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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
七曜の公主フューリー I
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F39. 僕には殺らない理由がない

 七経(しちけい)の一つ、祭品経に曰く。


 レベルを上げたければ強者を殺せ。

 弱者が強者を討ち果した時、勝者はもはや弱者ではない。勝利の栄光は直ちに勝者のレベルを高め、器と経験に見合った然るべきクラスを獲得させもする。それが世界の(ことわり)だ。


 では、どうして土着神は殺人を禁じるのだろう?

 レベルの高い信奉者であればあるほど、神々へ高純度の信奉を捧げると言うのに。


 どうして国家は殺人を禁じるのだろう?

 レベルの高い人材は貴重だ。もしも一人の将の死が一万の兵のレベルを一つ上げるなら、将には国家の為に積極的に殉死して貰ってもいいのではないか? 具体的に言うとチャン・ラオなんて生贄に最適だと思う。


 知的生命体を殺める事は罪業である―――なるほど、善神であればそうだ。中庸神の態度は関係性や気分に左右される。

 しかし、ミーセオ帝国の守護神らは正しき悪だ。悪神は殺しそのものを否定はしない。表の守護神アディケオは「暴力は品がない。騙しと(たばかり)を以て行うべし」と言う態度を取るにしても、裏の守護神スカンダロンからすれば死とは生者を煉獄へ迎え入れる儀式に過ぎない。


 祖神を同じくする同胞を殺める事は罪業である―――なるほど、悪神も概ね否定はすまい。

 しかし、世には行為の正しさに頓着しない神々がおわす。中立神はしばしば日和(ひよ)りがちだ。狂神らは時として生贄を捧げて上王の助力を請い、或いは一人の貴い生贄を以て大精霊を精霊王に大成させる事もする。上王は恩寵を与えるかもしれないけれど、神罰を下す事もある。大精霊は大成できずに消滅するかもしれない。狂神には不確実な困難に挑む事を良しとする気風がある。


 或いは、衆生が血を流し、恋に狂い、道に迷い、欺かれる事を試練として肯定する神格がいる。間違いや過ちも成長の糧であると捉える求道者(シーカー)気質の神々だ。

 求道者(シーカー)は衆生の失敗と回り道に寛容だけれど、絶え間なく試練に晒される信奉者の大半が長くは生きられない。

 そして衆生の成長から信奉を獲得する求道者(シーカー)は、見事に成長を遂げ切った個体を宝玉のように慈しむ一方で、機を伺う投機心を秘めてもいる。


 ……僕が口語にして意訳もしたけれど、祭品経にはそう書いてある。



§



「パワーレベリングに私の助力を得たいと仰るのですな」


 チャーリー公子は腕を組み、僕を見下ろしたまま考え込む様子でいる。


「公子の得意分野なのではないかなと。どうでしょう?

 イェン・リュエ、シーハン、ユートン、カーシン辺りの殺人処女を捨てさせるだけでもイケると思うんですよね」


 ミーセオニーズは通常、姓と名を常に一緒に名乗る。

 記録上は9歳のシーハンは姓がシーで名前がハンなのではない。本来属すべき氏族を失ったか捨てられるかした孤児だから、シーハンと言う名前しかない。12歳のユートンと13歳のカーシンも、シーハンと同じ孤児院から引き取った(うじ)なしだ。僕が欲しかったのは一人だけで、後の二人はおまけだね。


「悪の尼僧らしい振る舞いと申し上げるべきでしょうか」

「うふふ……。僕は生まれてこの方ずっと中立にして悪ですよ。

 真の利もなしに善行など致しませんとも。そんな事をしたら、ジアンに無駄遣いをネチネチと責められてしまいます」


 ねえ? と文机に敷いた座布団でくつろぐジアンを見れば視線を合わせない。まだ執念深く、提出された公子の仕事に粗がないか探していた。

 ……白腹(バイフー)井守(イモリ)に生まれても宦官並みに嫉妬深いのは困るなあ。七曜寺社が中央の要職に宦官を就かせないようにしている理由、聖獣にも適用すべきなんじゃないの?


