199. 蘇生
葬式の後には蘇生を執り行った。俺は機嫌が良く、多少の失敗なら大目に見てやれる気分だった。晩夏の部族は何がしかしくじったのだろうが、妻が蘇生を望む民については現世へ呼び戻してやった。
「夕食の前に死者を復活させてやろう。妻よ、俺の手が欲しいのは何人だ?」
「多くはない。案内させよう」
死者の蘇生とは治癒術の専売特許ではない。命の精霊を使役できる高位の精霊徒もしくは精霊導師ならば死者を蘇生させられる。既知の異能ならば愛の異能が相当に強ければ死者を蘇生できる。時間の経過に伴って蘇生が困難になる死者の魂を現世に留め置く術は死霊術の領分らしく、俺には扱えない。俺が扱おうとしているのは死後一日さえ経過していない死者だ、問題なく呼び戻してやるよ。
夏の都を預かる妻の第三使徒は命の精霊を扱えると聞いた。陰銀の長でもある第三使徒の手で蘇生できそうな亡骸については、既に転移門で搬送済みだ。
「ミラーソード様に蘇生を願いたい死者はこちらです」
「少ないな」
俺に回されたのは精霊徒の手には余る死体だ。首がなくなっているもの、心臓云々以前の問題として胴が半ば以上損壊しているもの、遺品しかないものは二つ。たった四人だ。四人しかいないならば母の手を借りるまでもないし、俺の魔力を回復させる為の生贄も必須ではない。
「いいのか、妻よ? 俺は二十人は回されると想定していた」
「イクタス・バーナバは全ての死者を蘇生させる必要を感じていない。
相応しい死地を得た戦士であれば、万色の大海から呼び戻す事は必ずしも善き事ではない」
妻の言い分は俺には不思議だった。老衰で死んだ者は蘇生させられぬし、生きる意志のない者も蘇生できない。特定の神へ供物として捧げられた死者は蘇生の難易度が格段に跳ね上がる。
戦いの中で死んだ妻の兵を蘇生させないのはどうだろう。ミーセオ軍の正規兵ならば俺とても捨て置くさ、生かしても役に立たんからな。母にリンミニア兵を殺された時、俺は蘇生しなかった。暗黒騎士ミラーソードが命喰らいの魔性だと知る者を増やしたくなかったからな。だが妻の民は強いのだぞ。
「我が夫は戦士の誇りを理解してはいまい」
「ああ。俺にはないからな」
痛みつつある二つの遺体には治癒術を振るって修復した。たとえ損壊していようとも器となる肉体が残っている死者の方が蘇生は楽だ。戦士としての誇りなど俺には持ち合わせがないが、死ぬまで果敢に戦った者の亡骸だという事は判る。深い刀傷に耐え、肉を斬らせて骨を断つようにして戦った様を読み取れた。
「神位を目指すのならば理解する事を勧める。
魔術に適性のない戦士にも優れた者はいる事を。我が子らの多くは理性なく血に酔って戦う狂戦士ではない事を。優れた守り手の多くは良き父であり母、或いは兄であり姉である事を」
顔も知らぬエムブレピアンであっても、血肉には完全な肉体の設計図のようなものがある。上級の治癒術で再生を促せば失われていた首から上が生えるし、胴の半分となくなっていた腕も元通りだ。妻の語りは俺の作業を妨害はしない。元より俺は術の行使一つ一つに集中などしていない。
「だったら尚更、皆を家に帰してやるべきなんじゃねえのか?」
「いずれは訪れる次の死が名誉ある戦いの最中であるかどうか、望ましい死であるかどうかをイクタス・バーナバには見通せない。次に得る死が不名誉で悔恨に満ちたものにならないと約束する事はできない」
修復した肉体を用いて二人を蘇生させてやった。まだ意識は戻るまいよ、蘇生直後は衰弱状態だ。陰銀の部族の者に引き取らせる。
「だけど俺は蘇生させてやれるぞ、そう難しくはない」
「次の生を得させる事でより強き子として生まれて来てくれる魂も多いのだよ、我が夫よ。魂を洗われてなお、イクタス・バーナバに仕えようと万色の大海から帰って来てくれる子の多くは優れた戦士だ」
遺品しか残っていない二人については最上級術でなければ救えない。どんな戦いの果てに死んだのか俺には不明だが、妻は蘇生を望んでいる。無からの肉体の創造を伴う蘇生は神の奇跡と呼ばれるに相応しかろうよ。周囲から魔素を吸収しながら訊ねた。
