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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
夏の都のミラーソード I
188/502

187. 貨幣と言う形の偶像

 夏の宮殿の私室で椅子に座り、ダラルロートから一通りの事は聞いたと思う。エファに俺の使い魔を付けてリンミへ行かせる事は決定事項だ。表向きはエファが契約した使い魔として振舞わせる。


 使い魔とは魔術師や狩人が時折従えている従者だそうだ。基本的には動物であるが、強者の中には魔獣や霊獣を従えている者がいると言う。悪しき強者であれば亡者や悪魔さえも従えられるらしい。


「ミラー様の場合、我々分体が使い魔の性質を一部持ってはおりますね」

「全く同じではないのだろう」

「ええ。一般に使い魔と呼ばれる存在は生来の種族にはない高い知性、種の限界を超えた寿命、魂を大きく成長させる機会と言ったものを得る為に主人に奉公します。契約した年季が明けた時、使い魔に去られるか契約の延長を願われるかは待遇によります」


 ダラルロートは平然と解説してくれたが、冷やりとするものを感じてさ。


「なあ、ダラルロート。そなたが俺の使い魔だとしよう。年季が明けたなら契約を打ち切りたいのかね。それとも継続してくれるのか」


 訊ねた俺を眺める黒い瞳は悪ではない者を蔑む色を隠そうとさえしやがらない。何だよ、そんなに気に入らない質問かよ。


「ミラー様。私をお手元に留めようとお考えならば、そのような弱気な態度ではいけません。デオマイア様のみならず、ミラー様にも強者としての自覚を持って頂けるよう教育しなくてはなりませんか?」

「そうは言うがな、大君。そなたの代わりなどいない。娘を護ってくれと託せる分体など他におらんのだぞ。抜けられたら困るし、無理に支配しようとしたらアディケオの手を借りて反逆しかねないではないか」


 できれば答えが欲しいのだがね。ダラルロートはいつものように直答はしてくれそうにない。


(ぬる)いお言葉ですねえ、ミラー様。今朝の御機嫌は善寄りですか?」

「いけないかい。愛してるぞ、大君」


 俺は中立にして中庸なる暗黒騎士ミラーソードだ。善に偏った気分の朝とてあろうさ。そなたは知っていように、ダラルロート。そんな鳩が豆鉄砲をかわしたような顔で俺を見下ろされると照れるじゃないか。


「ダラルロートがいないと困るんだよ。望みがあるなら聞かせてくれ、俺にできる事ならば応えてやる」

「イクタス・バーナバとしてもリンミの大君には我が夫に仕えて貰う事が望ましい」

「ほら、妻もこう言ってるぞ」

「イクタス・バーナバにお口添えを頂かずとも、ミラー様の下手な虚言であれば全て解ります」


 懐から閉じた扇を取り出さないのだから、そなたも不快ではないのだろうに。たまには素直になって欲しいものだ。


「ミラー様が私にお任せ下さった務めは生温く不完全な善の者には達成困難です」

「知っている。そなたでなければデオマイアは何度自壊と自害を繰り返したか知れぬのだからな。妻共々、感謝している」

「手段に問題を感じてはおられないのですかねえ」

「妻と俺は中庸だ。手段が善であれ悪であれ、愛娘の死を回避してくれたそなたには感謝しかしておらぬよ。サイ大師はデオマイアを欲しがっているが、大君でもない限り他所に出す気はない」


 娘がダラルロートと結婚したいと言い出すのなら認めてやる気はあるぞ。デオマイアの本命は母であろうが、小姑めいた父との付き合いを嫌がり家を出たがる未来も存在はするのかも知れぬ。


「サイ大師を差し置いて私に降嫁させるなど通るものではございませんよ、ミラー様」

「愛娘が望むのなら通すさ。俺と同じでデオマイアはそなたを好いていよう? 虚言ならば解るのだろう、ダラルロートよ?」

「ミラー様の意向だと知られた途端に嫌われかねません」

「ひでえな!」


 発作的な衝動に身を任せて笑った。妻の喜怒哀楽は俺の肉体と精神には効き過ぎる。背を仰け反らせて高い笑声を上げる俺自身の肉体を認識はしていた。


「ハハハ!! ……ハァ。まあ、愛娘の前では黙っておくさ」

「そうなさって下さいませ」


 一頻り笑ったら落ち着いたよ。笑う間、ダラルロートは全く動じずに俺を眺めていた。認識欺瞞の下に隠された化粧をした顔も動じてはいなかったよ。大君だしな。


「何の話をしていたのだったか……」


 妻の感情に呑まれたせいだろう、記憶が繋がっていない。鱗に覆われた顎を撫でて暫し考え、俺は思い出した。


「バシレイア貨幣に対抗する事を視野に入れてリンミニア貨幣の規格を見直そうと言う話だったな」

「全くの初耳です、ミラー様。お話し頂けますよねえ?」

「そうだったか?」


 笑う直前まで銀行と貨幣の話をしていたのではなかったのか。

 俺はダラルロートに妻から聞かされたノモスケファーラの権能とバシレイア貨幣の話をし、変成術でバシレイア金貨を創造しても見せた。女の顔が彫り込まれた金貨。女は神君ノモス、バシレイア神国を統治する分霊だ。バシレイア金貨は流通する一枚一枚が律する賢母ノモスケファーラの偶像でもある。


「直接遣り合うには強大過ぎると知ってはいる。少しずつでも信仰を損ねてやりたい。

 ミーセオ貨幣の信頼性を高める事でも対抗はできようが、膨大な悪銭の流通量からすれば対処するのは億劫だろ? バシレイア貨幣よりも悪銭が少なくて価値の高い、信頼されるリンミニア貨幣を流通させたいんだよ」


 俺は偽造したバシレイア金貨と同様に、少量を鋳造させたリンミニア金貨を創造して見せた。リンミニア金貨に彫り込んであるのは目が六つに増えて鱗が生える以前の俺の顔だ。金貨では髪と肌の色の違いが判らないから、愛しい母の顔だと言っても通用はする。規律神のやり口は上手いと思う。同じ手で二匹目の泥鰌を掬えまいか。


「地金は俺が創れると思う。なんなら金山を創って掘らせるべきなのかね」


 ノモスケファーラを弱体化させる為であれば祖母は積極的に手を貸してくれると思う。両肩の烙印から湧き上がるような神力を感じ、創造と増殖の異能に任せて血の力を発現させれば一塊の金塊を創造できた。金塊を変成術で複製して増やす事もできる。


「……そうですねえ。御命令に沿う事も全くの不可能ではないでしょう。検討する時間を頂きたく存じます」

「そうしてくれ」


 大君はできないとは言わなかったが、時間が欲しいとも言った。そのうち大君から案を話してくれるだろう。俺の思い付きを実行に移してくれるダラルロートは大事にしたいものだ。


「こちらで伺うべきお話は以上でしょうか?」

「そうだな」


 念動力で金塊を持ち上げて浮かせてみれば、丸まったまま待機していたスライムが伸び上がる。俺の血肉は金塊が気になる御年頃かね。


「では、使い魔の擬態についてエファの希望を聞きに参りましょう」

「イクタス・バーナバは大抵の希望を叶えてやれる」


 そうそう、切り離した俺の血肉をエファの使い魔に擬態させる話もしていたのだった。エファに希望を訊いて、妻が召喚術で喚んでくれるそうだ。喚ばれた生物を血肉に喰らわせて擬態させようと言う訳だ。さてはて、エファは何を希望してくれるやら。

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