呼びなさいって言ってるんだ、カエルの癖に!!」


 何だそれは。

 鏡が怒鳴り散らした言葉を咀嚼し、考え直したものの。

 ……本当になんなんだそれは。


「何だ、それは……」

「鏡は嫌だぞ!! 君の父の趣味だって決してよくはなかった。ああ解ってる、解ってるよ!!

 だからと言ってミラーまで神の使徒なんか選ばなくたっていいじゃないか!」

「言いたい事は解らんでもないが俺の母はそれほど問題があったのか、鏡よ……」


 俺自身を腐されている気がしてならんのだ。俺の血統の世代交代とは、父が選んだ苗床から次世代を生み出すのであるからして。俺自身、親の能力と経験を受け継いでいる。


「私では嫌だったか」


 ぽつりと。言葉が勝手に零れて。俺は今、何と言った?


「……無理矢理だっただろうがあ!」


 鏡の怒りは収まらない。つまり、これは。


「よく隠れる者の狂気はそなたの父よ、ミラーソード」

「そーだよ、悪いか!」


 分霊がそう言った。鏡が肯定した。ダラルロートが言う、俺のごく間近で。


「私はお父君に婚姻の許しを請う立場と言う訳ですねえ。ミラー様を下さい」

「許さん!! 鏡は許さないから!!」


 何だ、これは。ダラルロートは何を言っている。鏡も何を怒鳴っている。時折、狂った事を言っていた鏡が俺の父だと? 鏡からは時折『うちの子』と呼ばれませんでしたか、と俺の中で奴が囁く。……感情に任せた戯言でも言葉の綾でもなかったとしたら?

 怒り狂う鏡が集めようとした魔素に干渉して散らす。父だと言う鏡は鏡で問題だが、アディケオの不興を買う事態は避けねばならない。


「鏡よ、後生だから直接攻撃だけは止せ。

 俺では分霊には勝てまいし、俺からダラルロートを奪い返す程度の事はできるはずだ」

「……そうね」


 不意に鏡が鎮まった様子を見せる。本心はともあれ、魔術攻撃の気配は止まった。宙を飛び、俺の前で静止する。鏡の剣の鏡の刀身に映るのは金銀混淆の髪と青い瞳をした俺ではない。妖しげな輝きのある長い銀髪と緑の瞳を持つ男のような生き物の像が結ばれている。


「どうも、初めまして。僕がお父さんだよミラー」


 真面目腐った声で鏡に映る父が言う。では、俺は……私は。暴走して崩壊した自我を分体の手で整合性を取られていたはずの納得や理解が軋みを上げ、抑えられていたものが奥底から漏れ出ようとする。お化けが怖い俺と違って弱点などない、穢された聖騎士だったものの名残が。もう、どんな力の源でも構いはしなかった。母の力を借りて口を開く。


「ダラルロート。こうなると知っていて連れて来たな」

「ある程度は」

「鏡よ、貴様は」

「僕は全部、覚えてる」


 岩の上には蛙がいる。

 隠れる(きみ)の御所の管理者、騙し合いを奨励する者。


「俺が臣従するにしても信仰するのは俺の血統の邪神だぞ」

「構わぬよ。そこな前任の第三使徒はアガシアからも第二使徒として恩寵を受けておったではないか。

 アディケオが己自身のみを奉じよと望むのは第一使徒に対してのみ。

 ノモスケファーラめの第一使徒だった者の写し身よ。アガシアを追い込んだ功だけでもアディケオはそなたを買っておるよ」


 俺はやりたいようにやっただけだ。アディケオの歓心を買おうとした訳ではない。


「不正に加え、水の恩寵も寄越せ。ダラルロートは返してもよい」

「ほう、そう来たか。異能としての水はそなたの元素術と治癒術を強化するであろうし、そなたの街に恵みをもたらすぞ。

 本人の希望もあってダラルロートは譲るゆえ、そなたが使えばよい」

「要りません!! お父さんとしては要りません!! 反対!」


 またしても喚き始めた鏡は本当に恐れ知らずだ。

 正面に浮く鏡の殺気と真横からの吐息に身が竦みそうになる。俺はそちらを見たくない、こいつは本当に化け物だ。束の間思い出した母の強さは既に使い果たした。今、どうにか立っているのは俺の自力でしかない。


「アガシアの契印を捧げればよいのであろう。

 難題だとは思わぬが、俺の父はこの通り尋常な婚姻を望んでいてな。

 父に配慮してくれねば同意すまいよ」


 言い切る。母ならそう言ったはずだ。土着神を奉じる王族全てを殺し尽くし、契印の守りを剥ぎ取るなど何度もやった事だと。


「持ち帰ったならアディケオはそなたに宦官になれとは言わぬと契約してやろう」

「誘惑はするし、捧げるように仕向けもするって意味だろうがあ!

 お父さんはね、ミラーには可愛いお嫁さんと一緒になって欲しかったのよ!!」


 鏡よ。父よ。

 ……俺が思うに、俺達の血統の業は少々深過ぎやせんか。


「不正と水の恩寵についてと宦官云々の契約については同意できる」

「では決まりだ。今この時よりそなたがアディケオの第三使徒よ」


 蛙の姿をしたアディケオの分霊が俺に神威を注ぎ入れる。アガシアの契印を守るアガソスと戦わせる為の力を。隠れる(きみ)の御所に満ちていた魔素が恐ろしいほどの勢いで凝集され、俺に向かって降り注いだと知覚したのを最後に意識が消えた。

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