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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
デオマイアの苦難
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255. 小さな抵抗

 俺は曾祖母に借りがある。地獄と関わりの深い邪神への借りだ。

 まだ母に産み落とされて間もない頃、俺は出生を呪わしく思って荒れていた。母に仕えていた第二使徒を殺めたのは助けて欲しいと曾祖母に祈った結果だった。祈りを聞き届けて貰った代わりに魂が地獄へ惹かれ易くなった為、母は長い事 腐敗の邪神への信仰を許してくれなかった。

 魂洗いを終えてからは自由にしてよいと言われたものの、熱心な信仰を捧げてはいなかった。大君が用意した生贄を地獄へ捧げる儀式を祖母と一緒にやった程度だ。召喚陣から黒い手が伸びて来て大勢の生贄を連れ去る光景は悪夢めいていた。


「契印なあ」

「問題がおありでス?」


 創造の司直が吊っている籠の覆いを眺める。何らかの形で負債の取り立てがあるとは考えていたが、飼い犬めいて胡乱げな善神の契印を引き受けさせられる事が曾祖母の求める返済なのだろうか?


「俺の一存で返事をすると間違いなく叱られる案件だ」

「我らが母のご意思でス、デオマイア殿下」

「司直のそなたが曾御祖母(ひいおばあ)さまの意向だと言うならそうなのであろうが、俺はあまり物事の裏を読むのが得意ではない。訊ねるべき事は多かろうが、デミわかんなーいとでも言って茶を頂きたい気分だ」


 ダラルロートからは何事も即答するべからずと教えられている。敵地で言質を与える言動は厳に慎むべし、と。


「そう仰いながらも歓待をお望みではないのですネ」

「護衛の目がない場所での飲食を戒められていてな。許しがないなら周りが甘そうな菓子だらけの中で独り寂しく自炊マフィンを食べなけりゃならん」


 俺は嘘は言っていない。ダラルロートに教えられた通りの台詞だ。創造の司直に心を読まれている事は想定している。最初から俺に(たばか)れる相手だとは思っていない。


「そなたと喋っているだけでも叱られかねん。

 曾御祖母(ひいおばあ)さまには恩のある身だ。予告なしに呼んでくれた事はまだ許せるが、相談できる大人を一緒に呼んで欲しかったよ」


 創造の司直は返事をくれず、玉の表面を何やら波打たせている。

 ミラーソードは別に要らん。強者に対してミラーソードが土下座要員以上の役に立つとは思えない。ダラルロートかカーリーが欲しい。アステールでも庇ってはくれると思う。

 むしろ交渉ならばアステールの方がいいかもしれない。帝国視点の劇だとアガシアの第一使徒アステールは元素術を放つ魔剣の使い手として演じられていたが、ミーセオ悪国を相手に一世紀半以上もアガソス正国を護っていた公爵の真価が単なる武力であるはずはない。父の手下の中から最も弁の立つ大人を遣せと要求したらアステールになる気がする。


「デオマイア殿下であればパイディオンの契印に適正がありまス。昇神の機会は掴むべきだと進言致しまス」

「そなたの進言が正しいとしても独断では申し出を受けられぬ。俺はパイディオンについてよう知らん」


 俺以外の子供が好きな訳でもない。籠の中から言葉を発さずにいる存在は善神だと言う。子供に関わる善神の契印が俺に相応しいのかどうか疑問だし、一権能の神に魅力を感じないのも事実だ。幼年の権能と言う単語の響きにしても、囚われている様子にしても強そうには見えない。籠の中から声がした。


「幼年の権能は今後生まれて来るデオマイア姫の弟と妹を護る力になれる」


 聞きたくないぞ! 判断材料となる話は今聞きたくない! 大人同伴の時に話してくれ、耳を塞ぐぞこの野郎!


「心の声は全て聞いているよ」


 仮にも神ならばそうだろうよ。一権能の神よりも強そうな司直ならば尚更だ。


「増殖の大母と交わした契約に反する事はできないが、できる事なら合意の上で資格のあるデオマイア姫へ禅譲したい」


 不穏だな。契印とは合意がなくとも押し付けられるものなのか? 俺は一つの土地に縛られる土着神になりたいとは思わないし、妙な権能も欲しくない。変成術に恩恵をくれる権能だったなら考えたが、おそらく幼年の権能には変成術への恩恵はあるまいよ。


「交渉事は側近に任せている。説明は大人に話してやってくれ」


 もっと頭の悪そうな素振りで話せとは指導されていたんだがね。相手が神と遣使(けんし)であれば小細工は要るまい。出来の悪い虚言にしかならん。


「パイディオンに代わって子らを護って欲しい。増殖の大母の血を受け継いだデオマイア姫であれば従属神として受け入れられるだろう」

「曾孫に無茶言うない。俺は曾御祖母(ひいおばあ)さまにはお会いした事がない。祖父の評判が悪かったせいではないかと思うがね」


 じろりと創造の司直を見てやる。祖父が味噌っかすの食い逃げ残飯だった件について曾祖母の責任をどう考えているんだ、司直よ。曽祖父のいない俺の血統において曾祖母は何割悪いんだ、言えるものなら聞いてやるぞ。


