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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
神鏡ミラーソード I
329/502

324. 狂土の晩餐会

 その日の夕食もとい、晩餐会はなかなかに心楽しい一時(ひととき)だった。


 俺の子を胎に宿す身重の女王ファエドラが出席するのは久し振りとあって、王族連中の顔色が良かったな。エムブレポの女王は命ある限り在位し続ける習いだから、命と引き換えの出産になる可能性が高いと予知されているファエドラの健康状態には皆が敏感なんだ。

 俺も薬やら食物を拵えて女王の世話を焼いているよ。死を覚悟して女王の絵画や彫像を拵えはしたが、できる事なら子には母の愛を感じさせてやりたい。マザコンと詰られようが知った事か。俺は母を愛しているし、子には母を愛して欲しいとも思っている。


「デオマイア様の御力を得て、夏の都はこれからも繁栄できましょう」

「お母様の為に精一杯、祈ります」


 穏やかに微笑むファエドラに撫でられながら、デオマイアは殊勝げにそんな事を言っていたな。娘は大きくなった腹の中で眠る弟が随分と気になる様子で、ファエドラに許しを請うて耳を腹に当てたり、俺に創り出せる最上の絹で拵えた女王の衣の下に手を差し入れるなどしていた。


「見られている……ような」

「既に意思が芽生えているからな。年少の弟なり妹だ、可愛がってやれ。

 そなたよりは遥かに弱く生まれて来る王族だ、姉として庇護してくれるな?」

「はい、お父様」


 素直げに返事をする娘を愛で、帝国と聖国からの貢物を調理した皿を給仕してやる夕食時は心穏やかでいられた。大君の館の料理人に属性転向を防ぐ護符を満載し、リンミから連れて来た価値はあったと思うぞ。

 ダラルロートにバレたら怒られる事案だから、晩餐の後に記憶操作してリンミへ帰すけどよ。捧げられたのはカネを積み上げたって容易には手に入らないような素材なんだ、どうせなら一番腕のいい料理人に調理させたいじゃねえか。


「不思議な香りですね」

香茸(かおりたけ)の卵綴じだな。好きなように食べるといい」


 ファエドラとデオマイアの二人に給仕するくらいは容易い事だ。何かしらの事故で現世に復帰できぬとなったら、祖母の茶坊主として神域で生きる覚悟はある。


「うひょー、これ凄い」

「……神子(みこ)よ」

「何これ!? うわあ、何これ」

神子(みこ)よ、今少し落ち着いたらどうだ」


 ……父は神の供応ができると豪語していた事もあったと思うが、今晩は食事に熱中していてなあ。運び込まれる新たな皿に嬉しそうに礼法もへったくれもなくがっついては奇声を上げ、母に呆れられている。娘が祖父を見る眼差しは何やら生温かい。


「すっごく美味しいのよ。お母さんには僕が再現して御馳走してあげる」

「そうか」


 父は今晩の食卓を母に譲ってやろうと言う気は全くないらしいから、俺はそれぞれの皿から取り分けて琥珀の館の私室に隠している。昼間に父を襲ったから鏡の剣の中に閉じ込めてあるが、美味いものは母にも食べさせたい。(あわび)の煮込みは良かったよ、ミーセオの海鮮も美味いもんだ。

 エムブレポで産する果実類が質で劣るとは思わない。祖母の後援を受けて以来、エムブレポの密林に()る果物は種子を減らして果肉を増やし、甘味と旨味を増した上で繁殖力を大いに高められている。しかも常夏だから一年を通じて採れる。足りないのは箔付けと知名度だ。マーザとスダ・ロンには最上の品を返礼としてくれてやり、各々の本国へ送らせないといかん。


「俺はさ、そなたらには美味いものしか食べさせたくない」


 アシメヒアの茸から立ち昇る香気を楽しませながら女王と娘に言えば、妻も皿を一つ空にしてくれた。イクタス・バーナバは過度の文明の進展を毒と看做して嫌うが、趣向を凝らした料理を楽しませる事は許してくれている。

 食べられぬ事を前提にして食材を飾り付けに用いる事は避けるよう、厨房に指示はしたけどな。どんな料理であれ、ソースに至るまで空き皿にされるのが望ましい。俺なりの愛しい妻への配慮だ。




