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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
七曜の公主フューリー I
492/502

437. 不運神の予言

ミラーソード視点

「貴様が言うと何一つよろしいとは思えねえから、こうして供物に手を出さず考え込んでいるんだがな……」


 俺の溜息が言語化して漏れ出たような言葉に接して、不運神が仮宿にしている火焔神の祭司は半吸血鬼の尖った牙を晒して朗らかに笑うばかり。対抗権能を司る神格の機嫌がいいって事は、必然として鏡神としての俺が不愉快になる事態ではあろうからな。

 属性対立だとか相性相克だなんて、腐敗と太陽以外は俺には関わりのない話だと思っていた頃に帰りたくなるな。


 言わねえけどよ。

 思い付いても口に出すべきではない事ってのは、イクタス・バーナバの遣使(けんし)にも当然ある。アディケオの第三使徒としての立場であれば、使徒の方が遣使(けんし)よりも従うべき制約が多い。

 だから嫌々ながらも挨拶はした時、俺は『遣使(けんし)としての訪問だ。貴様の上司でも同僚でもない』とダラルロートに対して宣言してはいる。ミーセオ帝国に仇なす敵だと宣告しなかっただけ、言動を自制できた俺を褒めて欲しいくらいだ。


 俺はこいつが好かんけれど、妻と祖母は好意的だからよ。配慮ってもんが要る。……気に入らねえ事そのものは隠す気がねえけど。


 だいたい俺が直に精霊を喰えずとも、迂回する手はあるんだよ。

 要は、超重篤現世の景観を汚す手合い恐怖症などと言う忌まわしい弱点のない母さん達に供物を喰って貰った上で、俺が母さんを喰えば最終的に腹の中には納まる訳でな。

 ……だけどカーリタースは偏愛の司直として半神になって以来、相当に自我が強いからなあ……。より強力な一柱として成立している方が心地よいものだから、融合に合意してくれても分割には頷かないかもしれん。コラプション スライムってのは、図体がでかければでかいほど年経て強大化した種族なもんだからよ。頼むならコルピティオ一択か。


 それか、精霊神としての格が高い妻に精霊を集めて貰うかだな。

 概念の精霊どもは心豊かな定命の者の精神に根差して存在するからには、精神を母胎として発生する精神生命体だと見做す向きもある。……俺に恐慌を来たさせるに充分な発生過程だけどな……。妻に支えられていてさえそうとは認識したくねえわ、やっぱり。育ってしまえば直視できるんだが、幼体はいかん。

 妻なり娘の手で高位精霊に成るまで育てられた精霊を、俺が貪り喰らう事への心理的抵抗が問題ではある。だが、概して供物とはそういうものだ。腐敗の邪神の孫を婿に貰ってくれたからには、供儀の一つとして受け入れて貰う必要はあるだろうよ。


 俺はどうしたものかな。

 ダラルロートが精霊の触角に向けている視線つうか、用心の程は相当に非好意的だ。俺が仲裁に来てもまだ何らかの術式を構えたままだぞ、こいつ。


「ミラーソード様も御存じの通り、低位の概念の精霊は明確な実体を有しません。今これ(・・)を御身が召し上がられたとしても、養分としての真価には程遠い。羽化を促してこそ価値を持つ供物である事をどうか御理解頂きたく。

 陽銀の部族に馴致された猛虎の精霊、孤狼の精霊、火狐の精霊、賢梟の精霊、払暁の精霊と言った、獣化した高位精霊を夏の宮殿で見慣れておいででしょう。高位精霊として祀られるべき位階に至った時、ようやく供物としての真価を現すもの。未だ(さなぎ)ですらないのですよ、これ(・・)は」


 ダラルロートに返事はしない。まだ考え中だぞ、俺の思考速度が貴様よりも遅い事はよく御存知だろうよってな一瞥を面頬の下からくれてやるまでだ。

 いかにも暗黒騎士然とした重装鎧は俺の趣味じゃねえんだけど、面頬付きの大兜を被せられているのは表情を隠せって司直からのお達しかね。神格が相手じゃ、あんまり意味ねえと思うんだけどな。


 眺めていると本調子じゃない気配もあるな? もっと喋る奴だったろ、ダラルロートは。俺の影が巣食っていた器が小さくて窮屈なのか、見目を繕いこそすれ反射が痛かったのか。

 概念の精霊からの攻撃ってのは、耐性なり特効を用意するのが面倒なんだそうでな。そうと解っていれば事前に耐性を用意もできようが、払暁の精霊と戦う前に用意すべき耐性を知っているか? 夜明けと共に希望をもたらす牡鹿に対して対抗属性となる絶望なり闇を用意できるか、みたいな話さな。俺であれば、腐敗の異能を振るって腐らせるまでだがね。


 ダラルロートとしては真剣なんだぞ、と言う主張はそれこそ全身から感じるんだけどよ。俺の軛を逃れて出て行った奴だからな。どうしたって素直には聞く気にならん。


(わたくし)の言葉はミラーソード様の御心を騒がせましょうが、占術を重んじると思い定めて昇神した(わたくし)の予言として是非とも記憶に留めおいて頂きたく」

「念の為に言っておくが、手紙を貰っても同じだからな」

「承知しておりますとも」


 こうして直接会話しているだけでも帰りたくて堪らんのだが、まだ用事が済んでいないからな。なあ、執務室の壁に張り付いて俺達の様子を伺っているスカンダロンの使い魔よ? 告発だか直訴の機を伺って黙り込んでいる白い井守(イモリ)を妻が気にしておるわ。どうも痛い目に遭った事があるそうでな、飛んで来た当初から神魚の六眼で見詰めていたぞ。


