289. 解析と疑問点
「サイ大師、俺には性能劣化版の複製はできても性能そのままの量産はできねえぞ。理由はもう政庁の方でも理解してるんだろ」
今日、俺が皇居に持ち込んだ解体した魔銃の残骸は百かそこらだ。原型を留めている部品は全て研究室から引き揚げて来た。
命じられた仕事じゃねえから俺がやる義理はなかったんだが、個人的な興味が高じてな。アステールが送って来た魔銃を帝国に渡すだけでは、俺に解析結果を教えてくれるとは限るまい。
「貴公の見解は政庁の報告と異なる可能性がある」
「エリクシーリオでも嗅がなきゃ刻みたくねえよ、こんな細か過ぎる魔力回路」
「薬物に頼れば再現可能だと言うなら検討の余地はあろうな」
面会に応じてくれた上司は平然と言うが、俺はやりたくねえぞ! プロバトンが東部に持ち込んだ魔銃は、アステールの試算が正しいなら三千を下らないんだぞ。となると、プロバトン本国の生産能力は月当たり百や二百では有り得ねえ。俺が手作業で魔銃に刻まれた魔力回路を再現しようとしたら、一つ拵えるのに十日は見て貰わないと仕上がらない細密さだと言うのにだ。何かしら俺の知らん技術が絡んでいるとは解るが、手掛かりと研究に費やす時間が充分ではない。
「魔銃と雷導砲に施された魂縛については、俺からは大した報告ができん。政庁の方がおそらく進捗がいいだろう」
「貴公が死霊術を苦手としている事は承知している」
プロバトンが持ち込んで来た魔銃と雷導砲は、鹵獲してもミーセオ帝国軍が利用できる状態ではないんだよ。特定の使用者にしか起動できないように魂縛されていて、結び付けられた使用者を変更した上で定められた術式の魂縛を行わないと兵器として使える状態にならんのだ。
魂縛を魔力解体で打ち消そうとしたら、魔銃が自壊する魔力回路が仕組まれていてボンッてなもんだ。死霊術を行使できない俺は魂縛については早々に研究を放棄した。
「雷導砲は俺が模倣して作ると大きさが六倍で魔力消費が三倍、性能が半分くらいになりそうだ」
ついでに言うと一回撃つと壊れかねん。要はガラクタと化しちまう。プロバトンの軍事技術は随分と先を行っていると思うぞ。何であんなもん作れるんだよ。停戦し時を間違ったら不味い事になるだろうな、とは個人的に感じている。
そりゃあ、アディケオの不正の大権能は強力だよ。魔銃が魂縛されていて鹵獲しても使えないなら、差し向けられている魔銃持ちを精神支配して転向させて自軍兵として使わせようと言う考え方はミーセオ帝国の流儀からすれば正しかろうよ。イクタス・バーナバも心術で支配する事はできる。プロバトン様式の魔力固化体と言う要素がなかったなら、な……。
「一番わかんねえのは、魔銃を撃つのに使う魔力固化体だよ。同じものを作ろうとすると相当な魔力を込めなきゃならん。プロバトンの魔素はどんだけ濃いんだって話になるぞ」
変なんだよ。魔力固化体は魔銃から理力弾を撃つ度に消費され、十発ほど撃つと蓄えた魔力が尽きる。理力弾そのものの威力は中級術程度だ。中級術十発分だから、上級術は二回行使できるかな程度の魔力だ。魔銃はアステールの見立て通りに三千持ち込まれているとしよう。上級術を六千回行使できる魔力とは相当に膨大だ。そんな魔力に換算できる魔素を独占的に吸収させてくれたら、俺のレベルは最低でも一つ上がってレベル32になると思う。
「仮説はあるが、貴公に話せる内容ではない」
「魔素の源が霊泉や霊場の類だとしたら、俺がすっ飛んで行って喰い尽くしてやるんだがな」
プロバトンの潤沢な魔素供給源を断つのが先決なのではないのか、と強く六眼で主張してみたがね。サイ大師は俺の意見を容れてくれなかった。
「貴公の単独行動で対処可能な供給源ではあるまいとは伝えてもよかろう」
「……見当は付いているんだな? 正体不明ではないと言うのなら、サイ大師なりアディケオがどうにかするもんだと思っとくけどよ」
今回、ミーセオ帝国は俺に東部反乱の鎮圧を命じていない。
プロバトン製兵器の奪取と研究は帝国政庁が当然の如く進めているはずだ。現時点までの魔銃の解析結果からすれば、帝国軍は決起したアガソニアン民兵と反乱に加担しているプロバトン兵の両方を可能な限り捕縛したいだろう。俺がコルピティオとアステールを伴って出向いたなら、総兵力六千そこそこの逆賊はとうに始末を終えていた自信がある。
「……話は変わるが、休暇中のうちのじいやがすっげえ機嫌悪いぞ」
「プロバトン軍とアガソニアン民兵が共にシュネコーの奴隷であれば、東部に縁ある老公の不興を買っていような」
上司の感情にも表情にも揺らぎはない。歓迎されている様子はないにしても、止められないな。止める気があるなら最初からアステールを貸せと言って拘束しているか。今の所はサイ大師の黙認継続かね。いつ止められてもおかしくはねえから、細かく機嫌伺には来るけどよ。
咎人の魂を詰め込んだ結晶体―――俺とカーリタース手製の魂石を卓上に置いて訊ねた。
「お陰で最近専属になった司直の機嫌はいいよ。
もう一丁話を変えると、婆ちゃんに捧げる生贄が欲しいんだ。部品単位で分解した魔銃とこやつらを引き渡してもいいから、手頃な目方の魂と交換してくれねえかな」
サイ大師に持ち掛ける魂の交換には目下として手土産が要るだろうと思い、俺としては努力して魔銃を解体したんだがね。政庁に稼動可能な魔銃を鹵獲直後の状態で渡した方が受けはよかっただろうか、とも思わなくはない。咎人の魂はただでは渡したくねえんだよ。祖母の取り分を増やす交渉結果にならないなら、取引の申し出は不成立としたい。
夏の後には収穫の秋がやって来る。田畑から刈り取った収穫物を捧げるには最も相応しい季節だ。反乱の鎮圧を命じられていたなら魔銃になど構わず、盛大に殺してやったのになあ。
「地獄に半量を召し上げられた咎人の魂ではな」
「寄越せと言うなら持って帰るぞ。婆ちゃんはお玉一つ分つまみ食いされても解るくらいには飢えているからな」
交換に乗り気でないと言うか、全部寄越せと言わんばかりの上司を相手に俺は交渉を試みた。話し合いの最中にダラルロートとコルピティオが俺を招請しようとしたが、代理としてエファを差し向けておいた。どうせまたデオマイアの教育方針の相違から来る闘争だろうとは踏んでいた。この所、急に増えていて辟易させられている。
「魂縛だけ何とかしたら使えそうな無傷の雷導砲を二つ付けてもいいんだけどな」
「アディケオの加護の下に盗み出された物品は、アディケオに献上されるべきではないか」
俺はサイ大師との交渉に手間取り、リンミに帰れたのは見込みよりも遅い時間になってしまった。帰宅した時にはえらい事になっていたよ。




