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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
夏の都のミラーソード I
211/502

210. 三柱の会合

 会合と呼ぶには非友好的な雰囲気が漂っていた。

 三柱が各々の口となる従者を立たせて交信を交わしているのだから、会合と呼ぶしかないのだがね。


 今、俺は妻の代理として立っている。分霊としての完成にはまだ器が足りないが、現世にいる妻の信奉者の中では誰よりも器として適しているのは確かだ。会合に臨む資格は有している。妻に授けられた眼球のない六眼は薄闇を見通し、輝かんばかりの白い鱗が闇を照らしてくれる。

 左隣には厳しい顔立ちに緊張感を隠さないサイ大師がアディケオの代理として立ち、将軍ではなく大臣めいた装いでいる。赤の崩落で会う際の衣装に近いか。崩落と井戸の神は元より闇など苦にすまい。

 右隣と言うよりは、俺とサイ大師の正面に男がいる。金の髪は確かに母なのだが、髪以外の全てが異様だ。俺の知らない男が赤い瞳を輝かせて立っている。肌は闇の中でさえ浮いて見えるほど白く、唇は黒みの強い紫になってしまっている。不健康を通り越した亡者の形相だ。権能じみた腐敗と堕落の異能を白い鱗に護られていてさえ感じる。着用している骨の鎧には巨竜の骨や爪と、金か黄に見える竜の鱗が素材として用いられているようだ。鎧の両肩には複数の竜の瞳が埋め込まれ、じろじろと不躾に俺を視ている。


 努めて温和な声を出したよ。妻の機嫌を俺が覆い隠すのは遣いとしての役割だ。


「デオマイアの魂洗いが完了すれば婆ちゃんの試練を終えられる状況にはなったよ」

「まだ達成はされていない」


 男の声を聞くのは俺にとって試練ではあった。声質そのものは母に似ているのに、どうしてこうも別人の響きを持っているのだろう。彼の嫉みと憎しみと怒りは誰に対して向いているのか。俺を見る眼の凍え振りと飢え加減は何だよ? 俺が何をしたよ。そんなに美味そうな生贄かね、俺は。


「デオマイア姫の魂洗いに要する魔力は全量についてイクタス・バーナバが奉納に応じる意向だ」

「ああ、間違いない」


 サイ大師の発言を肯定し、続きを促す。


「アディケオと私が腐敗の邪神の神子(みこ)が執り行う魂洗いを拒む理由はない。

 腐敗の邪神の司直自身が妨害でもせぬ限り、達成を確実視できる」


 サイ大師の眼光と声音も男に負けず劣らず剣呑だ。崩落の権能が悪意と急転を司るからこそ、スカンダロンは小石ほどの障害さえも見落とさない。俺達が囲んでいる宙に浮かぶ契約書はイクタス・バーナバが腐敗の邪神に試練を強いられた時、デオマイアの祈りを口実として横槍を入れたアディケオが作成させたものだ。腐敗の邪神による俺が生まれた世界への過干渉を嫌ったんだよ。


「偉大なる我が神は神子(みこ)に課した試練の妨害などしない」

「貴公の残滓が度々神子(みこ)を喰らおうとしていなければ信じてもよいがな」


 男が発している狂属性についてはサイ大師が統治の異能と彼自身の三つ目の権能で守ってくれているが、悪属性に関しては素通りだ。腐敗の異能が俺に詰問めいて触れて来ている。


「この身は残滓に命じてなどいない。全ては現世に在る者共の選択であり結果だ」

「そんなに(なじ)ってくれるな、司直よ。イクタス・バーナバの契印を割譲させろだとか、試練の条項を盾にしてイクタス・バーナバを追い詰めて殺せだとか言う意向は俺の趣味じゃなかったんだよ」


 眼前の男は腐敗の邪神の司直だ。地獄に堕ちた母が祖母に捧げた魂の九割から創り出された真の司直、母から剥奪された名を持つ男。母よりもずっと近しく祖母に仕える暗黒騎士の赤い瞳が冷え切った眼で俺を見ている。