「使い魔や貴様の器に聞かせていい話かね?」

「予言を秘匿なさりたいのであれば(わたくし)の神域でお伝え致しますが」

「やだよ。秘匿しきれる話でもねえしな」


 俺は勘で言っているが、予言の確度を上げたいのなら流布させない方がいい種類の予言だろうぜ。

 どのみち、俺がダラルロートの神域に立ち入るなんて承諾できねえって。妻の不興を買おうともお構いなしに、不運神の全能力を最大化できる神域に俺が監禁されるのがオチだよ。運命神に成りたいらしいダラルロートからすればある意味ゴールなんだから、解り切った話だ。俺を呑んだ後であれば祖母とて俺を救うかどうか……。


 それでも知っておくべきなんじゃねえのかな、ってな欲が湧かないとは言えねえのが提案の厭らしさよな。俺はダラルロートが誰を祖王に選び、どこに契印を設置したのか知らんのよ。土着神と事を構えるならば事前に知っておかなきゃならん事だ。

 もしも定命の者が自力で不運神の神域を暴いたなら、試練の達成と見做されていい感じにレベルを上げられるかもしれんがね。探索の試練とはそういうものだし、神性迷宮(ラビュリントス)は武の試練、智の試練、探索の試練、結束の試練、勇気の試練と言ったものの総合的な形態だ。

 とは言え、俺が祖母に訊ねれば教えてくれようからな。冒さずともよい危険に踏み込む事はあるまい。


 もっと強気に出られれば楽なんだけどよ。俺は間違っても温和な性格はしとらんのだが、それでも会話に応じざるを得ない事態には苦い心地でいる。

 弱点持ちの悲しさでな。既に弱点を知られているとなると厳し過ぎる。

 しかもダラルロートにはイクタス・バーナバの契約者を全て把握されているし、何なら契印の在り処と神域への入口も知っていやがる。


 今すぐ戦えとアディケオや腐敗の司直にどやされたら相当にぐずるぞ、俺は。

 アディケオの不興を買ってサイ大師―――スカンダロンにぶっ殺されるのは御免だぞ。ゼーロスとデオマイアにもよく言い聞かせる必要はあろうが、根本的には俺じゃ勝てねえ相手を敬っているんだ。


「要はそこの触角を高位精霊に至るまで肥やした上で喰えって言うんだろ」

「競合する(わたくし)よりも先に、ですがねえ」


 愉しそうだな、貴様は! 俺には何一つ愉快じゃねえんだが。

 そりゃそうだよ、ダラルロートからすれば最終的に運命神の腹の中に供物が納まっていればいいんだからな!! 早い者勝ちの……


 ―――競争になる。増殖の大母は不運神からの請願を承認している。


 妻からの明晰な言葉には思わず呻いたね。

 婆ちゃんや、俺に試練を課したのかい。世には傀儡と影を放ち、疲れた血肉を横たえて心地よい巣で寝ていたい俺に? 然るべき供物を喰らい、神格として機能せよと。できなきゃダラルロートの餌だぞって?


「邪神の思し召しをそのように嫌がるものではありませんよ、ミラーソード様。上王が直々に課す試練であればこそ、これ(・・)の最終的な生贄としての価値は類似品とは比ぶるべくもありません。

 エムブレピアンの天寿は概して四十歳。これ(・・)の肉にはケーリオとアガソニアンの血が混ざっているとは言え、寿命に大きな違いはございませんよ。ミラーソード様が薬物で延命させない限り、長くとも二十数年を時限とする課題ですとも」


 不運神め、心にもない台詞をよう吐くもんだ。

 精霊の育成に二十数年も費やす気なんてこれっぽっちもねえんだろうに。何なら、俺が夏の都に帰ったら即パワーレベリングでも始めかねん。

 まして混血なんだろ? なら、(さなぎ)や脱皮を経るとは限らねえ。受け継いだ血統のいいとこ取りをして、肉体を苗床にして花を咲かせたり、根っこが本体になったりもしかねんのだ。


「幸か不幸か、これ(・・)は容易には精霊として進化致しません。極めて性能のよろしくない肉体に幽閉され、弄び易いよう条件を整えられておりますので……」


 俺の懸念を見透かすように、ダラルロートは説明してくれやがったよ。


「憤怒の精霊として、或いは到達すべき完成形としての然るべき経験を積ませる事で進化への道程を歩むでしょう。現時点では凡庸な容色も、生贄としての価値が高まるにつれて変化するのではないですかねえ」


 精霊として、なあ。

 デオマイアは魔力を分け与えて強力な精霊を手軽に育てているが、妻の言う事には問題の精霊は魔力だけでは育たんのだそうな。報復の異能を使わせないといかんのだと教えてくれた。


「こやつが勝手に育つのを待つってのはナシかね」

「その場合、ほぼ確実に(わたくし)が頂いてしまいますが」

「……ナシだなあ」


 こう……負けるとよくねえ競争だぞ、ってな焦りがあるんだよ。

 仮に育てたのが俺でも、最後に掻っ攫われたら負けなんだろ。逆にダラルロートに育てさせて、太った所を上手く掻っ攫えれば万々歳だが……。意思のある生贄だもんな。自発的に身を捧げる事もあろうよ。


これ(・・)なる生贄はね、ミラーソード様。七曜の公主として成就した時が食べ頃でございます」


 何が愉しいのか俺には測りかねる心理だったけどよ。

 嫌々ながらも直に会った時、不運神めはそう予言したのさ。混血の娘は七曜の公主になる女だってな。

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