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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
自称暗黒騎士ミラーソード
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28. 報告書

 リンミの太守の館にある俺の私室の執務机に一通の封書が届いていた。


「あ、届いてるねミラー」

「そのようだ。『どうとでも致します』とは大言壮語ではなかったのだな」


 封筒は真っ白に漂白されている。聖別を受けた封筒だ。そして封筒の上には俺が作り、太守と司教に渡した白い石製の駒が重石めいて置かれている。駒が象るのは諸手を挙げ、輝かんばかりの歓喜の表情を浮かべる市民。


 俺が誤って開く事のないよう配慮された上で、内容が厳重に検閲済みであり、かつ処理が成功裏に終わった事を報告する特別な形式だ。


「鏡は符号表を見てくれるか」

「そうね、防音の結界は一応張ってね?

 ミラーが何が原因で悲鳴を上げるか、鏡にも読み切れないから」


 言われるまでもない。俺が何を泣き叫ぶ事になろうとも太守の館内部に漏れ、或いは響く事のないよう防音の結界を巡らせる。室内には俺と鏡しかいない。


「……今この部屋には俺と鏡だけ、そうだな鏡よ?

 先日のような嘘をまた言ったら俺にも考えがあるぞ」

「そんなに心配なら太守の執務室に顔を出して来たら? いますかー、って。

 殺気立ったダラルロートがお仕事の沼に引き擦り込もうとするとは思うけど」

「そうか。多忙な太守の邪魔をするのは本意ではない」


 何しろ治水工事着手に向けた測量、水源地を専門にする警邏部隊の新設、市民軍の訓練計画前倒しを指示したばかりだからな。ダラルロート本人の過労が芝居だとしても、太守に使役される補佐官達はもっとか弱い存在だ。俺は補佐官と監察官向けの疲労回復水薬(ポーション)の原液を作成し、リンミで希釈して瓶詰めしたものを各部署に配らせている。太守と司教には特製の調合で煎じて渡している。扱き使うにしても倒れぬように配慮はせねばならん。

 俺はリンミ市民に対して「よく働き、よく眠り、よく見よ」と求めている。俺も忠実な市民の面倒は見てやらねばなるまい。


「……俺の目に付かさせず、俺の耳を犯させず、ひいては俺の脳に届かせずに。

 リンミ市民におぞましき者共と戦い、討ち果たさせる力を与える事は俺が自らに課した聖なる義務だ」

「真顔で何を言ってるんだい、ミラー。そんなに報告書読むの嫌なの?」

「読みたくない訳ではない。死地に赴かせた以上、支配者としての義務は果たす」


 ただ、俺の側に覚悟が要ると言うだけの事だ。

 覚悟と言う名の恐怖除去の準備数は足りるだろうか。


 封書を開けば、報告書の文面に文字列はない。

 絵の具で塗られたマスと塗られていないマス、幾つかの数字がある。数字は討伐を完了した日付を示す。


「どうだ?」

「うーんとね、まず1つめのマス『成否』が白く塗られているから『討伐完了』ね。

 これはミラーも封筒の時点で解ってるし、正気でいられるよね」

「ああ。次以降は内容によっては耐える自信が無いが」


 本当の事だ。問題は次以降のマスに塗られた色の意味だ。


「ここまで迂遠にしてもまだ自信無いんだ……。

 次のマスは『被害者の有無』で黄色っぽい橙だね。最低5名から最大9名までの犠牲が出ている」

「嘆かわしい事だ。犠牲者の遺族には正しく報いてやらねばならん」


 嘘偽りない気持ちだ。直接采配したのが太守であろうとも、リンミにおいて最終的な責を負う者は俺だ。


「そうね。3マス目は『敵の数』だよ。ここが薄い赤。5匹以上の」

「ぐがあぁぅぁぁ!!」


 俺は悲鳴を上げてのた打ち回った。

 聞きたくなかった。多過ぎる。何だ、5匹以上とは。恐ろし過ぎる!


「そのまま悲鳴上げてていいから。鏡が読んで行くよ。

 4マス目は『敵の性質』で黒塗りだなあ。霊体状の」

「いい! 鏡よ、止めろ! それ以上、俺は聞きたくない!」


 悲鳴を上げて止めろと言っているのに鏡はなおも淡々と読み上げて行く。


「5マス目が敵のレベル。黒一色だとレベル15以上。御札が効かなかったなら16以上かあ?」


 鏡は俺を殺す気だ!! 恐怖が強過ぎるあまり準備していた恐怖除去さえ起動できずにいる俺の耳に、慈悲も憐憫もない非情な声が染み込んで来る。


「つまり『レベル16以上の霊体状の何かが5匹以上いて、最大で9名の犠牲を出したけれど討伐を終えました』と言う内容だ」


 俺の目には狂気の淵のようなものが見える。いっそ飛び込んでしまえば楽になれるだろうか。肉体は意に反して震えて跳ね、私室に飾られた花瓶が転げ落ちようとする所までは見えた。


「ねえミラー、生きてる?」


 念動力の手で花瓶を拾いつつ言う鏡の声に俺は答えられない。とうに卒倒していたからだ。

 果たしていつからいたのか。腰に剣を佩いた黒い長髪を整えた身形のよい男が私室内に現れ、執務机の上で鞘に収まっている鏡の剣に話し掛ける。


「今回の書式でもダメそうですねえ、鏡殿」

「そうねー。これでダメとなるとどうしようね」


 慣れ親しんだ調子の会話を最後に、その悪夢は唐突に終わった。







「……と、ざっとこう言った内容の悪夢を俺は見た訳だが……」


 念動力の竜爪で抜き身の鏡の剣を摘み上げ、理力術の制御に費やす魔素を更に強める。

 飛び起きた俺は自宅の寝床で拳を握って横になっている己を発見して一頻り震え、真っ先に鏡を締め上げた。俺の腹の上にいたらしい彼女がころころと台所の方へと転がって行く。さぞ凶悪であろう今の俺の顔を彼女に見られたくはない。


「ミラー、待って! お願い! 鏡は何も!」

「弁明の機会は与えてやる。ただの悪夢ではないな?」

「ミラーの妄想が見せた悪夢だと思う、思います、思いたいです! いやだ、離して! 割れちゃう!」

「私室に太守がいただろう! また嘘を言ったら考えると言ったぞ、鏡よ!」

「どうしてそんなに確信した感じなんだよ!」


 往生際悪くじたばたと逃げようとする鏡が魔素を扱おうとするのを妨害しながら竜爪で鏡の剣を引き寄せ、俺は指先を見せる。聖別された封筒に触れた痕跡、僅かばかりの白さが残った爪を。


「どこかで引っ掻いたんじゃないですかね」

「そうか、認めぬのか。鏡よ、短い付き合いであった。

 地獄にいるだろう俺の苗床になった母にはよろしく伝えてくれ」

「母親を地獄に落としちゃダメだと思うんだよ! お願い、ミラー、ごめんってば!」


 最終的には鏡が侘びを入れて来たものの、俺が暴力に任せてただの夢を鏡が見せた悪夢と断じたのか、実際にあった現実を悪夢だと認識したのか。真実は不明だ。ただ、ダラルロートへの警戒心は間違いなく強まった。

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