197. 火葬
カルポスの動力部を機能停止させた上で魔力を奪取し、都市の中核である装置を破壊した後は忙しくしていた。
葬式だけは敵味方問わずきっちりやるべきだ。俺は精霊の発生を防ぐ手立てを持っていないし妻の手前滅ぼす訳にも行かぬが、不埒でけしからぬ手合いの発生を防ぐ事に関してはこの世の誰よりも真摯に働く事を厭わない。聞けばノモスケファーラは退魔術の権威だそうだ。お化けに関してだけは規律神に祈りを捧げてでも対処すべきかも知れんとさえ思う。
「ミラー、精霊に任せてくれるなら木が敵の遺体を土の中に引き擦り込んでお葬式は終わりなのだよ」
「エムブレポの流儀だとそうすると聞いたから俺がやるんだ、ゼナイダ。
お化けの根絶こそは俺が大母に助力を請う大願であるから、俺自身が義務の遂行を怠る事は断じて許されない。葬式は俺にとって重大な宗教的義務だ」
「うーん……」
カルポスの統治者はマカリオスが殺害したと瓦礫漁りの結果として確定したし、晩夏の部族と対立した者どもも大半は死んだそうな。一部はカルポスの外へ逃げたそうだがね。妻にせよ俺にせよ既に関心は薄い。妻はマカリオス主導の選別、俺は葬式に忙しい。
「ゼナイダ、我が夫の好きにさせよ」
「そうね、お葬式が終わるまではずっとこうよ」
「女神が仰るならそうするのだ」
妻に言われてさえゼナイダは何やら物言いたげにしていた。両親は協力的だったと思うぞ。やはり血族でなければ解ってはくれまいかね。それとも幽霊恐怖症の経験の有無か。想像できるだろうか、お化け相手に無力感を味わう度に募る憎悪を。ゼナイダには理解して貰えていないのだと思う。
「父も必要な事だと理解してはくれよう」
「うんうん、解るよミラー。君の願いを叶えるのが僕の存在意義だ。晩夏の部族の除外が終わった分から指人形で集めてるからね。お夕飯よりは前に帰ろう」
「そうだな、夕食前には帰るとしよう。女王を見舞ってやりたい」
指人形は即席の下級ゴーレムだ。時間と資材を費やして練成する人形と違い雑で脆い代わり、変成術一つで手軽に創造できる。俺達は触媒とされる糸や棒を使わないが、中級術の産物は糸操り人形、上級術によるものは棒遣い人形と呼ばれる。
そこいらの土で造られた即席人形の仕事振りは緩慢だ。術として習得してはいるものの、即席人形は弱いから俺が術式を準備する事は殆どない。理力術で死体を摘んで移動させるよりは消費する魔力が少なく済むかね。
「神子よ、我が子の埋葬嫌いは潔癖を通り越してはいまいか」
「デオマイアちゃんもミラーと同じような事を言って灰にすると思うよ、お母さん」
「……デミも弱点は同じだったな。私も人足を用意してやろう」
そうさな、デオマイアならば俺の義務について理解してくれよう。
デオマイアを引き合いに出されると母も手伝ってくれた。死んだプロバトン兵の一部を屍兵にして使役すると言う形ではあったがね。魂のない下等な亡者でも死体運びの役には立った。
お化けではない亡者は別に構わんとは思うものの、死霊術の産物が視界内をうろついていると思うと落ち着かない。聖火を投じてやれば灰になる死体に過ぎないと解ってはいる。屍人が周辺の死体を拾って一所に集める能率は即席人形よりは上だろうか。
集められた死体には俺が直々に聖火を放ち、焼き尽くす。骨一つ残さぬよう焼くのは手間だが、俺が精霊や自然の力に散骨と言うか散灰を委ねる気になれるまでは焼く。周囲の魔素を吸収しながらやれば消耗はほぼ無視できる。
