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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
自称暗黒騎士ミラーソード
27/502

27. 宴の後

「何故吊るされたかは理解しているな」

「ハイ」


 なお菓子類に端から順に黙々と手を出していた魔女は一度、首の根を念動力の手を使って掴み子猫のように吊るし下げておいた。


「嬢ちゃん、何度か印を見せたが解らなんだか……」

「なあダラルロート、これの躾にはどれほど時間が要る?」

「シャンディ嬢の再教育には相応のお時間を頂きたいですねえ。

 私の手で直々にと言う事であれば、執務の進捗に若干の猶予を頂きたく」

「直々でなくとも良い。俺は魔術以外はさほど教えられんのでな。

 業務についてはダラルロートでなければ厳しい案件が原案段階で一山ある」

「一山じゃ足りないよ、執務机が全面いっぱいになるくらいあげようミラー」

「優先順位の裁量権さえ頂ければ善処致しましょう」


 あの皿は特に良かった、などと談じて心安い食後の茶を楽しむ一時ではあった。

 魔女が熱中していたのが理解できてしまう程度には、菓子も見事なものばかり並べられていた。顔に出さないようにはしつつ魔女に言う。


「躾られて身に着かぬようなら皮膚のまだ白い部分に墨を入れてやるからな」

「ミラー、魔力回路は刻まれた子の精神の源泉を削るから気を付けてね。

 それにしても甘い物が好きだよね。今食べてるの3個目だよ、気に入ったの?」


 鏡が要らぬ事を指摘したせいだ。鏡の声が聞こえているダラルロートに持たされた手土産には保ちのよい菓子が随分と多く含まれていた。……自宅で余す所なく口にしてしまったのは、純粋に食糧を無駄にしたくなかったからだ。主張する自由は俺にもあるはずだ。


「お帰りになられますか、ミラーソード様」

「うむ。ダラルロートよ、良い宴であった。改めて招待に礼を言う」


 けちの付け所が魔女にしか見つからないとは稀有な宴席だった。今宵の料理人が作る料理を食べられるなら太守の館で執務を手伝ってやってもいいとさえ感じた技量だが、口にしないだけの分別はあった。……長距離転移で帰宅するまでは。




 鏡が言っていた通り、彼女は俺の帰宅が遅れた事に対しては大きな反応を見せなかった。定位置となっている専用の丸みを持たせて縫い合わせた寝室の中で丸くなり、静かにしていた。

 ところが持ち帰った手土産の匂いを嗅ぐなり大層興奮した様子で盛んに触手を伸ばし、常になく強い興味を示した。暗く澄んだ橙色の小さな身体を精一杯膨らませ、より多く摂取しようとする貪欲さまでも示した。彼女が食事に対してこれほどの熱意を見せるのは初めての事で、正直な所俺は惑った。


「なあ、鏡よ。……ダラルロートの執務に手を貸してやった方が良いのだろうか?」

「仕事を振った当人が御飯に釣られて手伝ってどうするんだい、ミラー。

 あいつ暇だと何をするか分からないよ? 忙しくさせてあげないと」


 彼女は宴席で散々美食を愉しんだ残り香を舐め取ろうとするかのように、俺の指や首に絡み付いて吸い付いた。積極的な接触が嬉しくはあったが、鏡の料理ではここまでにはならぬと思えば俺は頭を悩ませる事になった。


「時にダラルロートの命を喰いたい、と言ったら鏡はどう思う?」

「鏡は駒として使う価値の方が高いと思うよ。美味しそうだったの?」

「いや、宴席で何よりも旨いのはあれの命だと頭では解っていても食指が動かなかった」


 ダラルロートの欺瞞は使徒としての気配を隠し切っている。

 料理に釣られたように見せてでも接触を増やし、もっと観察の機会を持つべきだと真面目腐って主張し始めた俺の欲望には正直になっても良いのだろうか。

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