表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
七曜の公主フューリー I
461/502

F31. お子様はお嬢様

 穏やかな水の聖気を放射しながら、ミン氏のお子様はゆったりと水路を流れて行く。追う僕らは水路に沿って貴人区の街路を歩いている。彼我の距離はほんの数歩だ。


 寝てはいないと思うんだよね、オーラって使い手が意識を失うと維持されないから。

 身体が小さい割に警戒心がなさ過ぎるのは育ちの良さかな。音と魔力に反応を示さないのは、無視しているのではなく僕らに気付いていないんだと思う。じゃあ、まずは悪印象を持たれないように気付いて貰わないといけないね?


 お子様が難聴で近眼の鈍感だと言うなら、次は嗅覚に訴える。

 虚空庫(ストレージ)から引っ張り出した小道具は水に浮く軽い木皿だ。そして水路の上を滑って行ける程度の重さに抑えたおやつを乗せる。小刀で切り分けて香りを出した蟠桃(ばんとう)さ、一級品だぞ。桃の切り身に魔力片も添えてあげよう。


 フロスには不審そうに言われたけどね。僕は真剣勝負をしている。


「やはり捕まえて来てやろうか?

 最悪の場合は攻撃されるにしても、オレに寄生している奴の方が強い。同族が相手ならより大型の個体に呑まれたがるだろうよ」

「信徒が減るでしょ、呑まないでね?

 おやつが流れて来れば気付く……と思うし。耳が遠い鈍感系は食いしん坊だと相場は決まっている」


 大人の接近に動転したお子様から変成術や元素術で攻撃されるようじゃ困るし、共食いもして欲しくない。

 まだ信用がないのは仕方ないさ、フロスは僕の精霊誑しっぷりを御存知じゃないからね。自慢にしかならないが、僕は魔性にもそこそこ好かれる部類だ。釣り上げて上手い事仲良くなる所を見せてあげるよ。


「それに、僕らが泳いでいる間に巡視船が来たら面倒だし。

 貴人区の水路で泳いでいた不審者だなんて、拘置所から三日は出して貰えないぞ」

「そういうもんかね」


 まあ、官憲に絡まれたら殴り倒すけど。

 汚職と収賄の見本市の如き帝国軍が相手なら、初手として暴力は大事よ? 相手が誰だろうと、舐められたなら赤斑(チーバン)修道院騎士団を召喚して抗争する用意はある。程度の差はあれ、何を成すにも覚悟は要るし僕にはあるぞ。


「何にしてもまだ僕の手番よ。そら、跳んで行け」


 用意したおやつを短距離転移(ショートテレポート)で水面上に飛ばす。

 お子様から近過ぎず、遠過ぎず。香りが届く程度にはお子様に近く、触手を伸ばせば僕らの方を見るように。


 相手がレベル3なら、レベル8の僕が仕損じたら恥ってものさ。

 それでも片手間でちゃちゃっとやれとは言われたくない種類の仕事なのだが、親友には遠慮がない。


「通報されましたね」

「すぐ来る?」

「最寄りの詰所から十分ほどで兵が来るかと」

「わかった」


 肩の上に座る親友が何を見てそう言っているのかは知らないよ。

 でも、何事も見て来たように言い当てるジアンが大きく外した事はない。皇都であれば白腹(バイフー)井守(イモリ)の眼はお天道様の眼だ。僕らがもたつき、河岸(かし)を変えずにいれば帝国兵が何事かと誰何しにやって来るのは確実だ。



 本来、魔性に対する馴致(じゅんち)には相応の時間を費やす。

 馴致とは、動植物を人に慣らして繁殖させる、いわゆる家畜化なり隷属化の技術だ。精霊に好かれ易い性質の人なら、好いてくれた精霊と共に暮らす事もできる。馴致の(わざ)を極めると猪が牙を失って豚になり、毒樹は果樹に変性するとも言われている。


 僕にできるのはジジュレンやアガソニアンと言った異種族と一緒に暮らす所までで、人を豚や兎にして愛でる凄腕の魔女ではない。

 スライムだとどうだろうね。魔素や野菜を食べさせる事はできるけれど、人肉を食べたいし苗床にもしたいと言い出されたら困ってしまう。幼生と成体で食性が異なるケースはよくあるトラブルだ。


 まして、まだ身体が小さくとも邪神の子孫だ。

 下手をして不興を買ったら食べられかねず、上手い事やって好意を持たれても苗床にされかねない。隣人としても檀家としても難儀にも程があるぞ。地獄の富に触れる代価として軽いのかどうか。


 嫌いなものも好ましいものも、強くて大きなスライムならば呑み込んでしまう。

 だから嫌われるのは論外。だけど好かれ過ぎてもいけない。腕の見せ所だね。



 お子様はやっぱり食欲旺盛だった。

 小皿に乗って流れて来た桃へひょいと黒い触手を伸ばし、つまみ喰いしようとした瞬間を捉える事は難しくなかった。僕の所有物に触手で触れられたからには僕のものとして引き寄せ(プル)してやった。


 結果として、小さめのコラプション スライムが僕の右手の指先を甘噛みしている。

 知的でないブラック スライムだったら危なかったろうね。僕は骨が細くて肉も柔らかいから、丸呑みに至るまでしゃぶられていたかもしれないよ。その点、名前のないお嬢様(・・・)は明らかに甘えている。


 ―――ふーん、なるほど? そっかあ。父君が不甲斐ない家庭は大変だよね。僕はフュー・ダオ。君のお家の世話をする尼さ、よろしくね。


 生命力と魔力を交換すれば会話せずとも互いの事が解って来る。言ってしまえば餌付けと言うより性交に近い。感じられるのは甘えと、何やら帰りたくなさそうな気持ちばかり。僕に官能を与えて来ない事からも、お嬢様の幼さと未熟を察せられると言うものだ。


「剥がすか」

「まだよ」


 フロスは心配そうだけど、もうちょっと頑張りましょ。僕自身は魔力が多い方ではないにしても、小さな子供を満腹にさせる程度は容易い。

 痛くない訳じゃないけどね。水の聖気は触れるものの傷を癒すオーラだ。僕の指先は舐め取られて減る端から増やされているようなもので、どちらが馴致されているのか解りゃしない。


 聖気と呼ばれるオーラの多くは恩恵を与える有難いものだ。神格から神威を借りて来れる人達のうち、いわゆる聖騎士(パラディン)が特に重んじる。

 強いっちゃ強いよ。智慧を授けてくれる賢察の聖気を有難がるあまり、黄眼(ファンイェン)教内では律する賢母ノモスケファーラ崇拝への傾倒が問題視されていると聞いている。無私の蜜蜂ニュムフィオスへの信仰であれば、労働効率を劇的に高める勤労の聖気が目当てだと思っていい。


 そら、プチ家出中のお嬢様は満腹の御様子だ。

 けふりと息を吐くようにして漆黒のゲルから僕の指先が解放されるまで、そんなに時間は掛からなかった。


 召喚術師自身が供物として己の血肉を分け与えるのは下策の部類だけれど、今回は急ぎだったので仕方がない。僕だって、お嬢様が水の聖気を発していなかったなら考慮に入れなかった。


 僕らはすぐにでも移動しなくちゃいけないが、さて。


「どうしようね。お嬢様ってば、怖い人がおうちにいるから帰りたくないってさ」


 怖がってるからね。それでも連れ帰れば、お嬢様の心証は悪かろう。

 ミン氏からの心証はよくなるかもしれないけどね。菩提寺の教祖として、プチ家出中のお嬢様と檀家のどちらを優先しようか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