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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
夏の都のミラーソード I
189/502

188. エファの偽相棒

 夏の宮殿で陽銀の部族の者達に畏まられる事に対しては慣れたと言うか、諦めてしまった。廊下を歩くだけでも何人に崇拝されねばならないのか。俺は神王ではないのだが、エムブレポの民が神王の再来と敬ってくれる気持ちは妻への信仰だからなあ。拒絶こそしないが、女王か妻には本物の神王となるべき男児を産んで欲しいものだ。

 ミーセオニーズのように五分五分で男女が生まれてくれるなら楽だっただろうに、エムブレピアンは男児が多いとされる陽銀の部族でさえ一割以下。神族と王族に至っては約五百年に渡って全く男児が生まれていないと妻に教えられた。女王が過去に産んだ十二人の子は全て娘だ。夫を外国から略奪する必要があるのは当然だろうよ。



 ダラルロートと金塊を抱えたスライムを連れ歩き、ミーセオの外交使節団一行と母らのいる離宮へ行こうとしたら本殿の中庭で出会う事になった。先行して大股で歩いて来る母の聖騎士めいた鎧は擬態だな。戦槌を手に急いで飛び出して来た感がある。


「おはよう、母よ。そんなに急いでどうした?」

「ミラーこそ朝から何をしている。有事ではないのだな、ダラルロート?」


 俺が訊いても、母が質問したのはダラルロートに対してだった。俺に対する信頼の無さを感じる。そんなに狂神を神降ろししている影響が強いかなあ、俺。妻も狂属性の神にしては俺の理解力に合わせて理知的に話してくれていると思う。


「婆ちゃんが神力を借してくれたのさ。どうしたらいいのかは大君に案を詰めて貰う」


 母は俺が金塊を創った際の神力を感じて飛び出して来たようだ。俺が創り出したバシレイア金貨とリンミニア金貨を見せ、金塊も示した。


「ミラー様から新たな御指示がございましてねえ」

「……ミラー。ダラルロートはデオマイアの教育で多忙なのだぞ。そなた自身が執務すべきではないのか?」

「それはそうなんだが、今の所は少量しかないリンミニア貨幣の鋳造を大規模にやらせたいんだよ。俺達はバシレイア貨幣の流通を助ける真似をすべきではないと思う」


 母は金貨二枚を手に考え込む様子を見せた。何やら心当たりがありそうだな?


「バシレイアの造幣局と事を構えるのか? 第二使徒トラペジーティスの直轄だ」

「うん? 貨幣に触ると使徒が出て来るのか」

「ノモスケファーラが国外から集める信仰の象徴として重要だからな。下手に偽造などすると目を付けられるぞ」

「そうなのか」


 バシレイア貨幣を偽造する気はなくて、リンミニア貨幣を劣らないか上回る質で流通させようとしか考えていなかったよ。俺の思案が偽造ではないと察した母はダラルロートに訊ねた。


「ダラルロートよ、昨日のデオマイアの様子を報告して貰う前にミラーが何を命じたのか訊いてよいか」

「ええ、私からお話し致しましょう。ミラー様の口頭説明ではお話がどこへ飛んで行くか解りますまい」


 信頼の無さが酷い事になっていないか!? だが、事実ではあろう。母とダラルロートは俺に構わず話し込み始めた。父は母に佩かれたまま一言も発していないが、鏡の剣の中で寝惚けているのかね。夜の間 両親が何を語らって過ごしているのか妻ならば知っていようが、俺には教えてくれないのさ。



 スダ・ロンと一緒に後からやって来た面々に視線を移す。呪面で表情を隠したアステールの両脇を固めて歩く双子めいた赤毛が二人。目の数は違うがね。軽い朝の挨拶もそこそこに、俺はエファに切り出した。


「なあエファ、使い魔は何がいい?」

「イクタス・バーナバが望みのものを召喚しよう」

「む? ミラーとイクタス・バーナバは、エファに従属獣か相棒を持てと言いたいのかい」

「狩人だとそんな呼び方をするんだったか? そうなんだよ。正確にはフリをして欲しいんだがね」

「……卿は今度は何をする気だ」

「ミラーソード様ですからね。毎日何かしら思い付かれる御様子は狂神の神子(みこ)に相応しいお姿ではありませんか」


 アステールの声は疑念たっぷりで、スダ・ロンは微笑みを崩してはいない。快く響くのはスダ・ロンの声だが、サイ大師と思えば真に受けてはおれない。神子(みこ)と言う単語に反応してこちらに視線を向けた母には、父の話ではないから気にするなと視線を返す。俺も一応、神子(みこ)の子だから神子(みこ)なのか。


