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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
自称暗黒騎士ミラーソード
24/502

24. 太守の宴

 陽が沈む頃合まで都市部に留まるのは初めてだと思う。ダラルロートに語気も強く太守の館内での安全を保障された俺は、時間まで私室で鏡の着せ替え人形をしていた。

 袖を通した盛装は質の良い仕立てで俺に不快感を与えなかった。リンミ市民から選び抜かれた職人の手で用意された衣装を着る事そのものにもある種の感慨はある。鏡は長い事選択に悩んでいたが楽しげではあった。


「本心を申せば、暗黒騎士ミラーソード様をお招きする栄誉に預かる事となった宴席で私の家族を御紹介したかったのですがねえ。

 今晩は親愛なる同僚二名に席を譲る事に致しました。私なりの心尽くしに感謝の言葉くらいは頂けましょうねえ? シャンディ嬢にヤン・グァン殿?」

「今宵お招きに預かりました魔術師団長シャンディです。御高配に心から御礼申し上げます、リンミ伯爵」

「……リンミ守護の厚く高邁な御心遣いにはこの司教ヤン・グァン真に痛み入る……」


 俺は三人の腹心が演じる茶番を見せられている。リンミ伯爵、リンミ守護の両方ともダラルロートを指す名だ。俺に従属する前から、アガソニアンにとってのダラルロートはアガソス正国に太守として任じられたリンミ伯爵。ミーセオニーズにとってはミーセオ悪国に隠然たる忠誠と奉献を捧げるリンミ守護と言う二面性のある立場だった。情勢の変化に敏感で所属を平然と変えるリンミが周辺から曲者と呼ばれていた根源的な理由だ。


 リンミが俺の支配下に入った後に締結したリンミとミーセオとの同盟交渉については、ダラルロートがほぼ一人で取り纏めて来た。俺がアガシアの使徒を喰ったと知ったダラルロートが即断即決でアガソスとの関係断絶とミーセオとの関係強化方針を打ち出して来たのを俺が承認した所、そう言う話になっていた。


「ダラルロートってば嬉しそうね。ほらミラー、名前で呼んであげてね?」


 魔女と司教を前に優位に立ち機嫌良く振舞う太守、と言う場へ鏡に促された俺が加わる。


「リンミ守護ダラルロートよ、今宵は招待頂いて嬉しく思う」

「ミラーソード様を当家の宴にお迎えする事はこのダラルロート望外の喜びでございます」


 恭しく満面の笑みを返して来るダラルロートを前に、司教と魔女は歯軋りと不平を隠そうともしない。


「ぐぐぐ……おのれ太守殿、抜け駆けをしよって……!」

「太守、ずるい」

「嫌ですねえ、お二人とも。私は貢献と忠誠をミラーソード様にお認め頂いたまでの事」


 薄い化けの皮が一枚剥がれれば普段通りの腹心どもである。リンミはダラルロート以外には外交を任せられないのではないのか? 特に魔女の躾が急務だ。ダラルロート自身から申し出もあった事であるし、正式に命じよう。飛び抜けて仕事量の多いダラルロートへの配慮を今後はしないと俺は心に決めている。仕事を積み上げてやるぞ、先日ダラルロートが俺の前で卒倒したのは演技だったのであろう。


「私がお二人よりも優れているのは当然ではないですか。元はアガシアの第二使徒ですよ?」

「え」

「何じゃと!? 道理で伯爵よりもいけ好かない生物はそうそうおらんと思って……おったのはミラーソード様にお仕えするようになる前の話じゃからね? 誤解してくれるなよ?」


 ……俺としても初耳の気がするのだが。


「……一週間前まではミーセオの守護神アディケオの第八使徒でもありました。くくく、今は第三使徒ですがねえ」

「なん……じゃと……」


 もはや高笑いすら上げるダラルロートにまともに応えられる者はいなかった。司教が絶句して呻き、鏡が俺に対して囁くように言う。


「ミラーは瞬殺完封しちゃったけどさ。結構ヤバいのよ、ダラルロートって。

 本人、強いからってアガシアとアディケオの両方に売り込んで使徒やってたの。

 見た目は中年、身体の方はまだまだ元気。

 彼がアガシアの第二使徒を辞めてでもアディケオの第三使徒になった点は意味をよく考えなさいね、ミラー」


「と言った次第で、私に御言葉など頂けると大変光栄ですミラーソード様」

「ダラルロートの底力は量り難いな。間違いなくそなたが腹心筆頭だ」

「お褒めに預かり恐悦至極にございます」


 色々と聞かねばならない事はあるのだが。鏡が俺に言い、鏡の声が聞こえるダラルロートが使用人へ合図を送る。


「まあ、褒め方としては合格じゃない? 鏡はそろそろお料理に手を付けてあげたいな」

「ああ、料理も運ばれて参りましたね。今宵は特に料理長が趣向を凝らしております。どうかミーセオ料理をお楽しみくださいねえ。……司教殿には別室でお話もあります」

「ああ……そうよの。守護に時間を頂けるのなら有り難いの」


 平静を取り繕う司教に太守は笑みを隠さず、見慣れぬドレスで刺青を覆い隠した魔女は明らかに頭が追い着いていない。主導権をダラルロートが完全に握った状態で宴が始まった。

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