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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
夏の都のミラーソード I
196/502

195. カルポス制圧

 カルポス市中には断続的に警鐘が鳴り響いている。敵襲を告げる警報だ。


 大地精は防衛戦力に対する露払いであり、侵攻戦力の中核でもある。妻は戦術級の大地精を計三体召喚した。

 妻が大地精を召喚したのはむしろ慈悲だ。虐殺を望むならば大炎精と大嵐精を召喚すれば済んだ。火を放ち、風で火勢を煽るだけで片付く。俺が精霊を目にしたなら卒倒するだろう光景だがな。もし妻が本気ならば多様な戦術級精霊の群れが姿を見せるのだろう。


 変成術で外壁を破壊する事は俺にとって何ら難しくなかった。崩壊の術を投じた一点から腐敗が拡がり、厚く高い石壁は黒い(かび)か埃のようなものとなって大穴を開けた。回路が途切れた魔力回路は力を失い、マカリオスと精霊徒らに担われた多足の戦術級大地精が市街地へと踏み込む。

 無事な部分の石壁を眺めた。魔力回路は多重化されており、相応に高度な様式だ。腕の立つ術師が魔力回路を刻む場合、要素を損なわぬようにしつつ圧縮する。プロバトンの民は術に長けているのかね? それとも過去に存在した術師の遺産か。石壁そのものは随分と古びて見える。


 陽銀と陰銀の部族の精霊導師は妻の手で開放された転移門(ポータル)を複数人で維持し、夏の都からの直接侵攻を可能としている。エムブレポを敵に回すと兵站を無視した速攻で侵略されると思えば恐ろしい事だ。

 仮に妻の意志でリンミニアを攻められたなら焦土にされる事は避けられまい。皇都でサイ大師が防衛側に回ったら召喚そのものを封じようとはするだろうが、長距離転移を行使できる召喚術師が平時は旅する医師であり産婆でもある狂土の実態は帝国では考えられまい。術師の総数と厚みが全く違う。占領か略奪をする気で攻めてくれればまだいい。最初から殲滅を目的にして攻めて来られたら防げる気はしない。しかもエムブレポの民は女神の意志を個人の意志よりも優先する。妻の気分一つで何をされるか解らぬではないか。


 腕を組んでエムブレポ軍の進軍を眺める風を装ってはいるが、俺自身はちと不調だ。疲労の原因は妻が俺を器として立て続けに神力を使ったからだ。肉体に不必要な熱が篭り、感覚が鈍っている。神である妻を降ろして語り、力を振るう事は俺に負荷を強いる。妻との器の差は小さくない。

 眼球のない六眼と鱗に覆われた俺の顔色など黙っていれば容易くは判るまいに、父が口にしてしまった。


「大丈夫、ミラー? 疲れてるよね」

「茶でも飲みたい気分ではあるがね。制圧してからでいいさ」


 俺はそう言ったのだがな。野放しにすべきでない母に直筆の許可証を与えてしまったに等しい発言だった。


「大母へ捧げるばかりでそなたの為の命を刈っていなかったな」

「あんまり張り切っちゃダメよ、お母さん」

「敵主力はマカリオスに譲るとも。

 アステールは我が子をスダ・ロン共々守っていろ。同行は必要ない」


 母からは目を離すべきではないと思うんだがなあ! 鏡の剣を佩いたまま、父の理力術で飛翔して適当な獲物を探しに行っちまったよ。


「勢いに任せて派手に暴れなけりゃいいが……」

「お父さんとお母さんはミラーが大好きなのだよ。立っていて大丈夫?」

「総大将はマカリオスだとしても俺はイクタス・バーナバの夫だぞ。問題ない」


 俺とて弱々しい姿を衆目に晒す気はないがね。妻の支えを当てにしていなくはないし、母が刈ってくれるであろう命を待ち望んでもいる。餌が欲しいと巣で鳴く小鳥のようなものか。

 おそらく堕落の闘気で無力化して命を喰らったのだろう。源泉へ命を送り込まれる感触に本性が沸き立ち、母が親鳥めいて与えてくれた命を無心に貪った。二十かそこらの命で飢えを満たされた時、不快な熱は消えていた。命が欲しかったのだと実感したよ。


「ああ、美味いな。母の愛を感じられる」

「ミラーがもっと食べたいならゼナイダが狩って来ようか」

「ゼナイダも狩りは上手かろうが、今はよい」


 エファの半身を眺める。俺のデオマイア、エファのゼナイダ。引き裂かれて神に選ばれた魂。赤毛の女になったゼナイダはエファと大きくは違わないように思える。眼は二つから六つに増えて魔力を湛えているが、些細な事だ。眼なら俺にも六つある。強い子を産んでくれそうなエムブレポの女には食欲よりも別の欲を感じさせられる。女王よりも見込みのある母体だ。

 手は出さないがね。呪面の上からでも判るほど案じるのなら、アステールがゼナイダを嫁に貰ってやるべきだ。ゼナイダがまだ夫を選んでいない事は聞かされていよう。拒むなら俺の妻にしてしまうぞ?