「褒めてくれて悪いがスダ・ロンよ、デオマイアはサイ大師にやりたくないと何度でも言うからな。

 それでエファ、どんなのを連れ歩きたい? 戦わせて強い奴がいいか? 竜みたいにデカい奴だと屋内に入れられないから目的にそぐわない点は了承して欲しい」


 使い魔を持つ狩人は熊やら虎の類を従える事を好むそうだ。熊ならまだ何とか許容範囲内だが、魔獣となると大君に出入り禁止を命じられそうだ。何に化けろと言われるのか興味があるのか、金塊を抱え込んだスライムもそわそわと指示を待っている。


「ゼナイダは鳥がいいのではないかと思う」

「鳥か」

「鳥ならエファを乗せて空を飛んでくれる鳥がいいのだ」


 ゼナイダが勧めたのは鳥類で、エファは何やら随分とデカそうな鳥を所望して来た。


「騎乗可能な鳥だと屋内に入るのは難しいのではないか? どうだろう、愛しい妻よ」

「変成術の心得がある霊鳥か」

「変成術が使えればいいのなら、俺が分体に血の力を分け与えてやろうか。大母由来の変成術は強いぞ」

「我が夫が力を与えるなら、イクタス・バーナバからも恩寵を授けよう」


 何やらエファに連れて行って貰う鳥は強くなりそうだぞ。妻の好意を受けたら家畜でも野獣を飛び越えて霊獣なり魔獣になれるのではないか。


「普段は肩に乗れるくらい小さくて、大きくもなれるような鳥さんだとエファがお世話し易いのではないかな」

「では弓を用意するがよい」


 エファの言葉で妻は召喚する生物を決めたらしい。俺の肉体の主導権を持って行き、中庭で両手を振り上げさせられた。夏の宮殿に色濃く存在している妻の神力由来の魔素が大気諸共に震え、魚の女神が召喚陣を描く事なく喚び出した生物に代価として支払われた。そやつは成牛ほどの大きさのある知恵と魔力を兼ね備えた鳥で、青い細首の先にある嘴から賢しげに言葉を発した。


「夏の大神 直々の召喚とは名誉な事。どのような御用向きで?」

「そなたには我が夫のスライムに喰われて貰う」


 無慈悲な妻の言葉が終わるか終わらないか。エファがただ一矢放った矢が鳥の胴を射抜いて貫通していた。ぱたりと伏せた鳥にはまだ息があり、金塊を抱えた黒いスライムが食欲を隠す事なくすり寄って丸呑みにした。

 エファは殺したくない相手を確実に生かしておく、と言う慈悲深いのか無慈悲なのかよう解らぬ芸当ができる。殺さずに気絶させ、スライムに喰わせるのはどう考えたって慈悲ではなかろう。


「大型の孔雀(くじゃく)のようじゃが、喋っておったの」

「南方に現住する霊鳥メレケと思われます。力を蓄えて強大化した孔雀(くじゃく)が祖であるとされますね。(さそり)や蛇と言った毒のある虫や獣を好んで狩り喰らう事から尊ばれているのは孔雀(くじゃく)と同様です」


 アステールとスダ・ロンの話し声が聞こえて来た。霊鳥なあ。知恵ある獣の魂を取り込んだのだから、こいつが俺にとって六番目の分体と言う事になるのかな。俺の力の源泉に浸けると溶け消えて何も残らなさそうだが、今は分体に喰わせた。

 霊鳥と金塊を呑んで機嫌よくしているスライムを撫でながら他の分体とは少々違った経路を仕組み、俺の目となり声となれるよう作り替えてやる。俺は変成術で体長を伸縮できるよう血の力の経路を開き、妻は夏の権能から召喚術の血の力を幾許か授けてくれた。


「こんなもんだろう。立て」


 両肩の烙印に神力を感じながら分体に命じてやれば、真っ青な細い首と長い胴を持つ成牛よりも二周りは大きいであろう巨鳥が一羽。なくなった金塊は俺の仕込みさ。毎朝のお楽しみだ。

 分体はふるふると身体を震わせた。胴に畳まれていた羽が大きく広がり、豪奢な屏風か扇めいて長く美しく伸びる羽の紋様を披露する。鳥の眼と嘴はエファに向いている。自慢げな面構えで多眼めいた羽を見せる様は何やら求愛めいており、ヤーンともニャーンとも付かぬ猫めいた鳴き声を上げた。


