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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
自称暗黒騎士ミラーソード
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30. 宗教

 今日は少しばかり宗教の話をしよう。

 宗教家を名乗る者は必ず己の傾倒する属性を明らかにする。正狂善悪、もしくは正と狂に対する中立、或いは善と悪に対する中庸を。

 俺がリンミの支配者ミラーソードとして神殿や宗教色の強い典礼規則を持つ宮廷で(ひざまず)くなら『中立にして中庸なるミラーソード』と名乗る事になるだろうか。今までそんな機会はなく、司教も上位者である俺に属性の告解を求めはしない。


 司教ならば『正しき悪の司教ヤン・グァン』と名乗るのが宗教施設での正式な名乗りだ。ミーセオ悪国の守護神アディケオの属性は正しき悪であり、正と悪の属性を奉じるミーセオニーズの神官或いは僧はミーセオにおいて手厚く敬われる存在だそうだ。

 尤も、ミーセオ国民には何れかの悪である者が多いと聞く。不正を第一の権能とするアディケオを奉じる者は虚偽、賄賂、脅迫、隠蔽と言った悪事向きの技能に神の恩寵を受け易い。正業で稼ぐよりも非道を働く方が楽に稼げる、と考えるミーセオ国民が多いからこそ悪国と呼ばれるのだ。そしてミーセオ自身が悪の傾向を奨励し保護している。アガシアが説きアガソス正国が奉じる正しき善に対抗する為に。アガシアの愛と美の権能は生産力の増大を促して広い国土を富ませ、ミーセオはアガソスに対して生産力で負けて“いた”。


 多くの宗教家は属性が対立しない限りにおいて複数の神を奉じているのが普通だ。属性の対立については、正悪のアディケオを称える神官が正善のアガシアを崇める神官でもあると言う例は存在はする。『正しく中庸なる何某』或いは『中立にして中庸なるミラーソード』と属性を名乗る者にとって、アディケオとアガシアを同時に崇める事は矛盾しないのだ。まあ、俺はどちらも崇めてはいないが。

 宗教家が複数の神々を奉じるのは問題ない。戒律によって一柱のみに信仰を捧げる事を強制している神の信奉者でないならば、属性を軸とした多柱信仰は民の常識だ。広く信仰を捧げ、より多くの恩恵を受けようとする。

 太守ダラルロートは使徒の掛け持ちをしていたと語った。俺の知る使徒と言うものは複数の神に仕える余力など全くないはずなのだが、ダラルロートはある意味では俺を上回る化け物だと言う事だろう。油断ならんが駒としては最上の部類ではある。


 リンミ市中において司教は俺が統治目的ででっち上げた新興宗教の聖火教を統率している。聖火教が帰依を説く属性は正しき悪だ。俺は悪でありさえするなら正か狂かはどちらでも良かったのだが、統率させる司教の都合が良いように決めさせた結果として正になった。聖火教が崇拝を奨励する神々にはアディケオを含ませている。そして俺の血統の父たる異界より訪れし腐敗の邪神も。


 肩書きこそ司教にして堂主に留めているが、いずれはより高い位階を名乗らせる日も来るだろうか。リンミを統治する者が太守ではなく、より高い位階を得た際には大司教なり法王として箔付けを引き上げてやらねばならない。その程度の報いは想定している。より大きな責任と権限を伴わせてな。


「司教よ、聖火教への帰依状況はどうか?」

「極めて順調ですな。最低でも三等市民であるリンミニアンに限れば実に八割を超えております。推定値となりますが、全階級の市民についてであれば六割前後が聖火教に親しんでおります」

「わお、頑張ってるじゃない」

「悪くはない」


 『捧げよ、然らば与えられん』を聖句とする聖火教が信奉者に与える信仰の見返りは二つ。一つはリンミを守る聖火。もう一つは分け隔てなく与える白いスープ。この二つは忌まわしき者と逆賊を激しく打つ鞭であり死者を弔う聖火を噴く油壺と、万民を生かす飴としての満たされし聖釜から生じる。相当な魔力を費やして作り上げた二つの術具を、俺は貧民窟を一掃して建築させた聖火堂に安置した。


「安置させた聖釜の調子はどうだ? 施しを求める民の口を満たすに足りているか」

「配給量はミラーソード様のお力で満たされており何一つ問題ございません。

 現状では救貧に携わる神官が最も多忙ですな。

 何しろ四等以下の市民は朝・昼・夜の三交代の時間に合わせて動きますもので、堂側も市民の動きに合わせた三交代で勤務しております」

「そうなるであろうな。結構だ、施しを続けさせよ。市民であれば決して飢えさせるな」

「聖火教の使命と心得ておりまする、ミラーソード様」


 術具は二つとも俺の支配の小道具に過ぎないが、リンミ市民からの信仰を集めてはいるようだ。富める者も貧しき者も、望むならば白いスープもしくは白湯と呼ばれている食物を得る事ができる。飲んだ者に一日の労働に耐えるだけの養分と活力を与え、自省の時間を持たせ、安らかな睡眠を保障し、翌朝には心地よい目覚めを約束する。有益さしかあるまい? 富める者からの寄進はもちろん感謝して受け取るが、聖火教が民に求める真の見返りは聖火を燃え上がらせる為の命。俺に捧げられる命だ。命を養わぬ者が命を刈るのは畑泥棒と言うものだ、そうは思わないか。


「ミラーは市民にご飯を食べさせるのに熱心だよね」

「こそこそやるのは性に合わぬと言っただろう。

 俺は支配者であり、変成術の権威と呼ばれるべき傑出した技量を持つ暗黒騎士だ。

 刈るべき命に生きる糧を下げ渡す事は俺の利に適う。これが支配だ、鏡よ」


 鏡とはそんな会話もしたな。

 司教との話の本題に入る前に軽く宗教の話をしてみたが、いざ本題へとなるとやはり恐ろしくはある。俺が司教に渡した質問書の趣旨は『超重篤な幽霊恐怖症をどうにかしてくれ』なのだから……。

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