俺は墓地に土葬すると言うやり方が気に入らない。誰がいつどこで死んだか墓石と言う形で残すから死霊術の手掛かりにされるのではないか、と常々疑っている。リンミからは墓地そのものを撤去し、絶えざる油壺による火葬と湖への遺灰流しを徹底させている。全てはお化けを根絶する為の努力だ。
スダ・ロンとアステールは不在だ。大地精から降りたマカリオスに同行している。何でもエムブレポの軍が占領地でどのように振舞うのか、エムブレポ側の視点で視察したいのだとよ。二人揃って妙な事に関心があるものだ。
「アステールが我々の中では一際温い」
「人間性はアステールを従えておく価値だぞ、母よ。正しく善なる者の思考と価値観を教えてくれる」
母はアステールの不在理由について不満そうでさ。カルポスの外で死体に聖火を放って回る俺の側で苦言めいた事を口にしている。
「正と善の弱点を知る上でアステールの視点は持っていたい」
「感化されてはくれるな。知らぬ方が純然たる狂なり悪で在り易いはずだ」
俺達を護衛する陽銀と陰銀の部族の者にも聞こえてはいようか。イクタス・バーナバの夫としての立場からするとあまり善と悪の対立軸については貶せない。正と狂の対立軸で狂側に立とうにもアディケオが正しき悪だ。中立にして中庸と言うのはなかなかに面倒な属性だぞ。四方向に対して配慮せねばならない。
「母はかつて正にして善なる者だったから理解した上で蔑んでいるのだろう、とは思うのだがな。俺は善だった事がねえから、どうしてアステールがプロバトンの民に情けを施したがるのかわかんねえ」
妻は侵略した地の弱者に対して容赦ない。大炎精と大嵐精を使役した殺戮こそしなかったが、母がイクタス・バーナバを温いと詰らないのは厳しさを理解してくれているからだ。
「アステールは救える者に救いの手を差し伸べない事に罪悪感を覚えている。善なる者の軟弱な思考だ」
「だけどアステール自身は強いぜ、母よ。善性がアステールの魔剣の切れ味を鈍らせる訳ではない。三派元素術の殺傷力も高い」
「アステール自身が強者である事に疑いはない。実力は私も認めている。だがな……」
そもそも妻には占領する気がない。カルポスに約四千いた民のうち、エムブレポが奴隷として獲得するのはほんの僅かな民だ。果敢に戦った上で命を落とさなかった者、エムブレポ兵を多く殺した者、魔法の才能を持つ男女、経験を積んだ鍛冶屋、狩りか採集に習熟した者、才能ある子供、エムブレピアンの血が混ざった者。双頭の印に適正を示す者が見つかると丁重に扱うそうだ。選別を行うのは鑑定の占術を付与された石版を持ち歩く精霊導師と護衛のエムブレポ兵だ。
「アステールがカルポスから掬い上げた弱者をそなたが害したなら反抗されよう。保護すると決めた者に対して手を上げられた時、アステールはそなたに忠実ではあるまい」
「そりゃ、やらかしたら反逆するだろうよ」
「間違いなくミラーが二刀流で斬られるけど、お母さんが止めてくれるの?」
「ゼナイダもじいやの味方をしようかな」
「……私がアステールと戦って負けるとは思わぬがな。そなたらは悪ではないと実感させられるのは嘆かわしい事だ」
母を失望させたようで俺としては心が痛むがね。新たな死体の山に聖火を放ち、白く燃え上がらせる。
「ゼナイダの支援射撃を背負ったアステールに斬られるのはぞっとしねえからな。不自由はしていようが、たまに言い出した我侭なり拘りくらいは聞き入れてやるさ」
「そうね。アステールは弁えてる。ある程度の折り合いを付けてくれるはずよ」
「プロバトンと戦争になった後も同様の振る舞いを許すのか、我が子よ」
