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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
自称暗黒騎士ミラーソード
29/502

29. 相談役

 ミラーソードの三人の腹心の中でダラルロートが最も有能なのは間違いない。しかし、どうにも相談事をする気にはならなかった俺は質問状を渡して司教との面談を要請した。「司教から太守と魔女に内容を話すのは自由だが、同席はさせたくない」と四人が揃った場で言えば、喜色を湛えた司教が散々っぱら太守と魔女に対して示威行動をして楽しんでいた。

 司教は最も使い勝手の良い腹心だ。三人が殺し合いを始めれば真っ先に殺されようが、精神的な優越を感じさせてやる事は三人の力関係の調和を保つ役に立つ。


「ほほほ……宗教家として積んだ徳の差じゃな」

「……覚えてろジジイ。名前で呼んでも貰えない癖に」

「お言葉ながら司教殿の役得が過ぎませんかねえ」


 ダラルロートに躾を任せているはずの魔女が口走った荒れた言葉に俺は目を向ける。


「ダラルロートから魔女の躾の進捗について良い報告が聞ける日は随分と遠そうだな」

「正直に申し上げて難航しております。

 再教育が複数回繰り返された結果、内面が奇妙に(ねじ)くれて(ただ)れているのです」

「誰のせいだと思ってるのアディケオの宦官」

「ほう。ミラーソード様の御手付きと思い上がるなら私直々の躾をせねばなりません」


 瞳に強い意志の光が宿っているのはいいが、それ以外が全くの落第点と言う現状の魔女にはダラルロートでも手を焼いているようだ。


「鏡が見る所、魔女はミラーに変に似ちゃったんだよ。

 蛮族に留めたまま半分だけなんて中途半端な造り変えをしたからね。頭おかしい所がよく似てる。

 完全に堕落させてお嫁さんにした方が良かったんじゃないの」

「やるほどには興が乗らなかった」


 雌として好みではなくてな、魔女は。滴るような愛らしさの彼女とは較べるべくもない。

 俺は鏡に応じていたのだが。太守と司教と魔女の視線が俺に集中し、次いで太守と司教が魔女を見る。司教は憐憫を伴って。太守は侮蔑を隠そうともせずに。魔女が俺を見る目は眦を吊り上げ、激昂しているかのようだ。


「あんな事をしていながらそう仰るのですか、ミラーソード様!!」

「その身にまだ墨を入れる余地を残している事が最後までしなかった証なのだがな」

「……ハイ」

「……こりゃ嬢ちゃんはお仕えする努力が足りておらぬようだな」

「ええ、ええ、司教殿の仰る通りですねえ」


 三人の腹心の中では唯一鏡の声が聞こえている太守だが、司教の尻馬に乗る形で真意を隠している。俺も『完全には堕落させていない』とは言葉にしていない。興が乗らなかったからしなかったのか、俺の堕落に対する親和なり理解が不足していてできなかったのかは怪しい所なのだがな。リンミの階級制度から零れ落ちた命を喰らって満たされてはいるのだが、異能への理解は進捗がない。俺としても脳や心臓、血管の束と言ったものを透視する視力をアガシアとの戦いの前に習得したくはある。


「……誰しも弱点はあるものだ。隠し方ならダラルロートに訊くさ、俺とても」


 うっそりと俺は言う。

 本心では誰しも、などとは思っていない。ダラルロートを見よ、隙を見い出されぬよう常に欺瞞を張り巡らせて俺の目さえも欺いている。使徒の気配をさせず、考えを読めない印象を与え続けている。以前俺はダラルロートに対して一方的に勝利し服従を強いたが、『俺よりも弱い』事で弱点とは咎められまい。弱点があるとしても死の瞬間まで暴かせない程度の技量はあろう。そのような者を下賎な者が(くさ)そうとすれば、魔女がやったように宦官だなどと身体的欠陥を(あげつら)う程度の事しかできまい。現に言われたダラルロートには微塵の動揺さえなかった。


「司教は書面で渡した質問についての回答を用意できたら面談の日取りを伝えて欲しい」

「臣にお任せ下さいました事を嬉しく思います、ミラーソード様」


 太守と魔女から突き刺さる視線を全く感じさせず、司教は満足げに笑っていた。

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