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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
神鏡ミラーソード III
410/502

404. 命の小枝

 可愛い息子のお強請(ねだ)りだ、父としては早めに聞き入れたい。

 ところが、俺の守護者と愛娘からは制止されてしまった。精霊に関して門外漢の俺が下手に手を出して暴発させるよりも、精霊の扱いに関しては権威と言えるデオマイアに任せろって言うんだよ。


「エファとしてはミラーには寝ていて欲しいのだ。

 ミラーが回復してくれないと、分体のみんなが困るのだよ」

「そうですよ、お父様」

「今、ミラーから血の力を借り辛いじいや一人ではダラルロート相手に力負けする。エファとゼナイダはじいやが心配ではあるのだ」

「今、分体を失ったら新しく産めないよね、ミラー」

「鏡護りの仰る通りではあるがね」


 降参の意を表して人の両手を挙げて見せれば、膝の上に抱いているゼーロスが胸板に生えた鱗を(くすぐ)った。父としても努力はしよう。過剰な命をどうにかしねえと具合が悪いままだろうからな。


「なあ、デオマイア。

 そなたはフィロスが小さいままだったコツを知っているか? 俺、貰い過ぎた命を吸い出すか、消化できるまで絶食しないとやべえんだよ」

「コツですか。ダラルロートはフィロスを管理して、小さなままにしていたはずです。お父様はやり方を御存じないのですか?」


 見舞いに来てくれた愛娘にも訊いてみたが、質問に質問が返って来た。


「知らねえぞ。あいつが分体から出て行った時に知識を失くしたのか、最初から俺には教えていなかったのかは謎だがな」

「フィロスの封印を解いて調べましょうか?」

「あいつ喋れないだろ、愛娘よ」

「そうですね。話し掛ければ、理解はしてくれるのですけれど」

「あいつに何か言い含められている可能性もある。封印を解くのは勧めねえ。なあ、エファにゼナイダ」


 抱いている息子の機嫌は麗しくない。俺の胸元を探るように撫で、探検好きの指先でトントンしやがる。無言の圧力を受けて心を読めば、魔力を満たして輝く六眼がじっとデオマイアを見詰めている。解ってるよ、母の分まで父が抱擁してやる。


「そうだね。フィロスがデミから吸ったり、貰ったりした力は、ダラルロートがミラーに捧げていたのだよ。ペットは小さい方が可愛いのだ」

「エファの言う通りなのだが、フィロスはミラーの弱い(シャドウ)なら食べられるくらい強いのだ。封印されて仮死状態の今も、デオマイア様の傍にいる夢を見て、お腹を空かせている」


 エファとゼナイダが(さえず)る全知による知見を聞きながら、俺はデオマイアも抱き寄せた。姉に肌を接した途端、ゼーロスの表情は花開いた蕾めいて明るくなりやがる。そんなに姉が好きか。


「コルピティオお母さんかカーリタースお母さんに、ミラーから命を吸い出しては貰えないのだ?」

「あー、ダメダメ。お母さん達ってば、ヤり始めると理性が即死してるもの。お母さんに任せたら、弱ってるミラーには止めになりかねない。僕がやった方がマシじゃないかい」


 そう言って寝台に上がり込んで来た小柄な父は、俺の背に回って何やら調べ始めた。父の筋肉に乏しい掌が背を撫で触っているけれど、感覚が遠い。触覚が鈍っているのか。

 注視を感じて意識を向け返せば、即死呼ばわりされたカーリタースが仕事の手を止めて遺憾の意を表していた。司直の手で魂を引き裂かれる死者が苦痛を訴える様子も視えている。俺の背中を調べるのに忙しくして、父は全く気にしてねえけどよ。

 少しは構わないと、後で纏めて取り立てられるぞ? 偏愛の司直の愛情表現が重たい束縛になりがちなのは、素っ気ない(つがい)の態度のせいでもあると思う。


「ミラー。背骨沿いに(こぶ)みたいなのができてる。鱗もなんだか鮮度が良くないね? 意図した擬態じゃあるまい」

「そうだな。擬態に丸め込めない分が溢れたかね」

「オッケー、コロコロしよう。要らない命をうんちにできるように魔力回路を描いてみる」


 俺は内心で首を傾げた。うんち?

