43. 自宅の改築
俺の自宅を改築した時の話をしたい。本意ではなかった案件が二件、三件と重なった結果として山中に構えた俺の自宅が半壊してしまってな。再建が必要になっていた。
「ミラーはさ、鏡をお家に置いて行って出掛けたら腹心にえっちな雰囲気で迫られて、ブチ切れ暴走した挙句お家で囲ってたお嬢さんを寝取られた事に関しては本当の所どう思ってるの?」
「何を言い出す、鏡よ!?」
……改築した時の話をするにしても避けて通れなかったものか。俺は半壊した家を前にして鏡に詰られていた。
「何だ、その表現は……俺は……」
「鏡が独自に聞き取り調査をした結果としてこう総括せざるを得なかったんだけど」
真面目腐った声を出す鏡に対する反論材料は俺とても探したさ。
鏡を置いて出掛けた。その通りだ。
腹心に迫られた。事実だ。欺瞞に対する耐性を得た今の俺は、認識を偽装されながら囁かれていた言葉も思い出せる。
怒りに任せて暴走したと言われればその通りだ。俺は激怒し、血統の本性を現した。スライムとしての姿を晒して叩き潰そうとした。しかしそこで話は終わらず、正気を失った俺は自宅に転移で戻って来てしまった。
そして家で囲っていた初恋の女性を……寝取られた? ……鏡に言われるまでそのように考えた事はなかったが、そうなのかもしれぬ。
「鏡よ、俺は今からでも奴を殺し直すべきだろうか」
「殺りたいって言うなら手伝うけどさ、先にお家をどうにかしてくれないかな」
怒気を孕んだ俺の声に鏡は冷たく言ってくれたものだ。
俺が暴走していた間、鏡は厨房周辺だけは守ったものの他には手が回らなかったと言う。壊した当人としても直したくはあった。俺は幾つかの物品を創造し、作業に取り掛かった。
「ねえ、ミラー」
何やら怒気を含む鏡の声に応えず、俺は手を動かす事を優先した。早急に書き上げてしまいたかった。
「鏡がやれと言うからやっている。暫く待て」
「何してるの」
「見て解らないはずがあるまい、半身よ」
鏡の剣に宿る鏡は俺の持つ魔術と技能を共有している。不思議と鏡の方が上手く扱える技術もあるが、建築に関しては俺が若干ながら有利な領域だった。壊れた家を建てた時点では工兵としての心得が強く影響したようで、仕上がりは無骨で実用的かつ手狭な家になった。そうさな、兵舎には不釣合いな厨房が付いた家と言った風情であった。
「設計図だ」
「壊れたお家を建てた時には設計図なんて引かなかったじゃない」
「そうだな」
鏡に応えながら適切な様式を思案し、線を図面にした。足りぬ道具があれば変成術で創った。家を建てた時の俺とは性質が違う。初恋の女性と過ごした家を思い出すのが辛いのだとも心のどこかでは解っていた。
「なあ、鏡よ。俺は今、無性に奴を殺し直したくて堪らぬ」
「思い出し怒りってあんまりよくないと思うよ、ミラー」
呟く俺に対して鏡が宥めに回った。どうあっても俺に家を直させるのが先だったらしい。鏡が厨房に注ぐ愛情はおそらく俺に対するものよりも強い。鏡の聖域とまで呼び、客が茶を淹れようかと言えば恫喝して立ち入りを禁じていたほどだ。
「奴にしてみれば我が家は鶏小屋であったろうなと思えば尚更でな。
……今一度喰って、職責を担う者が要るなら吐き出してやればよいのか?」
「それより設計図を書いてよ、ミラー」
「手は止めておらぬ」
内なる怒りを創作意欲の炎にくべる薪に変えて俺は設計図を書いた。気に入らずに破棄した図面もあった。俺は持てる変成術の限りを尽くして家を建て直さんとしていた。大枠の創造時に手を尽くせば内装に費やす工期を短縮できる。小屋を建てるならばまだしも、邸宅であれば図面が必要だった。
「今の調子だと日が暮れる気がするんだけど、ミラー」
「建築そのものにそれほど時間は要らぬであろう。
そなたが夕食の支度をしたがる頃合には間に合わせる」
俺の血統は相応の時間を費やして命を喰らった時、獲物の知識と経験を我が物とする。望むならば記憶と人格も。個性の強過ぎる手合いを喰らえば自我に影響を受ける。強い人格に結びついていた経験を引き出そうとすれば、喰らった命の人格に引き摺られる。俺とて薄弱な自我ではないが、獲物或いは苗床にと望んだ命らも到底素直な手合いではない。俺が触れれば染み込んで来る。
地下深くでの隠棲を好んだ者、堅牢さと実用性をこそ重んじた者、美に対する厳しき審美眼を持っていた者。命の源泉と表層を往復して知識と経験を引き出しているうちに設計図が完成していた。
「ミラー。随分とまた大きい気がするけど大丈夫? 魔力は足りるの?」
「間に合わせると言ったぞ。俺はできぬ事は言わぬ」
鏡の指摘通り、少々危険な規模の設計図が出来上がってしまっていた。だが、俺は前言を撤回する軟弱さを好かない。よしんばできぬ事を口にしたと言うのなら、できる環境に現実を叩き変えてでも達成する。変成術の権威と己を任じる身なれば、すべきであろう。
俺は静謐な山中から相当量の魔素を引き寄せ、己の未来を前借してでも都合を付け、練り上げた魔力を新たな巣の創造に充てた。鏡の聖域たる厨房を守る新たな砦であり、もはや家で俺を待っていてはくれぬ初恋の女性をこそ迎えたかった棲家として。
「ねえミラー、お掃除が大変そうよこの家」
「ならば掃除用の人形を作るべきかもしれぬ」
鏡の発した第一声はあまり好意的な感想ではなかったが、館は建った。
俺が建てた館は主として石造りで、琥珀の色合いにした。奴と言えどもこの質量の琥珀で家を建てる事はできまい。内装の完成には尚数日を要したが、厨房は鏡との約束通り刻限までに仕上げてやった。……この先六日は引き摺るであろうと覚悟して前借した重い疲労は、防御占術の欺瞞で覆い隠し血の力で士気高揚も施して乗り切ったがな。
「でも、いい巣だね。諦めなければきっといいお嫁さんが見つかるよ、ミラー」
「そうありたいものだ」
俺の血統の嫁取りは本性が人食いスライムであればこそ作法が異なる。初恋の女性のような愛らしい存在はなかなか見つからないだろう。
俺の父となった個体は眷属の妻を持ったが、最終的には原住種族の聖騎士を苗床とした世代継承を選んだ。ごく最近、激怒した俺は原住種族の宦官を苗床に選ぶ寸前だった。気を抜けばまたろくでもない苗床を相手に世代継承を選ぶのではないかと気が気でない。
リンミの支配者たる暗黒騎士ミラーソードが嫁取りに悩む姿など手下どもに見せる気はないが、鏡はやかましく嫁を探せと俺をせっつくだろう。それが俺に家を直させた本当の理由だろうから。