「気分はどうかな、我が子よ」

「馳走になった分で充分だ。ありがとう、母に父よ」

「いつでも褒めてくれていいのよ」


 俺がゼナイダに対して感じている欲など、食欲を満たされた充足感と両親と言葉を交わす快さに吹き消される小さな火に過ぎない。

 穏やかな声を発する母からは愛情を感じられるし、軽い調子の父の声にも俺の復調への安堵が混在している。父には俺が繰り返す神降ろしに対する警戒心があるらしい。有り難いが、両親揃って保護欲旺盛な事だ。


 マカリオスが担う個体を先頭とする三体の戦術級大地精らは重々しく侵攻し、街路に接する建物と障害物を踏み潰しながら中心部へと向かっている。速度は非常に遅いものの、戦術級精霊は岩山めいた大きさだ。素早く動いたなら移動だけで相当な数を殺すだろう。多分に威圧的な進軍だ。

 転移門(ポータル)からは十人から三十人で一組と編成に随分な差のあるエムブレポ兵の小部隊が続々と現れる。妻が展開させようとしている総数は六百ほどだろうか。


「妻よ、蘇生させたい晩夏の部族の遺体は確保してやってくれ。命を喰わせてくれるのなら相当数を蘇生してやれよう。搬出が済み次第、夕刻前にはプロバトン兵を火葬したい」

「イクタス・バーナバは夫の意向を尊重しよう」


 妻に要望を言えば、新たに妻の下命を受けたらしい軍勢が転移門(ポータル)から現れてカルポスの外で死体を選別し始めた。敵兵の死体から武器や鎧と言った金物を奪い取ってもいる。エムブレポは金属の調達が外国頼りだ。リンミニアと帝国から輸出する品目として有望ではある。

 本来なら晩夏の死体の回収は晩夏の部族がやるべき仕事だろうが、陽銀と陰銀が晩夏に貸しを作る機会ではあろう。妻は六部族の自立を望んでいるが、俺は帝国の意向に沿う努力もしているのだぞ。



 俺達は大地精三体が侵攻した後を歩いている。護衛に回っているエムブレポ兵は全員が陽銀だ。六眼か銀の鱗を備えた戦士に守られている以上、滅多な事は起きるまい。住民は逃げ惑うか住居に隠れるばかり、兵は既に粗方駆逐済み。カルポスの戦意は高くないように思うが、都市内には妙なものが幾つかある。


「負けようはないのだろうがなあ」

「気になる事がおありですか、ミラーソード様」


 微笑みを崩す様子のないスダ・ロンから目を離すべきではないとは解っているし、マカリオスに事故がないよう守る必要もある。リンミでエファがデートに興じている間に不味い事が起きたら合わせる顔がない。しくじったら間違いなく大君にねちねちと責められる。気になっているのは貴様だとぼやきたい言葉は飲み込み、博識過ぎるミーセオの大使に訊いてみた。


「あちこちに石の塔みたいなのがあるよな。ありゃなんだ? 街路の下にも何か埋まっていて進路上に露出している」

「石塔については有事の際、侵入者に理力弾を浴びせる防衛機構ですね。

 街路の下に埋めてられている石杭が地上に露出されれば道を塞ぐ障害物となる他、都市が蓄えた魔力を消費して攻撃魔術を発する場合もあります」

「へえ。プロバトンではそういう方向で術が発展しているのか」


 都市に魔力を蓄えて動く防衛機構とは何やら面白そうな仕掛けではないか。戦術級の大地精が相手では非力なようで一方的に斧や触手を振るわれて排除されているが、もっと高性能化した上でならリンミ市内に設置したいくらいだ。術具の創作意欲を刺激される。


「本日は相手が悪過ぎる為に真価を発揮できてはおりません。出力の弱い三派元素術では大地精の外殻に弾かれます」

「パラクレートス線で大地精と戦った際にアステールが苦戦していただろう。外殻を破らない限り、炎熱や電撃では分が悪い」

「暗黒騎士殿はよう覚えとるの。大地精以外の精霊が相手であれば苦戦せんかったと言うに」

「相性の悪い敵はいるものだ。弱みがあるのはミラーに限った話ではない」


 アステールは炎熱・凍結・電撃を扱う攻撃的な三派元素術を好む術師だが、細々とした気の利く五属性元素術にも通じている。敵の弱点を突くのに難儀する事はそう多くないはずだ。


