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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
自称暗黒騎士ミラーソード
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26. 利害

 俺はダラルロートを少々(つつ)くことにした。繰り返し見てもダラルロートが何を食しているのか解らぬのは、俺の意志力がダラルロートの欺瞞を破れるほど強くないからだ。ミーセオの作法では手掴みで食すと言う風変わりな皿を示して言う。


「ダラルロート、そのように手元を隠されると作法が解らぬ」


 この手の事は制圧しているのだからとただ「欺瞞占術を解け」と命じれば良いというものではない。


「おお、これは失礼を。長年の手癖で自己欺瞞が染み付いておりましてねえ」

「はあ、太守殿は無作法じゃのう。主君を迎えた卓まで欺瞞とは」

「時として欺瞞も礼法となるのがミーセオの宮廷作法ですぞ、司教殿」

「ほうほう、太守殿は礼法に自信がないと仰るか」


 二人は何やら軽口を叩いているが……。「占術を解け」では、俺が知らぬ血統や異能から来る力で隠している者が効力を解く必要はない。「欺瞞を解け」なら良いのかと言えば、鏡やダラルロートのような者は「偽装だもん欺瞞じゃないもん」だの「つまらぬ手妻です」などと言ってかわして来る。「貴様を従属させている主人が不快であるぞ」と伝えて「どうすれば不満に思われないか」を下に判断させる方が幾らかましだと俺は思う。

 鏡にせよダラルロートにせよ、顔色一つ変えずに嘘を言う手合いなのは間違いない。術を解いたように見せたとしても、範囲を狭めたり結界を開閉するだけで済ませる事もあろう。本音を引き出すには相当な尋問、時として拷問が要る。或いは、利害の一致が。


 今、俺の目に見えるようになったのは取り分けに使った小皿をかなり高く積み重ね、既にデザートにまで手を出しているダラルロートの手元だ。円卓で給仕に従事する者達にもダラルロートの食事の様子は認識できていなかったらしく、高く積まれた皿に気付いた様子で下げにやって来る。

 俺の求めに応じてダラルロートが披露した食し方の手本は優雅なものだった。ミーセオの作法には独特の美がある。或いはダラルロートがアガシアから受けていた美の恩寵の名残だろうか。真似てみても同じようにはできなかったが、司教が上手いやり方を見せてくれた。味も素晴らしく、見た目の鮮やかさ共々記憶に残った。


「いいね、ミラーも今晩は随分と食が進むじゃない」

「お気に召して頂けているようで幸いです」

「ああ。実に良い」


 並ぶ皿を見た時点で鏡が看破していた通り、ダラルロートが抱える料理人の腕は余程良いらしい。機会があれば招かれたいものだがな……。

 俺とダラルロートの利害がどの程度まで一致しているのか確かめておく必要はあろう。ダラルロートは俺の信用を獲得しようと努力しつつ、一太守としては異様に高い能力を伏せて弱々しく振舞うなど胡乱な真似もしている。玉座に座らせても平然と職務を務めるであろう器だ。俺に従属して見せている事そのものに不自然さがある。


「聞きたい事がある。ダラルロートは何故アガソスとアガシアを切ったのだ?」

「然り然り、その一点だけは太守殿を讃えてやらねばならん点ですぞミラーソード様」

「だけ、とは司教殿に言われたくないのですがねえ……左様ですな」


 アガシアを嫌う司教がダラルロートを褒めた。珍しい。


「アガソスの未来は(つい)えたと確信したからですよ、ミラーソード様。

 リンミ市民の多くが治療された日からアガソスの命運は谷底へ転がり落ち始めました」


 ダラルロートが治療と呼ぶのは、腐毒にやられて弱っていたリンミ市民が俺の毒を受け入れて回復した事を指している。俺の毒は悪属性への属性転向と引き換えに幾許かの恩恵を与える。肉体は壮健になり、性向に大胆さを加える。


「御存知の事とは思いますが……司教殿に一席打たせると長いですからな。

 アガシアは正と善の神格です。アガソニアンもまた正と善に傾き易い。

 しかし、ミラーソード様は生粋のアガソニアンでさえ容易く悪に堕としました」


 語りながらダラルロートが茶を注ぐ。受けた杯に満たされた美しい金色をした液体からは花のような香りがする。太守の館で振舞われる良質の茶だ。


「秋にアガシアは多くの信奉者を失います。

 ミーセオの宣戦布告からアガソスの王城陥落までさて、何日持ち堪えましょうねえ。

 私はせいぜい四日と見ておりますが、もう少々早いかもしれません」


 ダラルロートの口調は穏やかなものだ。


「戦としては容易い展開になりましょう。民の犠牲は相当抑えられる見込みがあります。

 私はリンミ太守として、次の戦で滅ぼされる側を見限ったまでの事ですよ」


 そう言って茶を口に含む仕草もにまた美があった。


「そうか。ならば良い」

「ダラルロートがミラーに勝てないのは力押しとかゴリ押し、あと筋肉だけだろうね。

 ミラーがやらせたい仕事を積みまくって全部押し付けてあげればいいよ。余力いっぱいあるから」


 鏡の言い草にダラルロートの目元がほんの僅か、束の間ではあったが震えた。

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