48. 送られて
防衛を指揮した太守の指示により、アステールはリンミの一兵とも戦ってはいない。兵や騎士が使徒相手に歯向かっても虐殺されるだけで何の益もないからだ。もしも時間稼ぎが必要な状況であったならば、太守はたとえ1分にも満たない時間の為だろうとも命を磨り潰させただろうがな。転移だけを結界で封じ、徒歩なり飛翔なりでやって来るのは妨害させなかった。事前に取り決めていた第一使徒強襲時対応準備通りの動きだった。使徒とは意思を持って動き回る災害だ。
「アステール師に勝てなかった場合は亡命しますので、事後を任せます。
手紙はミーセオ宮廷宛てでよろしいですよ。
第一使徒に対して抵抗は無用。アガソスへの恭順は自由に誓って構いません」
リンミの太守付き筆頭補佐官はこれだけ言い置かれているそうな。
「いやに亡命慣れした太守殿はどうでもよいとして、ミラーソード様はお体にお気をつけあれ。
その身の醜悪を覆い隠すアディケオが御身をも隠して下さるよう、この正しき悪の司教ヤン・グァンはリンミよりお祈り致します」
「ああ。そなたには特に心労を掛ける、ヤン・グァン」
体と言っているが司教の事だ。俺が気を付けるべきものなど奴等に決まっている。言い換えだ。老司教の心遣いとして受け取っておけばよろしいのだ、と俺の中にも知っている奴がいる。アディケオは第一の権能を不正とする。この旅への加護を願われるには適切な神格だろうさ。
「なるほど。司教殿が土産は要らぬと仰るのでシャンディ嬢にだけ買って来ます」
「はっ、太守殿から土産など貰うては毒の心配で触れもせぬわ」
「食べ物がいい」
「承りましょう」
「ほんとに仲いいよねこの三人」
鏡の声には呆れよりも別の感情が含まれているように聞こえた。
……司教への土産は俺が買って来ればいいのか? 魔女の躾はそれほどの難題だったのだろうか、相変わらずだ。奴にもできぬ事があるのだなと思えば少しばかり面白くはある。
「ミラーソード様、いってらっしゃい」
……うん?
「何きょとんとしてるの、ミラー」
鏡に混ぜっ返されて正気付く。シャンディに何を言われたのか理解が追い着かなかっただけだ。太守は何やら愉しげにしている。
「ミラーソード様には土産をねだらないのですか?」
「ん、何でもいいです」
誰だ、女の『何でもいい』とは難題だなどと俺の中で言っているのは。俺自身の経験ではないぞ。俺は何と答えればいい。頼りにならぬ人格と頼らせる気のない人格しか俺の中にはない気がする。或いはアステールを喰えれば改善するのか? 誰も彼も役に立ちそうになく、鏡相手の凌ぎ方を応用して曖昧な言葉を捻り出した。
「……覚えていればな。各々、動かねばならん時間だ。出るぞ」
俺と鏡とダラルロートはミーセオへ挨拶と仮宿の確保へ。
シャンディとヤン・グァンはリンミに戻る。有事に使えるよう幾つかの術具を持たせてはある。俺は長距離転移できるので様子を見に行く事はできようが、少々忙しく働かねばならない予定でいる。
俺の為に作り変えた街が俺の手を離れる間にどう変わるかは、アガソスをどれだけ早く追い込めるかに掛かっている。