「勝機のない挑戦ではなかったと言うのにな」

「アディケオは私に第三使徒の指導と監督を命じられている。この場において貴公の支配は許さぬ」


 サイ大師の拒絶と同時に、司直が忍ばせる濃密な狂気の色香を退ける防護が強められたのを感じた。何やら強い干渉も同時に退けられたな? 司直は随分と多芸らしい。感じたのは悪法と暴政か……? 祖母の権能ではないぞ。

 ゼナイダが判断に困っていた訳さな。年貢の権能なんて見た目からは解らんよ。俺も直接庇護されてようやく解ったよ、スカンダロンの第三の権能。スカンダロンは八公二民と言う高額の税を毟り取る酷吏の擁護者だが、忠実に納税している者に対しては保護してくれる神格でもある。煉獄に八割納めている事は評価してくれる気があるらしい。


「上司が妻共々、庇ってくれてもいるしよ」

「偉大なる我が神の神子(みこ)でありながら他神への従属を好しとするのか」

「俺達親子は自信家の司直と違ってあんまり自己評価が高くねえのよ」


 上から目線に蛙目線とやらは実践できているだろうか。上から目線の司直は個人的に好ましく思えねえが、祖母の遣いだし顔の作りそのものは母だからな。謙る事そのものは苦痛ではない。


「あれえ、デオマイアちゃんがいる? どうしたのよ、ダラちゃん」


 その時、現世の様子を映すアディケオの水盤から声がした。聖域を介して様子を伺えば、行列めいて浮かぶ茶器や皿を従えた父が俺を寝かせている私室にやって来ていた。甘い匂いはアガソス風の焼き菓子だろうか。


「デオマイア様は子供部屋の視察にいらしていたのですが、ミラー様が運び込まれて来てしまいましてねえ」

「ふうん? 苺のパイの匂いを嗅いでも寝込んでるって事は、ミラーはお夕飯まで起きて来れないコースだね」

「看病慣れしていらっしゃるのもどうかと思うのですがねえ」

「神降ろしの疲労と恐怖症の卒倒って回復に要る時間の傾向が似てるのよね。

 僕は恐怖症持ちの事ならよーく解る。ダラちゃんも一回経験すればいいんだ」

「私は辞退申し上げますよ。ミラー様の御力を頂けるとしても、恐怖症と言う弱点が付いて回る事には耐えられそうにない」


 ……ダラルロートよ。弱点はどうにかなるとか言っていなかったか? 虚言か法螺(ほら)だったのかよ。それとも耐えられないと言っている発言こそが虚言なのか。父は手早くダラルロートとデオマイアの分と思しきパイを小皿に用意してクリームと赤く熟れた苺を添え、茶器一式共々に保存の術を施したようだ。


「御信頼頂いているのですかねえ」

「ダラルロートが失敗するとは思わぬ」

「ダラちゃんがしくじってたらミラーと一緒に寝かせないでしょ。

 直球で答えないと理解しない、頭の出来が残念なうちの子と一緒にしなさんな」


 父よ、母よ。ダラルロートへの信頼と俺への信頼の差は何なんだよ。ダラルロートもそうでしたなと一言呟いただけで流すなよ、俺を庇ってくれい。

 そっと現世の情景から目を逸らせば、会合の場に立つ司直が水盤を見ていた。寝台に揃って寝かされている俺とデオマイアを見ているようでもあり、鏡の剣を佩いて菓子と茶器を従えて歩く銀髪の魔術師を見ているようでもある。


「しゃあない、出来立てはスダちゃんとゼナイダに食べさせるかあ」


 父が出て行った後。既に目を覚ましていたデオマイアが身を起こし、私室の扉を眺めて言った。


「なあ大君、パイを親父の顔面に叩き付けるのはけじめとしてどうだろう」

「食べ物を用いられるよりは殺した方がよろしいでしょうな。間食になさいますか? 今なら焼き立てですよ」

「……くれ。甘味が欲しい」


 デオマイアが父手製の菓子をダラルロートの給仕で食べ始めた時、司直の視線は俺の上に戻っていた。両肩に並ぶ竜の瞳が不平不満を訴えているように感じられるのは、乾いた冷酷さばかりを強調する赤い瞳の代弁だろうか。