 (ふん)か。改めて考えてみるに、それは驚きだった。俺自身はクソを排泄しねえからさ。コラプション スライムとして生まれてこの方、おまるや便壺、尿筒と言った物品を使った事はない。何の為の道具かは知っていても、俺が使う発想はなかった。そうか、腹が膨れて苦しいならうんちをすれば良かったのか。


 父が俺の背に魔力回路を描いている間、俺は子らの柔肌とお喋りを楽しませて貰った。父が欲しがった素材を変成術で創ったり、おやつを拵えて食べさせたりもしたぞ。

 反発し合う腐敗と創造の異能が繰り返し俺の背の上で混ぜ合わされ、両肩の烙印が背へ向けて拡がり、背に描かれた回路と繋がった。描き切るまで父は手を休めず、俺の尻を父の指先が掠めるに至るまで半刻ほどを要した。


「できたよ。ミラー、烙印で何か生やしてごらん」

「おう」


 父に言われて両肩の烙印を実体化させれば、慣れ親しんだ翼は生えなかった。

 代わりに現れたのは結晶質の枝めいた何かで、抱え込んで困っていた命がずるりと外部へ引き摺り出されて行く感触を味わった。排泄感とやらだろうか? 何やら心地よい感触だった。


「よし。ぺりっとやるぞ」


 俺の想像していた『コロコロする』とは大分違う形だったが、父は肩から伸びた枝を素手で手折り、俺から引き剥がした。二度の痛みはあったが、声を上げるほどじゃない。力の源泉が幾らかすっきりした快さが痛みを上回った。


「どうよ? 僕なりに、君が消化できずにいた命を排出させたが」

「気持ちがいい。幾らかよくなったみたいだ」


 エファとゼナイダは父から二本の枝を一本ずつ渡され、興味深そうにしていた。


「ミラーから命を取り出したもの、なのだよね?」

「精霊石に似ているのだ。命の小枝なのかな」

「のっこー、聖晶ではないのこか」


 いつからいたのか、急に茄子色の茸が視界内に生えたけどよ。気配を小石めいて抹消しながら控えていたマーザがしゃしゃり出て、ゼナイダに聖晶だと言った。


「聖晶ってなあに、マーザ」

「盟主ティコスの神血を受け継ぐアシメヒアンは、成長すると肉体が結晶になるのこよ。全身が綺麗な結晶になる者は少ないのこが、完全な結晶になれたら聖晶のこ。退魔術の触媒として最上のものこ」


 マーザは寝台に上がってこそ来ないが、傍に寄って来て俺に言った。


「ミラーが聖晶を作れるのなら、是非とも交換して欲しいのこね。

 御代はゼーロス陛下やデオマイア姫の為の御品物でいかがのこ? 聖国は相応しい商品を御用意できるのこよ」

「そうか、欲しいか」


 聖国との取引に出せる商品は多い方がいい。

 マーザが食糧や工芸品を売ってくれるのは有り難いが、取引に出せる品目が少ないと「その商品はもう要らないのこ」と言われた時に困る。だから原木や燻製はさほど多く作っていない。外国人に数多く在庫を保有させると他国へ転売されかねず、飽和による値崩れも警戒しなくてはならない。

 欲しがられる商品は一種類でも多く持ち、エムブレピアンが外貨を得られるようにしたい。そう言う理由だから口に出して同意してくれるかい、ゼーロス。


「ゼーロス、よいかな」

「父上のよろしいように」

「是非ともお願いしたいのこよ」


 俺は王ではない、摂政だ。神王たるゼーロスが否と言う事はすまい。是とするなら、少しばかり痛かろうとも作り出してやろう。


「ミラー。解ってると思うけど、僕が描いた回路が生きている間は烙印を普通には使えないからね」

「おう」

「あと、疲れると思うから、うんちをコロコロするなら寝る前だ」


 疲れる? 俺がだよな。命の巡りがよくなってすっきりした感じだ。命の密度が薄くなって楽だぞ。特に何ともない、そう思っていた。ぐらりと首が傾ぎ、子らを抱いていた腕が脱力するまでは。


「ほーら、お父さんはおねむの時間よ。君達はどうする」

「姉上、ゼーロスと一緒にお昼寝しましょう!」


 息子は力強く宣言し、デオマイアの袖を捕まえた。……いいけど、着替えてからな。俺は変成術を振るって姉弟に揃いの寝巻きを拵えてやり、仰向けで寝台に臥せた。


「ミラー、僕の分は?」

「なんだい、父さんも要るのか」


 父が強請(ねだ)るので夜着を一着拵え、長い銀髪を収められるように帽子も付けてやったら限界だった。何もやる気がしなくなり、指一本として動かせなくなった。そのまま眠ってしまったよ。

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