「フュー・ダオ。狩場と獲物について貴女の腹案はおありで?」

「もちろん」


 腹案の四つや五つもなしに提案などしない。

 僕は文机の引き出しから幾つかの地図と証文を選び取った。地図も紙のものばかりではない。僕は獣皮を(なめ)して描かれた大雑把な地図を文机の上に広げ、雑談の調子で言った。


「僕のパパのパパ、イクタス・バーナバの第一使徒でして」

「存じ上げております」


 名前をマカリオスって言うんだけどね。個人の識別が必要なら、パパのパパは陽銀の部族の大マカリオス、パパは北頭の部族の小マカリオスと呼ばれる事もある。何しろ、パパのパパの係累は総数が多い。ミーセオ帝国の推定ではエムブレピアンのうち約五千人がマカリオスの血縁者だ。多過ぎるでしょ。


 それでも『祖母が邪神です』よりかは楽な(・・)血統だと思うよ、『祖父が土着神の第一使徒です』って。何しろ血統に依存して使えるコネが大量にある。


「だから立ち入れるんですよね、狂土エムブレポに。いい狩場、いっぱいあります。

 娘衆には緑竜(グリーンドラゴン)がいいんじゃないかな。ミーセオニーズの子供にはスリリングでしょうけれど、肝を冷やし過ぎて死ぬくらいでないとパワーレベリングになりませんから」


 おや、寺請証文(てらうけしょうもん)を一枚ずつ舐めるように調べ上げていたジアンが舌を出した。嬉しそうね? 公子は気乗りしないのか、難し気な顔を隠してもいない。


「エムブレポに立ち入るのですか……。貴女にとって危険なのでは?」

「チャン氏の支配領域へ遊び(ていさつ)に行くよりは全然。僕にとっては父方の実家ですし」


 何なら僕一人でピクニックやキャンプしに行く事もできなくはない。

 精霊を連れて行くし、召喚術師として援軍を招請してもいいのだから。


「小マカリオスは私が退ければ良しとお考えですか」

「ですね。パパは僕がよほどの隙を見せればカツアゲしに来るでしょうし、第三使徒オプサリオンは僕の事を嫌いでしょうけど。知った事ではないので」


 確かに、パパとオプサリオンは僕よりもレベルが高い。イクタス・バーナバが授ける恩寵は強く、召喚術と精霊術と心術について精通している事も疑いない。


 けれど、僕一人で遊びに行くなら公子の助力は要らないのだ。一度負けた事がある弱者をまたしても侮ってもう一度負けに来るなら、今度こそブチ殺してやる。慢心でも油断でもなく、実力通り(・・・・)に勝つ。

 ……それはそれとして、パワーレベリングをしたいとなると公子には是非とも同行して欲しい。僕には弱者を庇護する能力が決定的に欠けている。


 大物殺し(ジャイアントキリング)は僕一人でやるべき偉業だけれど、パワーレベリングは集団でやるべき仕事だ。希少な偉業だけが世の中を回しているのではない。まして僕ではなく、他人の命。死なせたら貴人や高僧に怒られる訳でもない。凡人と衆愚の半数を犠牲にして英才教育が成功するならば、身命を賭けるに値しよう。


 そんな訳で、僕は乗り気だったのだけど。

 ジアンがね、嬉しそうに言ったんだよ。密告好きの悪いイモリらしい顔で、舌舐めずりを隠そうともせずに。


「フュー、ベイ・チャーリー・ソンはエムブレポに立ち入れないのですよ。イクタス・バーナバから直々に追放刑を受けております」

「……事実ですな」


 公子の平坦な声音からは苛立ちしか感じなかったよね。

 まずい提案だったかしらん……?

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