「妻はまだ戦をすると決めた訳じゃねえからなあ。数日後だったら許さないかもしれんが、来年だったら多分許すぞ」
「そなたは害意を向けぬ者に対しては気が優しい。ミラーの善への傾斜は私が糺してやらねばなるまい」
答えれば母は不満げに嘆息してしまった。失望を表明されるより堪える。
エムブレポにとって価値が低いと看做された民は捨て置かれる。非才な親と才能ある子の家族があれば子だけを奪われる。降伏した都市の民が抵抗すればエムブレポ兵は何の躊躇いもなく蹴散らす。奴隷として選ばれなかった民は財貨を奪われ、何の助けも得られない。高度な都市機能が全て停止されたカルポスでは生きてゆけまい。
奴隷として選ばれた民は衣食の世話をされ、夏の都で生かされる。奴隷として連れ去られた身であってもイクタス・バーナバに深く帰依すれば、後天的に六眼か銀の鱗を授かる者はいるそうな。そうした元奴隷は八部族の何れかに迎え入れられる。
「なあ、母よ。選ばれる方が幸福なのか不幸なのか、俺には解らんのだ。
妻であれアステールであれ、引き取られた方がカルポスに取り残されて死ぬよりはいいんじゃねえかとは思うがなあ」
「我が子はデミの境遇を重ねて見ているのか」
薪の山めいて燃えるプロバトン兵の死体を眺め、火勢を強める。燃え尽きるまでは焼いてやる。
「そうさ。デオマイアは俺と父をいつかは受け入れてくれるのかね。
選ばれたにせよ、選ばれなかったにせよ、引き裂かれるってのは辛いもんだ。なあ、ゼナイダ」
夏の宮殿でならアステールにじいや、じいやとじゃれついているであろうゼナイダが今は俺の傍にいるのが不思議でな。沈黙を決め込みたくなったらしい父を放置し、ゼナイダに訊いてみた。
「そなたは半身であるエファと仲がいいが、何か秘訣があれば教えてくれんか」
「ゼナイダとエファはイクタス・バーナバに産んで貰った時から親友だよ。ゼナイダはじいやとミラーを貰う。エファにはデオマイア様を譲る。分けっこしているから親友なのだ」
「……なるほど?」
俺とアステール、ゼナイダから狙われているのか。リンミへと意識を向ければ、霊鳥に擬態した分体の背でリンミ上空の飛行を楽しむ娘とエファの語らいが聞こえて来る。
「エファは上手くやれているようだ。今も愛娘とピーちゃんに乗ってデート中だ」
「そう。……エファとデオマイア様が幸せになれるならゼナイダも嬉しい」
「あまり嬉しそうには聞こえぬがな」
ゼナイダが六つある眼を瞬いて母を見返した。面頬を下ろした母の顔は見えないが、声音にはどこか妻に似た憐憫があった。
「ううん……今日はだめなのだ。じいやの側にはいられない」
「何でまた?」
見抜かれた気恥ずかしさからだろうか。ゼナイダが肩を落とした。
「じいやが誰かを選ぶ所なんて見せられたら射殺してしまいそうなのだ」
「嫉みを恥じる事はないぞ、ゼナイダ。堕落に通ずる心情を育てれば、我らが大母はそなたにも力を貸し与えてくれるやもしれぬ」
「そうかな」
「そうとも。救いを求めるなら大母にも祈るがいい」
母はゼナイダに何やら甘い声で言葉を掛けてやっている。大母を信仰してくれそうな者に対しては親身に振舞えるようだ。
内心、妻の巨躯に背を預けるようにして心を落ち着かせる。ゼナイダは射殺しかねないと言った。大君に宥められている今でも、デオマイアは俺と父に対して似たような心境でいるのかね。分体の口で娘に語り掛けたい気持ちを抑える。妻が抑えているのだ、夫の俺も自制せねばなるまい。
どうにかして蟠りを解消し、家族で暮らせるようになりたいものだ。妻の同意を感じながら、俺は粛々と聖火による火葬を執り行った。