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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
自称暗黒騎士ミラーソード
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31. 弱点と恩寵

 俺は司教を誘い、俺以外には司教と高司祭の侵入のみを許している聖火堂内の俺の私室にいる。私室には特に重要なものは置いていない。聖火堂と監察官からの報告について、特に重要と司教が認めれば司教の口から報告されるのでな。趣味が悪くない程度に応接室として整え、俺が卒倒などした場合に休ませる目的で寝台を置いている。……何事にも備えは必要なのだ。備えてなお、憂いしかないとしてもだ。

 少々甘い匂いがするのは俺の好みそうな食物が茶棚に茶葉と共に取り置かれていたからだ。ミーセオの工芸品だと言う茶棚は機能的で面白い。太守の館にある俺の私室にも似たものを置かせようか。


 俺は司教に付き従って来た高司祭らの入室を認めなかった為、茶の支度は鏡にさせる。鏡の声が聞こえぬ司教の目に分かり易いよう、鏡の剣を華美な鞘から抜剣して宙に浮かせた。後は鏡に任せてやれば念動力などの必要な魔術を操って家事をする。司教にとっては俺が手を動かさず理力術で茶を点ててやるように見えるだろうか。知性のある武具は稀に存在する術具だが、好き好んで家事をする剣など鏡の剣の他には知らない。


「はーい、茶坊主どもよりは美味しいお茶を淹れましょうね」

「俺の帯剣は勝手に動き回るであろうが、司教を害する事はない。

 そなたの抱える茶坊主よりも上手く茶を点てられるかどうかは手並みを品評してやってくれ」

「これはこれは、太守殿に自慢できますな……。

 ミラーソード様のお心遣い、この正しき悪の司教ヤン・グァン有難く頂戴致します」


 司教が宗教者としての挨拶をした。このようにして己の属性を名乗り上げるのは一つの作法だ。


「司教よ、先日の質問書への回答をくれ」

「色好い結果ではございませぬ。ミラーソード様の心の蔵に少々の御覚悟を頂きたく」


 司教は顔色を変えてこそいないが、声の調子を落とした。

 好々爺に見せている目尻に縁取られた眼光からは俺に向けられた痛ましさがある。


「よい。聞かせよ」


 嘆息する。俺とて解ってはいた。レベル20の魔術師が術の限りを尽くしてなお、泣き叫び、苦しみと嘆きと絶望の坩堝へ放り込まれ、無慈悲に攪拌される事しかできていないのだ。それが超重篤な恐怖症だ。俺が生まれた時から、或いは生まれる前から抱えている弱点。

 恐怖耐性の護符を何個作っても抑え切れなかった、俺に植え付けられた恐怖。全身に(あまね)く根を張り巡らせ、俺の脳を、心臓を、或いはその他の臓器を好き勝手に蹂躙する。―――俺が恐れの対象を認識する事を引き金として。


「ミラーソード様からお預かりした護符の効き目は素晴らしかったですな。

 司教たる臣は神聖と暗黒に分類される術をざっと上級術まで扱いますが、お預かりした護符ほど強力な祈りを篭める術は持ちませぬ。

 御身に賜った杖を手にして扱った治癒術と退魔術が最上級術の域に届いた事は臣にとって望外の喜びでありました」


 司教は俺に与える衝撃が強くなり過ぎないように配慮しているのだろう。

 焦れる気持ちを宥め、鏡に操られて進む茶の準備を眺める。俺は三人の腹心にそれぞれ贈り物を一つはした。司教に渡した杖は治癒と浄化に関わる術の適正を補助するように拵えた。杖の頂には絶えざる聖火を抱かせ、聖火教を率いる者の術具として相応しいように整えた。


「臣と聖火の杖をもってしても、御身が作られた護符に及ぶものは完成しておりません」

「そうであろうな。

 俺は最も出来の良い恐怖耐性の護符を拵えた際には大儀式までやったぞ。

 神聖だろうが暗黒だろうが、俺は最上級術に術具の助けを借りる事なく手が届く」


 俺が授けた術具を用いて最上級術が扱えるようになりました、と言うのは当然の事だ。俺がそのように魔力を篭め、術式を刻み込んだのだから。だが、俺の手で授けてやれる力は俺の限界を超えないのだ。


 例え話として100と言う数字を基準にしよう。何らかの術への熟練に関して100相当に達した技量がある者には最上級術の行使が可能となる。蛮族には珍しいが、いる事はいる。かなりの無理を強いれば仕立て上げる事もできる。