神子(みこ)には挑戦の気概が足りぬ。注がれた恩寵の総量からすれば我が神の為に効果的に働くべき身だ」

「過当評価だ。俺なんてこんなもんさ、■■■■■■■」


 暗黒騎士に対する鑑定は既に通している。占術防御が皆無だったからな、とんだ自信家だ。正確な戦力評価を下せた相手に対してまで不必要に怯えるほど俺は臆病じゃない。司直の真名は■■■■■■■だ。名を喪った聖騎士が持っていた名と力と魂のほぼ全てを握る暗黒騎士が祖母の代理人だ。会合の場でこそ発声できたが、記憶を現世に持ち帰る事はできないだろう。

 相当に武芸に秀でているが、何よりも持っている異能がおかしい。腐敗と堕落はいい。祖母が授けたのだろうと解る。だが規律、支配、剛力、大地、賢察とはノモスケファーラが第一使徒に授けた異能だ。ノモスケファーラは母を見限った訳ではない。祖母が名前の剥奪と同時に恩寵を盗んだんだ。盗んだ上で変質させたのか? ノモスケファーラの規律に悪法なんてなかったはずだし、支配に暴政が含まれていた記憶もない。

 司直は不快げだが、連ねた竜の瞳如きでは俺に対する鑑定は通せまい。不正神による隠蔽と井戸神の秘密を上回れる力はないと既に知っている。賢察の限界よな。妻の陰に隠れて偲び笑う。……上司に対しての借りは確実に増えたがな。妻の分霊になるけど返せるんだろうか、俺。


神子(みこ)の督戦についてはまた後日、別の場で話すとしよう」

「そうしてくれ。俺とても婆ちゃんの遣いを邪険にしたい訳ではないのでな」


 踵を返した司直は首のない巨竜に乗り会合の場から去って行った。遥かに高い位置から会合を見下ろしていた祖母の注視も去った。サイ大師が俺を防護してくれていた井戸の権能もいつしか消えていた。


「サイ大師。色々と助けてくれてありがとうな」

「デオマイア姫を守り損なえば大戦になっていた。アディケオは腐敗の邪神の手による争乱の拡大を望んではいない」

「そうかい。妻からの先払いが済み次第、娘を連れて行くよ」

「赤の崩落で待つとしよう」


 俺の上司は頼りになったよ。……少なくとも、今回はな。司直は後日と言った。賢察持ちが後日と言ったのだ、再会の日はおそらくそう遠くはあるまいよ。

210話で明かした通りスカンダロンは三権能の正神/悪神

崩落の大君スカンダロン【正悪】大権能 : 崩落と井戸と年貢

崩落の大権能 : 崩落, 悪, 陥穽, 排水, 悪意, 急転.

井戸の大権能 : 井戸, 魂洗い, 揚水, 使用料, 秘密.

年貢の大権能 : 年貢, 正気, 悪, 課税, 徴税, 納税, 脱税, 庇護.


ノモスケファーラの権能を復習。悪法と暴政は見当たらないが……?

律する賢母ノモスケファーラ【正善】大権能 : 規律と支配と剛力と大地と賢察

規律の大権能 : 規律, 律法, 原則, 法則, 規則, 準則, 基準, 規制.

支配の大権能 : 支配, 統制, 抑制, 制御, 制止, 制動, 制圧, 掣肘.

剛力の大権能 : 剛力, 筋力, 権力, 財力, 迫力, 努力, 力学, 無双.

大地の大権能 : 大地, 豊穣, 農耕, 堅固, 鉱石, 産出, 繁栄, 均し

賢察の大権能 : 賢察, 見識, 判定, 洞察, 分別, 突破, 物心, 慎み.

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