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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
自称暗黒騎士ミラーソード
37/502

37. 痴話喧嘩

 俺の家、のような場所で俺は正座させられている。


「なあ鏡よ、許してくれと言ったら許してくれるのかね」

「お馬鹿筋肉達磨の今後の心掛け次第だね」


 鏡の怒りを受けて倒れた壁をダラルロートと二人掛かりで組み直したものの、よく見れば張りぼても良い所の我が家は補修と言うよりも建て直しを決意せざるを得なかった。無事と言える部位は厨房だけだ。鏡が必死で守備したそうな。



 俺としてはまだ納得が行っていない。俺では鏡とダラルロートの二人を相手に口ではまず勝てない。勝つ為の技能が奪われている。


「ああ、ダラルロートの虚言Vと真意看破Vはミラーにはあげないから」

「何故」

「何故もクソもあるかい、そんなもん渡したらうちの子がグレるに決まってるでしょ」


 呪文抜きに自己鑑定してみれば、俺の該当技能は『虚言I, 真意看破II』だ。多少は尤もらしい嘘を言い、嘘を見破る事もできるが、技能としてはさほど熟練していない、と言う意味だろう。ダラルロートは両方ともVだと言う。さほど得意ではなかったはずの占術がどうも尋常な上限と思しき点数で、門外漢だったはずの幻術も妙に高い。ダラルロートの能力だと思える、と言うよりは喰ったのだと言う確信はある。あるが、ダラルロートに何か騙されているのではないかと言う思いがどうしても拭えない。


「なあ、鏡よ。

 これだと鏡とダラルロートが俺に対して嘘を吐き放題なのではないのか?」

「そうですよ。鏡殿としては瞬間湯沸し器が嘘まで吐き出したら制御などできぬ、と」


 釈然としない。だが、鏡に侘びを入れる上で妥協を求められたのはこの点だった。


「鏡はね、せめてミラーにはあんまり嘘吐いて欲しくないの」

「また鏡はそう言う意味の解らぬ事を……。時々気が触れたような事を言う」

「それが詫びる側の態度かあ!? ああん!」

「いや、すまん。俺が悪かった。悪かったから。

 俺とてもダラルロートに欲情するとは思っていなかったんだ……何かの気の迷いだ」


 鏡を宥める事に専念する余り、俺はダラルロートへの注意力が散漫になっていた。


「ほう。ミラーソード様は私を求めた挙句に一晩でお捨てになる訳ですか。

 我が主ながら見上げた性根ですね。宦官として培った嫉妬の情を思い出しますよ」


 火種が増えた、と悟った時には遅かった。ダラルロートは不満げに嗤い、鏡から殺気が放たれる。


「そうか……そうなんだ、やっぱりミラーから求めたんだ……」

「鏡よ、ダラルロートに騙される位なら取り上げようとしている技能を俺にも寄越せ!

 俺はこやつが信用できんし、鏡は鏡で感情的過ぎる!」

「誰が感情的か、この脳味噌の最後の一片まで筋肉が!

 鏡はミラーだけには言われたくない!」


 何だ、この修羅場は。

 俺は誰に後何度詫びればいいんだ。誰か教えて欲しい。誰も答えを知らないとは思うが。


「……正直に言うが、俺はダラルロートが何を言ってもどうにも信用できんのだ」

「ふむ。こうして引き離すのではなく、もう一度抱いて下されば御理解頂けると思うのですがねえ」


 火種が燃え上がった感しかない。何だこれは。俺はダラルロートのお化けとでも話しているのか? だったら俺はこんな長話などできずに卒倒しているはずで、つまりこのダラルロートはお化けではない。お化けではない何か別の化け物(バケモノ)だ。


「……俺の目の色がこうなのも気持ちが悪い」

「私の色に変わったのはお嫌ですか。そのままでいて下されば絆を感じられるでしょうに」


 私の色、と言われて己の黒い瞳が堪らなく嫌になる。

 だが『そのままでいて下されば』とダラルロートが言うのだから、これは治せるのだな? 治せるんだな? 治癒術で治るのか?


「……ミラー、肉体の操作は変成術の領分だって事、忘れてない?

 緑でも青でも黒でも色なんか好きにすればいいんだよ。変成術130だぞ130」


 治癒術の為に魔素を集めようとした俺に、鏡は冷たい声で言った。

 鏡に手招きをすれば嫌そうに寄って来る。俺は鏡の刀身に目元を映しながら瞳の色を変えた。


「この色だったと思うか?」

「ミラーがどの色にしようとしてるのかによるけどね。好きなようにしたら」


 俺は瞳を青に戻そうとしたが、少し色合いが変わってしまったかもしれない。真実は解らない。俺の目の前にいる二匹はどう考えても俺よりも口の達者な嘘吐きだ。何が本当の事か知れたものではない。


 ふと見れば、ダラルロートが笑っている。できるだけ無視したいと言うか逃げ出したい気しかしないのだが、化け物が笑いながら言って来た。


「卒倒する準備がよろしければ、この事態についての証拠の品物をお見せしますかねえ」


 ダラルロートが不穏な事を言う。

 卒倒? 俺がだな? 何を言おうとしているのだ、この黒髪の男の形をした化け物は。


「いいよ、鏡が見せる。

 ミラー、この首飾りに篭めた魔力は覚えてるね」


 鏡が首飾りを摘み上げる。俺が聖句の御札と共に身に着けていた術具。


「……緊急用の長距離転移を篭めてあった。特定条件下で自動起動で、設定条件は」


 ……ああ。

 何となくだが俺が卒倒する理由を思い出したぞ。


「俺がお化けを直接見た時だ」

「その通り。この首飾りの転移でミラーはお家に帰って来ました。鏡を置いてけぼりにしたお家に。

 魔物封じの指輪に、君の大嫌いな幽霊をいっぱい閉じ込めておいていたのを解き放った、ダラルロートを呑み込んでね」


 俺はよく耐えたと思う。聞き終える事はしたのだから。心地よくすらある恐怖による制圧に俺は心身を委ね、痴話喧嘩から抜け出した。

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