 神聖に関して、俺の力が100あるとしよう。司教は元々90あった。俺の力を補助術具と言う形で貸す事で司教は100の力を仮初ながらも振るうようになる。だが、そこまでだ。司教の力が190には決してならない。

 大儀式と陣法は俺自身の能力を高め得る手段だが、犠牲を伴う大儀式をもってしても100と言う数字は110か115程度までしか増強されない。補助陣法は悲しいかな、どう描いても100が限界値だ。俺は占術にさほど通じず、幻術については完全に門外漢だ。劣る系統術の実力を一時的に底上げしたいのなら補助陣法が大いに役立つ。だが陣法は大儀式とは違い、超えられない枠組みを持つ。それが100と言う数字だ。


「なお、抑えられんのだ」

「御労しや、ミラーソード様」


 ハァ、と嘆息する己の息を聞いた。これが鏡だと俺を詰るか、殺す気だとしか思えない勢いで奴等の話を始めるからな。司教と話をするのは幾らか気が静まる。


「臣の職責は司教にて、恐怖症を患う者の診断に携わった経験はございます。

 一例として、重篤な尖端恐怖症と診断された者は日常的にそれはそれは酷い醜態を晒しておりました」


 ……尖端恐怖症? なんだそれは。


「もしかしてミラーってば自分の事を棚に上げてない? あ、そろそろお湯いいね」

「尖端恐怖症とは何だ? その者は何を恐れていた?」

「物の先端でございますよ。剣の切っ先はもちろん、鋏の端、箸の端でさえも受け付けられず日常生活を送れてはおりませんでした。

 しかしながら、いずこかの狂神の恩寵を賜った者として大事にされておりましたよ。

 魔法の才に優れ、奇抜な発明を繰り返し、異能の片鱗さえも見せました」


 鏡が点てた茶をミーセオの作法に則って司教に勧める。返しの礼法で俺も飲む。他人の話ならば平静を保って聞ける。……もしもこれが俺と同じ物を恐れる者の話だったなら恐慌は確定だったが。


「その者の域で重篤、でございます。

 ミラーソード様は超重篤と自己鑑定されているとの事ですから、おそらく強大なる狂神に恩寵を受けたのでありましょう。

 様々な異能、血呪や擬呪と呼ばれる血統の力、恐るべき才覚、尋常の魔術師や神官には許されぬ秘儀と共に、御身を苛む狂気を与えられたのでございます」


 心当たりしかない話だった。

 俺の能力は異常だ。間違いなく異常だ。超級変成術の使い手など俺以外には聞いた事がない。最上級術の使い手さえ、俺が手を貸さなければリンミには存在しなかった。ダラルロートだけは実力を隠している可能性があるが、あまりに不必要に高い評価を与える気はない。いかなる異才であろうとも殴り勝てる程度ではあるのだ。


「……もう一つ教えよ、司教。

 重篤な恐怖症を患った者に治療を行わず、保護を与えていた理由と言うのは」

「無論、その才能を活用する為でございます。

 治療してしまっては、折角の狂神に吹き込まれた恩寵もまた霧散致しますからの」


 頭を抱えたくなった。俺は確かに強い。強いと自覚はしている。

 だが、だからと言って。俺の血統の父たる邪神は一体何を思ってこれほど酷い弱点を俺に与え給うたのだ?


「二者択一って事だね、ミラー」


 鏡の声が遠く聞こえる。


「或いは……人ではなく、神の手による治療であればミラーソード様の恐れを拭う事はできるかもしれませぬ。

 しかしながら、臣には癒されたミラーソード様がどの才をいかほど失われるか全く読み切れぬとしか申し上げられぬのでございまする」


 司教の話はそこで終わりだった。

 俺の相談内容からすれば、卒倒させずに話を終えた司教の説諭の技量を褒めてやってもいいとは思う。

鏡による要約


「つまりだね、ろくでもない弱点を持たされた者は代わりに狂神の寵児として大事にされるのよ。

 弱点が酷ければ酷いほど恩典も大きい。

 ミラーが言ってた数字だと超重篤な恐怖症が130以上、重篤が100、深刻が80、重度が60、中度で40、軽度が20くらいかしら。

 数字は恐怖症の根治に必要な治療術の強度と対応ね。

 ミラーが大儀式を執り行って強度115の恐怖耐性の護符を作っても、まだ足りないの。超重篤って130以上だから。


 鏡のお話、解ってくれたかな」

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