「名前はそうだな……メニーアイズサファイアゴールデンゴッデスとでも」

「待つのだ、ミラー! エファの相棒として振舞わせるのなら名前はエファに付けさせて欲しいのだ!」


 俺が名前を付けようとしたら、今まで見た事もないほど必死の形相のエファに止められてしまった。エファがこんなに強く主張して来たのは初めてじゃないかね? ゼナイダとアステールも同意見だ。


「そうなのだ、エファの相棒ならエファが名前を付けるのが自然なのだ!」

「ミラーソードが名付けてはすぐさま姫に正体を見抜かれよう」

「それもそうか?」


 俺自身は俺の一部なのだし、喰らった霊鳥の自我を弱める意味でも俺が付けようと思っていたのだがね。メニーアイズサファイアゴールデンゴッデスは眠そうな声の父だけではなく、母とダラルロートにも反対された。


「……ねえ、ミラー。僕がミラーは名前を付けようとしない方がいいって言ったの、昨日の朝の事だと思うのよ。もう忘れてくれたの?」

「我が子よ、あまりに酷い名を与えられた子は親殺しさえ辞さない場合があるぞ」

「そんなに駄目かよ、メニーアイズサファイアゴールデンゴッデス」

「デオマイア様の教育に悪い事が明白ですのでお控え下さいませ」


 沈黙を守っている妻以外の全員に反対されては已むを得まい。命名権はエファにやるとしよう。


「ではエファよ、何と名付ける?」

孔雀(ピーコック)だからピーちゃんでいいのだ」

「ピーちゃんならいいのだ」

「問題あるまい」

「表向きはエファの使い魔ですからねえ」


 ゼナイダと母とダラルロートは即座に賛成した。


「そうね、ピーちゃんの方が当社比二倍くらいはマシね……」

「……孔雀(ピーコック)に付ける名前としては何も間違ってはおらんがの」

「御二方が諌めないのならピーちゃんで確定ではないですか」


 父とアステールとスダ・ロンは消極的賛成と言った風情だが、それでも反対はしていない。メニーアイズサファイアゴールデンゴッデスの方が格好いいと思うんだがなあ。名前はピーちゃんだと言う事になった使い魔の首を巡らせる。変成術と召喚術を擬呪として扱い、霊鳥が元々扱えた治癒術も強化はしてやった。希望通り、エファを乗せて飛べるだけの力もあるぞ。


「乗ってみるか? 必要なら手綱や鞍を俺が創造しよう」

「なくても乗りこなせると思うのだ。みんな騎乗できるからエファもできる」


 エファは手綱もなしに器用に鳥の背に乗って見せたし、背の上から弓を扱ってさえ見せてくれた。ゼナイダが乗りたがったので二人乗りもした。夏の宮殿の中庭を飛んで回る姿は妻の目を楽しませていたようだ。実際、見栄えはいい。


「我が主よ。私はそろそろリンミへ戻らせて頂きたく存じます」

「そうか。エファ! 今日はリンミへ行ってくれるか」

「はーい!」


 ダラルロートが暇請いをしたので飛び回るエファに声を掛ければ、何の躊躇いもなく首を撫でて使い魔に着地を促した。上手いものだ、俺は不快感を感じなかった。二人を降ろし、適当な大きさまで縮んでやればエファが肩に乗せてくれた。使い魔を通すとダラルロートよりも目の位置が大分高くなるな。俺の目で見る鳥の足はなかなかに逞しく発達している。鶏などとは凶悪さの桁が違うぞ。


「デオマイアとは一緒に暮らせるようになりたいが、まずはエファ優先でいい。婿の一人として会ってやってくれい」

「エファのライバル達は手強いのだ」


 サイ大師とデオマイアの婚約を拒む理由は先約があるからでもある。神が婿にすると約束した少年がいるのに、どうして上司の嫁に出してやれよう。

 エファの視線の先には聖騎士を装う母の姿。微笑みを崩さないスダ・ロンに対しても何やら意味深な視線をくれている。母は余裕ありげに笑ったが、どうにも恐ろしげな笑い方をした。


「デオマイアはリンミニアとエムブレポの姫だ。エムブレポの法に従うなら、強き女は何人夫を持っても良いのだろう? 問題はなかろう」

「ミラーソードの母の言う通りだ」


 妻の肯定を受け、ダラルロートが認識欺瞞の下で僅かばかり視線を強めたのを視た気がする。……デオマイアよ、そなたは夫候補を既に四人も抱えているのか? まだ生後間もないのに大丈夫か。

 偽りの神王稼業で忙しい父としても、夏の宮殿から案ずるばかりではいられない。エファの肩に乗った偽相棒の目を借りて様子を見に行くとしよう。

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