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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
自称暗黒騎士ミラーソード
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38. 懲罰

「惨い罰を選んで下さった」


 ……どこだ、ここは。

 意識を持った時、俺はリンミを両断する河にミーセオの畳を敷いた桟敷で太守と面談していた。項垂れるダラルロートの声は悔しさを隠そうともせず、表情も歪んでいる。これほど露骨に感情を露にしたダラルロートは初めて見る。


「不正の異能による強化を受けた幻術なり占術なしならこんなものですよ、私など」


 これが素のダラルロート、らしいが。

 何故、ダラルロートの膝の上に彼女がいるのだ。暗く澄んだ橙色の彼女が。


「私のした事に対してお怒りになったミラー様は瞬時に本性を現して暴走しました」


 やった事そのものには反省が全くない。

 俺の暴力性を低く見積もっていて上手くやれなかった事は反省している、と伝わって来る。


「私も対抗手段としてミラー様のお嫌いなものを選りすぐって集め、指輪に封じておいたのですがねえ。まさかあれほど激発が早いとは……。聖騎士の憤激を見た思いでした。

 0歳の赤子さえ手玉に取れないとは衰えたものです。ああ、鑑定では1歳におなりでしたか。おめでとうございます。正確な誕生日がいつか占って差し上げましょうか?」


 ダラルロートが言うには俺は1歳になったのだそうだ。自覚は全くなかった。


「誕生日についてはご興味がおありではないようだ。

 彼女の話を致しましょうか。暴走したミラー様の身に着けていた首飾りが設定条件により長距離転移を起動した時点で、私は既に殺されておりました。何分、凄まじい連撃でしたからねえ。ミラー様が呑み込み、体内に保持したモノ扱いだった為に私も一緒に転移したのですな」


 長距離転移は俺の身一つを転移させる召喚術だ。鏡は道具扱いなので一緒に着いて来れる。ダラルロートの言い分だと死体を腹の中に収めているならば、死体も一緒に転移する。


「ご理解の通り。強制的に家に連れ戻されたミラー様は御自宅を触手で薙ぎ払い、身体に触れた同族を本能のまま同化吸収しました。それが彼女です」


 ダラルロートの膝の上にいる彼女は動かない。ただ、じっとしている。かつて感じていた愛らしさを膝の上の彼女から感じない事に対して何の感慨もない。俺は知っている。


「ミラー様の中でこの小さな女性は私の亡骸に目を付け、養分として食べようとしたのですね。

 命を喰らった結果、意識を持ってしまいましてねえ。私はミラー様に養われていた彼女とダラルロートだったものの混合物と言う訳です」


 ダラルロートの目には力がない。意識を持った事は不本意だったと主張している。


「ある意味では救われたのかもしれませんがねえ。

 私は授かった剣の力で鏡殿の声を聞き取れます。暴走を止めようとする鏡殿の声を受け、内側からミラー様を抑止する事はそれほど難しくありませんでした。

 今後の為に申し上げますが、支配や欺瞞を得手とする者の前で激怒や暴走を使う事はお勧めしません。それこそ拷問吏の前で赤子に返るようなものだ」


 殺してしまえば問題なかろうよ。


「ええ、ええ、ミラー様には定命の者であれば殺せてしまうのが問題です。どうか覚えてはおいて下さい。相性としてはかなり不味いと。

 ノモスケファーラの第一使徒を食い殺した妖怪に、アディケオの第三使徒だのアガシアの第二使徒が勝てる道理はなかったですな」


 母はともかく、ダラルロートも大概な化け物だろうに。


「賛辞と受け取っておきますよ。

 私の命を喰らった事で占術適正や欺瞞耐性は随分と改善されたはず。

 今後は血肉としてお力になれる事を嬉しく思いますよ、哀れな私の残骸の為にもね」


 ……残骸? あの妙な、ダラルロートそのものにしか見えなかった化け物の事か?


「私の形をした残骸はミラー様がこの小さな女性を分離しようとして吐き出されたもの。

 既に混ざり合った私達を完全に分離する事はできず、あのようなものが出来てしまいました」


 あれはダラルロートではないのか?


「残骸ですよ。私そのものではない。

 ましてミラー様が吐き出したかったのは私ではなく、この女性だ」


 ダラルロートの膝の上で彼女は静かに座っている。変わってしまった事を俺は本能の領域では認識しているのだな、と侘しくなる。


「アディケオの使徒と言うのはなかなかに生き辛い身でしてね、ミラー様。

 あまりにも欺瞞を重ねて生きる為に、信頼されたいと願っても信を得られぬ定めです。

 従属を強制され、司教殿と随分仲良く振舞う私自身を面映く眺めておりましたよ」


 あいつら仲いいよね、とは鏡が言っていたな。


「残骸はミラー様の信頼を得られますまい。

 ダラルロートとしての欺瞞を続け、不信を向けられる事を思えば哀れでなりません。

 残骸を回収なさればミラー様もレベルが1つは上がるものと思いますが……」


 そうはなさいますまいね、と寂しげにダラルロートが言う。

 あの化け物がいなかったら誰がリンミの太守役をやるのか考えれば自明だ。吐き出したままダラルロートとして使った方がいい。俺が100人いても100人とも同じ結論を出す。


「こうしてお話できるのはこれが最後でありましょう。

 私は喰われ、ミラー様が母と呼ぶ方と同じようになりますからね。

 アディケオとは交渉が可能です。アガシアと戦う前によくお考えなさい。

 今後、鏡殿を簡単に手放してはいけませんよ。あれはあなたの」


 ―――余計な事を言うな。喰われてしまえ。


 鏡の横槍だ、とは解った。俺に何かを告げようとしたダラルロートが黒い目を臥せたかと思えば消え去り、ダラルロートの膝の上から転がり落ちた彼女はそのままぽちゃんと河へ落ちた。二人とも溶け消えてしまったのだと俺には理解できた。


「やあ、ミラー。そろそろ起きてくれる? 鏡も機嫌を直すからさ」


 鏡は鏡で、嘘と欺瞞の塊のようなものなのだがな。

 鏡の声を受けて俺は嘆息し、卒倒から回復する事にした。

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