「……死んで冥府で魂を洗われると記憶がなくなるんだよな?」
「洗われてなお残る本能がある。望郷、尊崇、愛惜と言ったものは一つ一つの魂を重んじる事で育まれる。死と次の生を恐れる事はない」
「そうか。死ならばまだ受け入れられるかもしれんのだがな」
視線を遣るのは母だ。大母へ捧げ過ぎた結果、小さな魂しか持っていない俺の母。失う事への恐れを思い出したら猜疑心も首をもたげて来た。
「魂洗いはまだ母を優先するぞ。戦争するなら尚更だ。
せめて俺くらいの大きさまで癒さない事には前線に出したくはねえ。母には一緒にいて貰うからな。ずっとだ、俺は手放さない」
好機と見たら老竜相手に相談なく飛び出してくれた母だ。完治するまで煉獄に幽閉しておいた方がいいのかもしれんぞ。大人しく幽閉されてくれる母ではないとも知ってはいるがね。
「そのように焦慮する事はない、我が子よ。相手が危険な種類のものならば私とて退く事はする」
蘇生作業を腕組みして眺めていた母は俺を宥めるように言った。しかし安堵しきれない。
「俺、母が撤退だの退却する光景が想像できねえぞ」
「日頃の行いのせいで信用がないのよ、お母さん。自重できる所も見せてくれないと鏡の剣の中に閉じ込めちゃうよ?」
「神子が付き合ってくれるのなら幽閉されてやろうか」
幽閉されてもいい、と言う返しは予測していなかったらしい。父は唸ってしまった。
「なあに、お母さんは磔にされたり閉じ込められるのが好きだったりするの……?」
「好きではない。神子と共にいられるなら不自由にも耐えよう。それだけだ」
傲然として断言する母は雄々しくさえある。そうか、母を幽閉しても父と一緒なら怒らないかもしれんのか。父が取って喰われる懸念さえなければ二人を鏡の剣の中に封じておいてもいいのだがな。
「神子を手にする為に還って来た現世だ。時間が幾らあっても困る事はない」
「もう、お母さんてば」
両親の語らいが何やら甘くなり、息子の俺は放置されつつある。仕事しよう、そうしよう。いいさ、俺には妻がいる。
普段通りの詠唱破棄でいいと言えばいいのだが、第三使徒らしい事もしておこう。治癒術に関してはアディケオから授かっている水の異能で強化されている。礼くらいはすべきであろう。
「治水の君アディケオよ、イクタス・バーナバに忠実なるエムブレポの兵に再びの生を与える事を赦し給え」
祈りと共に遺品しかなかった一人目を蘇生してみれば、裸身で現れたのは若いエムブレピアンの男だった。妻が蘇生させたがった理由を察するべきだろうな。もう一人の蘇生については大母に祈ってみようか。両肩の烙印が疼き、祖母と俺を繋いでくれる。
「偉大なる腐敗の邪神よ。我らが血統の祖にして大いなる母よ。現世にて務めを果たすべき魂の帰還を赦し給え」
祈る神を変えても術式は同じさ。遺品しか残されていなかった肉体が創造され、どう見ても成人には程遠い子供になった。幼子は夏の都で陰銀の部族に預けられて育つのではないのか? 淡い金の髪に白さの際立つ肌からするとアガソニアンでもミーセオニーズでもなさそうだ。銀の鱗と六眼のどちらもない。
「妻よ、この遺品で良かったのか? 六部族と共にいるには若過ぎるように見える」
「間違ってはいない。晩夏の部族の者が異能目当てにカルポスの奴隷商人から買った子だ」
異能目当て? 妻に言われて鑑定してみれば、男児はエムブレピアンではない。バシレイアンだ。大地の異能を持っているぞ。
「エムブレピアンを差し置いてバシレイアンの奴隷を蘇生させられるとは思っていなかった」
「慈悲から助ける訳ではない。この者の血を取り込む事は我が子らにとって有益だ」
妻は慈悲ではないと言ったが、蘇ったばかりで意識のない幼子を抱き上げた手付きは優しいものだった。有益な者には目を掛けてやれと言う事かな。俺は気紛れな好意でバシレイアの貴族風の衣服を創って着せてやった。よく似合っていたと思うぞ。




