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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
暗黒騎士ミラーソード
46/502

46. 欺瞞の漆黒ダラルロート

 俺がアガシアの第一使徒に剣や戦槌で挑むのは無謀であろうな。

 あれはダラルロートであればこそ剣で戦えているのだ。口数の多いアガシアの第一使徒が戦う様子を俺は最初から観戦できた。





 そもそも使徒と言うものは生ける神から直々に権能の一部を吹き込まれた存在だ。人民に担がれた英雄だの勇者、冒険者の類とは一線を画す力を有するのが本来の姿だと俺は思う。

 館を訪ねてやって来た魔法騎士はどうやら本物ではあるらしいぞ。老境に差し掛かっているように見える使徒は俺に臓器や血管を見せてくれない。異能か術か血か、或いは術具によって隠蔽しているのだ。使徒である以上、老化による衰えはない。この男は単に彼自身の趣味で老け込んだような姿形を選んでいるに過ぎない。随分と上品な隠蔽は白銀の鎧に刻まれた紋様の効果かな。

 あくまでも命としての話だが、隠されてなお実に美味そうだ。喰う事ができれば、俺を大いに成長させてくれるだろう。満腹の今でさえ食欲を刺激される。もしも太守がアステールを捕らえて差し出してくれたなら、相応に膨大な恩賞をくれてやらねばならなくなる。レベル20の生贄には、財貨とは換え難い極めて高い価値がある。


「答えよ! アガシア第一の使徒にしてスタウロス公アステールが汝リンミ伯爵ダラルロートに問う!」

「どうぞ。深夜の訪問は非常に不快ながら、訊ねるなら答えて差し上げます」


 館の広間で出迎えるダラルロートは全身に何がしかの術具めいた装飾品を配した上で、ミーセオ風の黒絹の装束を着込んでいる。

 染められた布に膨大な刺繍を施されて怪しげな紋様を描く袖と裾はやたらと長く、到底戦い易そうには見えない。太い帯で胴を硬く締めてはいるが、舞踏の衣装だとしても女が着るような代物だ。そんな外見だがダラルロートの所蔵品としては最強の防具だそうだ。腰には鞘に収められた剣が一振り。右手には炎を模した拵えの曲刀、左手には光を模した直刀。刀はどちらもダラルロートがリンミで蓄えた財力にものを言わせて作製させた魔力付与済武具だと言う。リンミの太守ダラルロートとして本気の出迎えと言う訳だ。


「ハン! 年寄りにとっては早朝じゃ!」

「相変わらず迷惑な方だ。

 まあ、お付き合いはこの卑しき裏切者とてもすべきでありましょうよ御老公」


 今を早朝だと言い張るアステールに鏡が呆れたように言う。俺も囁き返す。


「わーお、凄くいい性格してる」

「ダラルロートの知己なら当然だろう」


 ある意味では信頼だ。ダラルロートが煮ても焼いても食えない事は奴自身が先日身を以って証明した。配下として使う日々で感じる不安など、敵に回した不安に較べれば塵芥であろうよ。


「何故に我等が花に背いたか、ダラルロート」

「背いたも何も、私は最初から臣従などしておりませんでしたよ。

 非力なアガシアが一方的に私を召し上げ、愛したに過ぎません」


 苦渋に満ちたアステールに対しダラルロートが艶やかに笑う。

 ダラルロートの性格を考えれば誘わせる形に陥れたと言うのが一番ありそうだ。


「凄い言い草に鏡はダラルロートだからなあって思うの」

「ダラルロートなら当然の態度だとは思うぞ」


 鏡と二人で様子を眺めていれば両者が徐々に剣呑さを増して行く。


「第二使徒でありながら何故にアディケオの爛れ野郎なんぞに尻を振ったか」

「御老公は朝から下品で嫌ですねえ、本当に」

「フン! ダラルロートが第八使徒なんちゅう末席で満足はすまい。位階は幾つだ」

「情報が古過ぎますよ。アディケオの第三使徒に任じられた御挨拶はまだでしたな」

「三! たったの! カーッ!」


 第三使徒が“たったの”と言われる位階なのか俺には解らない。アガシアの第二使徒にしてアディケオの第三使徒と言われればダラルロートか、と呻くような気分にはさせられるがな。


「第三使徒って情報も古いんだけどね」

「最新情報を渡すとは言っていないから虚言ではないのだな」

「ミラーもちょっとだけは見習っていいよ、このドス黒さ」


 殺気なくゆるりとアステールが歩むのに反応しダラルロートが滑る。足元を全く見せない。欺瞞耐性を高められた俺の目でも幻惑される。


「やはり弟子として正しい足腰の振り方と言うものを披露致しましょうかねえ、師よ?」

「不肖の弟子の手妻なぞアガシアの正当なる愛の剣が貫くであろう!」


 二刀流の使い手同士の剣戟が始まるのだと解ってはいるのだが。抜刀は両者共に鮮やかなものだ。ダラルロートは躊躇いなく鞘を放った。


「抜かずの腐り落ちた宝剣を砕いて差し上げます」

「ほざけ、砕かれるべき剣さえないアディケオの宦官が!」


 ……さぞ仲が悪いのだろうな、と理解していいものかどうか。


「ねえ、ミラー。迫られた時ってこんな言い回しだったの?」

「……ダラルロートだぞ、ダラルロート。

 幾らでも台詞は捻り出して来るだろうよ。俺は詳しく聞きたくない」


 先手はダラルロートが取った。欺瞞と幻影を計算し尽くした機動でばら撒き、アステール相手に一手で数人のダラルロートが放つ三十数発もの連撃への対応を強いた。さてあの中に本物の斬撃なり打撃が何発あったものか。そもそも攻撃したのかどうかさえ当てにならない。