「厨房の手伝いは大仕事だっただろう、シャンディ」


 食後にデオマイアを湯浴みへ送り出し、俺は厨房の手伝いへ回していたシャンディに茶碗蒸しやら炒め物を一揃いにした弁当をくれてやった。母の分を拵えた余りだ、とは言わずにおく。


「ええ、まあ」


 ……食いながら聞けと命じたのは俺だが、食べるのに忙しそうだな。夏の宮殿に満ちる狂神の神威と俺の神威に美食は勝るか。晩餐の支度を手伝わせる間、氷の元素術に長けたシャンディには厨房で使う水と氷を供給させていたんだ。もっと低レベルの術師でも水と氷を出せなくはないが、厨房の邪魔にしかならんような者を連れて来てもなあ。

 俺が直々に素肌に魔力回路を刻み込み、元素術を補助する杖を与えた魔術師団長のシャンディでようやく手伝いが務まる。臣民のうち、ヤン・グァンとシャンディ以外は足手纏いと言う弱さはもっと鍛えなきゃならんぞ。


 娘に言われていた事があってさ。香茸(かおりたけ)と海鮮の香りを漂わせる弁当に執心を示すシャンディの頭から爪先までを眺め、鑑定を投げ掛けた。

 氷の魔女シャンディ、リンミニアンの女、属性は中立悪、レベル10の元素術師。年齢を20歳に偽装しているのは何だ? 俺がそなたを捕まえて洗脳した時には21歳だったではないか。22歳だろう。認識欺瞞を施しているのは年齢だけだろうか。シャンディの占術は熟練が浅いから、多くの物事は覆い隠せないはずだ。


 重ねて鑑定を投げ掛けてみれば、氷の魔女の力の源泉と言うべき冬の契約を見つけたが―――これは違う。詳細鑑定に切り替えて深く観想すれば、娘が気にしていたものを見つけたぞ。悪の汚濁だ。

 シャンディは悪属性の属性転向毒に汚染されたリンミの水を摂取し続けた事で、何やら変異を起こしたらしい。属性転向毒がもたらす壮健さと大胆さが定着し易い、と言うだけではなさそうな……?


「シャンディ。夏の宮殿の水はそなたの口なり肌に合っているかね?」

「不思議な感じはしますね」

「そうか。指示した通り、デオマイアには元素術で生成した水を使ってやってくれ。愛娘は悪よりも善に傾いた食材を好む傾向があるんだ」

「お任せ下さい」


 シャンディは疑いなく俺に忠実だ。素肌に刺青として刻み込んだ魔力回路には《隷従》がある。この魂は俺のものだ。シャンディに内在している悪の汚濁には等級の上がる余地がありそうだが、今の所は放置しても良さそうだ。手下は善よりも悪がいい。悪の方が俺のような強者に対しては忠実さ。


「デオマイアがそなたの拵える氷菓の出来を褒めていた」

「最下級術なんですけどね、アレ」

「エムブレポは常夏ゆえ、氷菓の感触が心地良いのだろう」


 元はアガソニアンと言うのが良かったのかもしれん。

 シャンディはレベルこそ低いが、細々とした術の制御に長けている。娘の好意を得ている点も軽視はすまい。


「ミラー様、視線をもう少し外して頂けると嬉しいかなって」

「おう、すまんな。遣使(けんし)の注視はそなたの双肩には重かろう」

「ご配慮ありがとうございます」


 ……恩寵をやるのは、もうちと素の魂を磨いてからだな。変成術の修行をさせたい。イクタス・バーナバの遣使(けんし)たる俺の古参の臣下として相応しいよう、恩寵を分け与えてやるつもりはあるんだ。女には増殖の恩寵が馴染み易い。


「それにしても、出掛けた大君は無事なんです?

 ワバルロートが言ってましたけど、大君って道を歩けば窓から肉切り包丁が降って来るくらい運が悪いそうですよ」

「なんだ、そなたも魔術の師を案じる程度には懐いているのか」


 それはもう暗殺未遂なんじゃないのか、とは俺でも思ったがね。

 前線から修理を求める物品が琥珀の館へ送られたのを察知し、シャンディの言い草に笑いながら検めた。それが襤褸切れめいて大破した血塗れの戦装束だと認識した時、俺は真顔にならざるを得なかったよ。ダラルロートめ、プロバトンで何をされた?

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