「デオマイア殿下に損はない提案でス」

「交渉がしたいなら両親と側近に話してくれ。そなたらの言は鵜呑みにできん」


 魔力の回復と準備術式の変更は終えているが、できれば戦いたくはない。レベル40の遣使(けんし)を相手にレベル28の魔術師にして精霊導師の魔術が通用する気はしない。俺としては受諾も拒絶もしない。即時回答はしないし、提案を検討もしない。手順を踏んだら両親と側近が考える。俺は子供だから親が決めた事に対して我侭を言うかもしれんがね。


「俺が拉致同然に連れて来られたとあっては保護者の心証は最悪であろうがな。俺はいつまで地獄に滞在しなくちゃならんのだ、創造の司直よ?」

「悪へ属性転向シ、パイディオンの契印を継承するまででス」


 創造の司直の声は決定事項を伝達しているようにしか聞こえないんだよなあ。中庸から悪へ属性転向しろと言われるのは邪神の血統なのだからと理解はできる。契印についてはどうしても俺でなくちゃならんとは思えないんだがな? その辺どうなんだよ、御両名。


「一度現世に帰らせてくれるか、大人も地獄へ招いてくれた方が話は早いと思うぞ」


 それとも力付くで強制されるのかね。痛いのは好かんが、俺の意志でほいほいと従ったのでさえなければダラルロートは叱るまいよ。こやつらの不興を買った所でどうとも思わないが、教えられた事に反して大君から嫌われるのはよろしくない。


「司直が好かれていない事は頼み事をする上で障害だと感じている」

「パイディオンも幼子の守護者でありながら殿下の好意を得てはいないでス」

「司直が彼女に対して危害を加え、庇護できていないのだから好かれまいよ。保護者は同伴させるべきだったのではないか」


 何やら言い合いを始めた創造の司直と籠の中身は正直な所どうでもいい。喉の渇きを覚えた俺は両手の中に少量の水を生成して飲んだ。ミラーソードならば茶や果汁入りの器なり杯を創造してしまうのだろうが、俺の変成術ではろくな質にならない。


「パイディオンによる説得を要望しまス」

「嫌われている幼子を相手に接触を試みる事は危害を加えるに等しい行為だ。神格に反する行いは信奉を擦り減らすゆえ、説得に手を貸す事は困難だ」


 俺は多くのものを好いてはいない。母の聖域から無断で連行され、一緒にいたコーティやエファと引き離されて機嫌が悪い。頼み事をしたいなら最低でも日を改めろと言いたい。孤立している間は話を聞く気がないし、提案に耳を貸す気もない。囚われた善神が信奉を擦り減らし過ぎて大火傷したとしても知った事ではない。


「彼女の機嫌を損ねる事は司直にとっても好ましくあるまい。目元がよく似ている。きっと父親と似た気質の持ち主だろう」

「観察結果には同意しまス」


 パイディオンはミラーソードに会った事があるのか。ミラーソードと俺は共に六眼だ。似ていると言われれば似ているのかもしれない。創造の司直は本の頁を捲り、何事か考えている様子がある。


 疲労感を自覚した俺は二者の会話への関心を失い、休憩場所を拵える事にした。

 大工の技量がない俺には木材や石材の性質がよく解らない。木材を用いようとすれば朽ちかけた流木めいたものになり、石材を利用しようとすれば塵を溶き固めたような脆い素材になる。変成術で机や椅子を創造しようとすると実に貧相な出来栄えになる。まず素材が真っ直ぐになっていないからな。ミラーソードだった時にはできた事が俺にはできない。

 だから変成術ではなく召喚術と元素術と精霊術を使う。手頃な量の岩を取り寄せて敷き、岩の上に良質の土を敷き、程々に育った無害で香りのいい植物を召喚して植えてやる。根を張ってくれた後で精霊に呼び掛け、植物で編まれた小さな避難所を拵えて貰った。細部の出来は精霊に任せてしまった方がずっとよくなる。俺の為であれば空気の澄んだ快適な住まいを拵えてくれる。家具は何もないけれど床には快い柔らかさの草が生えていて、寝転がっても痛くないし寒くない。俺は渾沌精を内外に一体ずつ配置し、風精に伝言を頼んだ。


「風よ、スライムと神に疲れたから寝ると伝えてくれ。俺は眠い」

「おやすみなさい」

「うん、おやすみ」


 子供の肉体は疲れ易い。ミラーソードだった頃よりもずっと体力がない。昼寝が済んだら議論の結論だけ聞いてやるよ。

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