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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
自称暗黒騎士ミラーソード
39/502

39. 宝石

 瞑想めいたダラルロートとの対峙から目覚めた俺は、深夜ではあったがリンミへ長距離転移で飛んだ。もちろん鏡は連れて来ている。

 近い将来に解決すべき問題が山積みではあるのだが、俺はリンミの支配者としての義務に真っ先に手を付けた。三人の腹心のうち司教と魔女は市中の混乱を沈め切れておらず、呼び出すのは適切ではなかった。俺の家から連れて帰って来た太守―――の姿形をしてダラルロートとしての能力を持つ俺の分体―――に事態の収拾を命じた。


「太守、被害状況の報告を」

「筆頭補佐官から報告させます」


 分体の太守としての執務能力は衰えてはいないはずだ。但しダラルロートと言う化け物じみた使徒の強烈な個性―――嫉妬深さ、悪意と侮辱に対する敏感さ、記憶力の異様な良さ、上位者から与えられる恩典に対する執着心、従属下でいかにして上位者を思うがままに操るかに費やされていた昏い情熱―――に支えられていた部分に関しては劣化が予想できる。本能に任せて吐き出した際に相当量を分体に吹き込んだとは言え、本物のダラルロートの全てではない。もう、あのような桟敷での対峙をする機会はないとダラルロートが言っていた。目の前にいる太守と、桟敷で別れたダラルロートは別の生き物だ。

 臓器や血管を透視する邪視。高い占術適正。欺瞞に対する耐性。これら三つを得た今の俺が太守を見てみれば、感情の揺れを察せる部分が随分増えたし、抱え込んだ不満らしきものを隠そうとはしているもののちらりほらりと尻尾が見える。太守の技量が落ちたのではなく、俺の目に見えるものが増えたのだ。それでも全てではないのだろうがな。太守が見せたいものを見せられているに過ぎないのかもしれない。化けの皮を一枚剥いた先には二枚目の別の顔が用意されているだけだ、と言われても俺は驚かない。


「昨日の白昼に当館内で発生した魔法的な大爆発から始まった市民の混乱は制圧作戦が収束に向かいつつあるものの、市中は厳戒態勢を継続しております。

 太守公邸の爆発と共に大量発生したスライム、仮称宝石スライムの多くは市中へと溢れ出した後は市民にさほど関心を示さず水源へと向かいました。現時点でリンミ湖へ接続する河口一帯を広範囲に渡って塞いでしまっております」


 ……俺の眷属どもは何をしているのだ?

 激情に任せて有りっ丈の異能を解放した俺が大量のスライムを放った結果、どうも妙な事になってしまった。宝石スライムと言われたのは、あの時俺が手慰みに作っては投げて放り出していた宝玉を食べるか取り込むかしたか。


「襲撃の首謀者、及び謀反人の総数及び目的は未だ不明」

「そりゃそうだよ」


 俺だ。強いて言えばダラルロートと俺の二人か。鏡には応えない。


「調査も難航しており、現場に残された高密度の魔力痕跡から最低でも上級以上 推定で最上級相当の理力・元素・変成・神聖・暗黒系統魔法の使い手の関与があったと思われますが……」

「どう聞いても犯人像はミラーだよね」


 ああ、俺だよ。

 俺以外にそんな人材がいるなら在野に放置などしない。


「……調査については太守に任せる。

 水場を塞いだスライムによる市民の被害について詳しく聞きたい」


 太守を瞳に映せば鉄面皮のまま僅かな目線のみを返して来る。

 太守と俺の痴情のもつれの挙句にテロじみた爆発とスライムの放出が起きたなどと言う真相を、俺はリンミの歴史書に残したくない。下々に向けて報せる事実は適切に太守が捏造するであろう。


「報告されている人的被害の件数そのものは多くはありません。

 スライムらは宝石らしき物を奪おうとした市民に攻撃をされなければ、ただ水場へ向かったようです。

 不用意にスライムを攻撃して好戦的な反応を不必要に引き出した者の短慮の結果として、現時点では数十名に打撲などの傷害が報告されております。

 一般市民有志と衛兵では手に負えぬほど強力な種類のスライムと判明した為、市当局は市民に対して攻撃行動の禁止を通達しました。

 数名の不審な子供がスライムに飴もしくは類する菓子を与えたところ大型の宝石片を贈与された、などと主張しており窃盗の線でも調査を……」


 ……俺なんだろうか。その性格は俺のせいなのか眷属どもよ。俺の厳命を受けて生まれた割には何故そうも大人しいのだ。


「子供らについてはおそらく犯罪は何もしておらぬ。

 早急に解放し各家庭へ戻せ。市民等級もいじらぬように」

「多分、甘いお菓子欲しさに持ってた石ころをあげただけだもんね……」


 鏡の声が耳に痛い。俺は目を逸らしたかった。命令に対し、下位の補佐官と監察官が素早く飛び出して行く。


「船舶の航行路が詰まっているのは不味いゆえ、今から俺が対処する。

 軍と衛兵は市民の制御を優先せよ。多少の混乱が予想される」

「至急、関係部署に御命令を通達します」

「以上だ。太守は残って指揮を。移動するぞ」


 会議を打ち切り、俺は現場へ向かった。





 さて、俺の子分どもは俺の言う事を聞くものかどうか。術で飛翔し、リンミの河口周辺へ飛んで来た。

 ダラルロートと話したような桟敷が実在したとしても、埋められてしまったのではないかな。かつては愛らしかった橙色の彼女が水音と共に消えた河。俺の初恋の人との別れを思わせるはずの河に、今や大量の半透明なスライムが詰まって水を飲んでいる。名残も何もあったものではない。


「こりゃまた随分と大量に呼んだね」

「鏡よ、どうすればいい?」

「うーん……この子達は現住種族に近いけどミラーの魔力で創られたせいで強そうね。

 市民証でも配る? 鼠算式に戸籍上の人口爆発だよ、やったね」


 鏡が真剣なのか狂っているのか解らぬ事を言う。


「どこまでが個人か解らぬ者に市民証は与え辛い。おそらく養分を吸えば分裂する」

「そっか、ならちょっと親分が子分に命令なさい。そこ邪魔だからお退きなさい、と」


 鏡の声を受け、俺は周囲の魔素に干渉して鞭のように扱う。或いは羊飼いが羊を犬に追わせるように。河口から湖の奥へとスライム群の移動を促す。ゆるゆると列を成して動き始めるが、遅い。子分どもはあまり素早く移動できないようだ。辛抱強くスライムの列を湖へと追い立てるうちに日が白んで来た。


「ミラーってば観光名所の開発にこの子達を創ったの?」

「……意図してやった事ではないのだが」


 子分どもは大小様々な石を半透明な体内に抱え込んでおり、湖の浅い所で陽光を受ければ複雑な輝きを返した。


「湖畔の宝石リンミって渾名だったよね、この街」

「ああ。アガソスでの渾名だ」


 湖に宝玉を撒く気で手慰みの独り遊びをしていた訳ではないのだがな。

 輝く湖を上空から眺め下ろし、俺は暫し初恋の人を悼んだ。暗く澄んだ橙色をしたスライム。小さく愛らしかった彼女。俺にとっての宝石だった女性を。

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