34. 本性
俺と言う自己が崩れようが壊れようが、知った事か。
下らぬ意思などあるから恐怖症のせいで泣き叫ぶのだ。俺の弱点を知っているダラルロートと戦うのなら自我など要らぬ。正気など投げ捨てて食欲と欲情に任せて苗床にしてしまえばいい。苗床にした者を次の世代の主人格の主体に据え、後は地獄で母共々隠居暮らしだ。そうだ、そうしてやろう。一年と生きなかった親不孝を謗られる準備だけはしておいてやる。
上着を脱がされて諸肌を晒し、何やら印を残されている俺自身に気付いた俺は激怒した。躊躇いなく俺の中の腐敗に手荒く手を突っ込み、眠っていた堕落を叩き起こし、産まれてこの方ずっと閉じていた邪視を見開き、解らぬなりに本能的に増殖と祝福と創造も解き放つ。太守の館周辺どころかリンミ全域から魔素をかき集め、怒れる俺の厳命に応えて産まれ落ちた眷属どもがずるりと蠢く。
アディケオの宦官の持つ不正は権能ではない。貸し与えられた異能に過ぎない。俺が邪視と生来無眼のものの視界を得た今、下らぬ偽装などさせぬ。今の俺の眼には奴の臓器全てと血管と神経の束が視えている。幻影と欺瞞には臓器がない。作っては転がして遊んでいた宝玉を踏み潰し、溶け崩れて肥大化しつつある内部から言ってやる。
「貴様と戦うのは初めてだな、ダラルロート」
欺瞞を破れるようになった俺の記憶は修正された。
俺はダラルロートとは戦った事がない。「戦って勝利し、太守の降伏を受け入れた」と言う記憶を捏造されたのだ。まあ、その後で俺はダラルロートに対して従属を強い、邪神の加護を受けた魔力に物を言わせて抵抗を打ち砕いたのだが。
従属した状態で俺を怒らせるとは大した奴だとは思う。もういい、俺の苗床にしてやると俺が決めた。次の世代として自主性を持つようになった時、俺の血統に与えられた祝福がいかに恐ろしい代物か思い知るがいい!
触手を戦槌の要領で振り回し、叩き付ける。五連撃を出せた事には密かに満足した。母にこそ及ばないが、人の形を投げ捨てた俺には容易い事だ。楽になど殺してはやらぬ。
「次の生を楽しむといい。死ね」
憎悪に塗れた声がどこから出ているのかは知らない。幾度となく母の口から紡ぎ出された有罪を宣告する響きに、今生で俺は追い着けたのだろうか。母に聞きたい事は多いのだ。息子として今から会いに行くのが楽しみでならない。
物理攻撃と同時に魔術と擬呪の連弾も叩き付けた。ここまでが俺の一手だ。
同時に、俺の意識が消える限界点でもある。もう、後の事など知らぬ。適切な苗床は手に入れた。俺は世代を継承させて母の下へ逝ってやる。俺が決めたのだからそうなのだ。
何やら恐ろしげな者どもを指輪から解き放ったダラルロートの足掻きは無駄な事だ。
もう俺は俺ではないのだから無関係だ。ああ、親の二匹もこんな自棄を起こして俺を産んだのかね? 親の業は越えられんものだな。地獄には父もいるのだろうか。異界の邪神に産み落とされた直系の子は。俺は自我が溶け消える余韻を楽しんだ。