5. コラプション スライム
暗く澄んだ橙色の同族。もしくは近縁種。
一目見た時から直感はあった。行商人が結界を抜けるまで待つのももどかしく、俺は補助陣法の助けを借りて占術を行使した。俺自身が抵抗せず欺瞞もしない自己鑑定とは違い、高度な占術を扱う必要があった。補助陣法を正しく用いれば俺が不得意な系統の術を使う際の助けになってくれる。果たして鑑定の結果は好ましいものだった。
「ミラー、この子はコラプション スライムだ……!」
「ああ、一目見てそうではないかと思っていた」
俺にはコラプション スライムと言う種類の妖怪の血が混ざっている。混ざっている、と言うよりは八割か九割までスライム寄りだ。人間型をしているのがいっそ不思議な比率だが、高位のスライムには他種族に擬態する種類がいる。
0歳と自己鑑定できるのに青年の姿をしているのは、至近一年以内に親のコラプション スライムから産み落とされたからだ。もし人間の胎を借りて生まれていれば赤子から順次成長したらしい。親自身の好みは育てた巨大なスライムと混ざり合っての繁殖らしい。らしい、と言うのは俺はその経路では生まれていないからだ。
親の顔は知っているとも知らないとも言えない。親であり、よく知った俺自身であり、それでいて俺ではないもの。変質を避けられなかったもの。鏡の剣に嵌め込んでいる小さな銀の宝珠は親が遺したものだ。
生後時間が経てば経つほど記憶の混乱は収まり、親と苗床の人格の印象はぼやけた。代わって俺の自我が確立し、親由来の力の使い方を体得した。鏡に言わせればまだまだだと言うし、俺は魔術を扱うよりも戦槌を両手で握る方がこう、しっくり来る。暗黒騎士として邪神の恩寵を感じながら武威にものを言わせる方が簡単だ、と。鏡にはしばしば窘められているが不快ではない。
話を近縁種と思われる彼もしくは彼女に戻そう。
行商人と取引をしているのは、奴が俺の求める『珍しいもしくは強力なスライム』を連れて来れる人材だからだ。縄張りに踏み込まれ、助命を求められた折にはそれほど成果を期待していなかった。だが、今回連れて来られたのはどうやら異界の邪神の血統を受け継いだ本物だ。鑑定して名前がなかった事も本物らしさを高めた。俺が受け継ぐ血統には本来、名がない。鏡が好んで呼ぶミラーと言う名は便宜上付けた偽名に過ぎない。
「君に俺のような自我はあるのか? 作業を命じられれば動ける型か? それとも退化してしまったかい」
話し掛けながら刺激を与えてみる。
好みを知る為に幾つかの食品と液体を用意し、誘引されるものがあるか観察した。俺自身が与える魔素に最も強く興味を示した事実は、俺の中の非人間的な方面を酷く沸き立たせた。彼女ならばもしかしたら、もしかしたらば俺の嫁に成り得るのだろうか。
「彼女は長旅で疲れていると思うよ、ミラー」
「ああ、失礼した。失念していた……近縁と会うのは初めてでな。すまない」
俺とて繁殖を試みはしたのだ。だが、麓の村に住むミーセオやアガソスの女ではダメだった。ただただ、どうして他種族を苗床にできるのか不思議でならなかった。俺は同族かせめて近縁種でないとダメなんだ、と今日はっきり自覚した。自我を示す気配のない彼女を愛おしく思う気持ちを否定できない。
「鏡よ、俺は彼女をどうもてなせばいい?」
「弱っている感じがするからね。まずは療養して貰おうよ、ミラー」
「そうしよう。精一杯のもてなしと歓待を約束する」
彼女には拙宅にあった最も上等な毛皮の敷物に座って貰い、俺は下に置かぬ扱いを約束した。