「俺も何か創りたいもんだ。付与する時間が欲しい」

「ある程度は儂らに任せてくれて構わぬのだぞ、ミラーソード。頻繁な神降ろしが肉体と精神の負担にならないはずはない」

「アステールの言う通りだ。そなたの懸念は都市の地下にあるはずの動力部か?」

「うん? いや……どうだろう、俺の女神よ」


 俺、動力部とやらの心配をしていた訳ではないのだがな。呪面のせいで表情の読めないアステールの声は俺を案じるものに聞こえるし、母の声には温かみがある。違和感を感じる息子を許して欲しい。俺の母は強く美しく、無慈悲で邪悪な暗黒騎士だ。あまりに穏やかな声を聞かされると別人にさえ思える。


「地下か。スタウロス公は詳しいだろうか?」

「残念ながら装置そのものについての知識はさほどない」

「魔法装置の類でしたら私がお役に立てると存じます、イクタス・バーナバ」


 ……なあサイ大師、大使スダ・ロンは謎過ぎるぞ。俺の発する異能に平然と耐え、肩肘張らずに狂神と交渉し、死霊術らしきものを扱えて、魔法装置にも詳しい。どんな育ち方と鍛え方をした定命の者かと問い詰めてやりたい。ミーセオニーズとしては規格外もいい所じゃねえか。実力を隠す気がないなら最初からサイ大師として振舞ってくれよ。


「動力部が蓄積した魔力を暴発させれば戦略級魔術相当の威力で自爆が可能です。

 晩夏の部族と対立したカルポス外部の者達が重要性を理解する前に押さえてしまいましょう」

「……戦略級だと? 放置はできんな」


 スダ・ロンは平然と言ってくれたが、動力部を押さえなかったら自爆されるかもしれんなどと言う情報はもっと早くに欲しかったぞ!? 俺達だけなら転移で逃げれば良かろうが、妻の近衛を大量に失う事態は好ましくない。

 戦術級と戦略級の違いは影響範囲だ。魔術なら農村一つを一撃で吹き飛ばせたら戦術級、都市一つに打撃を与えるとなると戦略級と呼ぶべきかね。精霊の場合は戦術級の大地精は都市の侵攻に使える大きさだが、戦略級と呼ばれる大きさに成ったなら都市に侵入はすまい。触れる端から踏み潰し、通過するだけで壊滅させる災害と化すだろうよ。


 例えば今、カルポス全域を震わせた地震のようなものは戦術級の攻撃だ。マカリオスが担う大地精が黒曜石めいた質感の斧を大きく振り上げ、大地へと振り降ろした衝撃の余波だ。振り降ろされた先は統治者の館か何かだったのだろう。妻の視野を借りれば、地の精霊術で穿たれたらしい地割れめいた大穴と瓦礫と化した建造物があるばかりだ。市中の脆弱な建築物は振動だけで損壊しただろう。


「カルポスの地上部については制圧を宣言してよろしいかと存じます」

「まだ敵の首魁を吊るし上げてはおるまい?」

「市民の混乱は抑えるべきです。ミラーソード様は怯えるカルポスの民の祈りを聞き取れるのではありませんか?」


 スダ・ロンに教えられて耳を傾ければ、妻を通してカルポスの民が助命を求めて捧げる祈りを感じた。怪物めいた戦術級精霊を見せ付けられた民心はとうに折れ、切実に降伏を望んでいる。


「よかろう」


 妻は提言を良しとした。神威と共に女神の号令がエムブレポ兵の熱狂となって伝播する。


「イクタス・バーナバを称えよ!」

「偉大なる夏の大神イクタス・バーナバ、我等が女神よ!」


 一声挙がれば声はどんどんと大きくなった。エムブレポ兵が妻の名を高らかに触れ回り、カルポスの民の口からもイクタス・バーナバへ慈悲を請う祈りが口にされるようになるまでそう長くは掛からなかった。真摯な祈りの広がりと共に妻が信奉を獲得し、カルポス全域に対して影響力を強める様を体感した。


 妻は地下に対して探査の手を伸ばし、動力部とやらを見つけ出した。意を受けた大地精のうち一体が明確な意志を持って移動した先で掘削を始めた。もう一体はエムブレポ兵と共に街門を塞ぎに行った。マカリオスが担う大地精はカルポスの中心部で鎮座し瓦礫を漁っている。


「俺、地下迷宮には二度と行きたくなかったんだがなあ」

「案ずるな、ミラーソード。通路の先がすぐに制御室だ。地下室に過ぎない」

「御希望通りに操作致しますよ、イクタス・バーナバ」


 大地精が掘削した穴の下には通路のようなものが見えてはいる。本来は小規模の迷宮状になって守られているが、妻は地上から終点近くへ直通の穴を開けてくれたそうな。スダ・ロンはやり方を知っていると言うから連れて降りるとしよう。

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