「カーッ! ペッ!!」


 対するアステールも手慣れたものだ。大量の幻影と欺瞞に対し、唾を吐き散らしながらの気合と共に放った魔力解体で打ち消す。打ち消されたダラルロートの一部は爆発したが意に介していない。魔法騎士と言う奴は相当器用なクラスらしい。真性の魔術師である俺に多少劣る程度にまで魔術に精通すると言う。

 魔力解体を嫌ったダラルロート本体は流れるような疾走で範囲外へ避けたようだが、俺の目が追っているダラルロートが本物だと言う保障はない。奴の占術と俺の占術は互角であり、使い方ならダラルロートの方が依然として上だ。いつ目を騙されるか知れたものではない。


「ハーッ!」


 アステールは完全に詠唱破棄で魔術を使っている上、二重詠唱までは可能らしい。魔術師としては騎士としての強さもダラルロートと殴り合えるほどな上に魔術まで使うのかと興味を惹かれてならない。喰いたい。

 広間全てを這い回るかのような広範囲の雷撃が走り、更に残留までする。最上級の元素術と思しき威力で俺にも焼け焦げた肉体の痛みがある。まだ最上級の元素術は扱えないのだぞ、ますます喰いたい。垂れ流すような治癒術で負傷を癒しながら様子を眺める。


「全く、使徒とは生き辛きもの」


 ダラルロートの声だけがアステールの間近から響く。鎧に触れた手が札を貼り付け、この上なく強烈に存在感を欺瞞させて姿を隠す。魔力解体、それも魔力を付与された物品の破壊を目的にした強さの魔力解体を発現させる札だ。ギシリとガラスを軋ませるような音はした。行けたか? 僅かに隠蔽が揺らいだか、鎧の下の肉の下の臓がちらついた。


「花よ、愛を!!」


 しかし、アステールの祈願一発で負傷諸共 即座に復元する。アガシアに対する干渉要求だ。札は正しき善の神力によって焼き払われた。第一使徒ならば当然できる。アガシアとてもこの場でアステールを失う気などないのだ。アガシアの唯一にして最大の戦力、アガシアの第一使徒アステールを。俺から仕掛けていた魔力解体作業も振り出しに戻された。気合と共に撒き散らされる最上位元素術の弾数が尽きる気配もない。表に出たのが回避重視で当てさせていないダラルロートでなかったならば、俺とても治癒と支援の弾切れを起こしていただろう。


 太守も健闘はしている。生かした上で力を吹き込んでやって良かったと今なら本当に思う。第一使徒は存在自体が暴力に過ぎる。アステールに対して純魔術師が俄仕込みの二刀流で遣り合えと言われたなら、俺はお断りして自宅へ帰る。

 俺達にとっての最善はこの場でアステールを倒し、治療も復活もできぬよう喰らってやる事だ。俺としても喰いたい。


「一つ、舞踏の指南を致しましょう」

「シャーッ!」


 幻影と精神干渉を織り交ぜた剣舞を踊るダラルロートは欺瞞の化身そのものに見えた。もしも第三使徒が健在であったなら、まだアディケオにはより上位の第二使徒と第一使徒がいた訳で空恐ろしい陣容だ。対抗するアステールは気迫のみでも常に威圧力を伴い、一般兵はおろか騎士でもまともに身動きできなくされるだろう。ダラルロートであればこそ気迫に呑まれる事はないが、俺の目にはダラルロートが押し切れる未来は見通せない。魔術師として俺が控えていても現状だ。

 使徒には毒だの病気はまず一切効かない。俺と鏡の得手である邪視で見た臓器や血管に対して栓をすると言う手管も、アステールであれば権能とほぼ同義と思える強さで借りている愛の異能で『健康だった状況』まで復元させてしまう可能性が高い。愛の異能による回復は、高度な治癒術よりも更に強力だ。破壊された魔力付与済み武具の即時復元など、治癒術では到底できない。


「やっぱり第二案で行くしかないんじゃない。愛の権能も防御に関しては強い」

「そうよな」


 凄まじいまでの耐久力に辟易しつつ太守の館を破壊されながら戦った。ダラルロートはよく耐えた。しかし―――


「獲ったり!」


 アステールの十字双剣がダラルロート本体を遂に捕らえる。俺の召喚術による空間歪曲も間に合わない。肺と心臓が貫かれ、標本として縫い止められた蝶めいて吊るされたダラルロートがいつものように笑う。


「アガシアが御老公をお召しですよ」

「応! 花よ、待っとれ! じいやが今ちょっぱやで帰りますぞ!」


 剣を引き抜いてグッと力瘤を作った姿勢を最後に、詠唱破棄された長距離転移でアステールの姿が消えた。元素術によって破壊し尽くされた太守の館の広間と、その隣の隣までが無残に晒されている。


「すぐ帰って来たらどうしようね」

「今はあまり考えたくありませんねえ」


 流石のダラルロートも疲れたらしい。鏡に応える声に冴えがない。

 実の所はまともな肺だの心臓を持たない胡乱な肉体がずれぬよう、苦心して帯で留めようとするダラルロートには、俺が治療を施してやった。

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