18. シャンディ
日を改めて魔術師団の訓練場を訪ねた。板金鎧に傷を付けたくはないので絹衣で来ている。手には普段は俺が使わない魔術師用の杖が一つ。
「私は魔術師団員に詠唱破棄を身に付けよと命じるつもりはない」
内外から寄せ集められた十六名の魔術師を前に俺は言う。
「触媒不要も別に要らぬ。必要経費を賄えるだけの経済力がリンミにはある」
「わあ、強気。実際にはミラーが夜なべして作ってるよ」
鏡が茶化すのには返事をしない。視線が泳ごうとするのは自制した。
「魔術に対する耐性はもっと訓練を重ねた後で良い。
今日、私が指導するのは陣法の中でも対元素術の補助陣法だ。
いずれは退魔術の補助陣法と合わせて浄化の炎を習得させる。以上は決定事項だ」
監察官に陣を描いた綿布を配らせる。再教育の済んだ魔術師は一見して無個性な兵士だ。
「正直な所、ミラーは随分夜なべしたよね」
「……作成はそれなりに面倒ゆえ、自作できない者は特に扱いに気を付けるように」
言い返そうにも事実だと思えば言葉に詰まり、俺は結局目を逸らした。
「でもね、鏡は感慨深いよ?
『魔術は得手ではない』なんて言ってたあのミラーが指導に回るなんて!」
「術具と補助陣法による諸君の底上げは急務だ。
解るか、七番、八番、十番、十二番、十三番、そして十六番」
しみじみと言う鏡には傍目にも自然に見えるよう応えつつ、下級と中級の間にある壁の前には来ている魔術師団員を指す。機械的に響く「ハイ」が五つ、六つと響く。十六番だけが一呼吸遅い。
「補助陣法は本来の実力以上の魔術を扱う手段の一つだが、詠唱中に陣を崩されれば不成立となる。
詠唱破棄ができない諸君には護衛が必要だ。無論、陣法によって強化された術を友軍に当ててはならない―――私を除いてな」
十六番に顔を向け、俺は笑ってやる。
「理解したか、十六番アイスティー」
「ハイ」
「ミラー……そのお顔、怖いって自覚あるのよね?」
今度の返事は早かった。鏡には応えない。再教育を施されて最も日が浅いアイスティーに近付き、俺が持参した杖を持つよう指示する。
「元素術の適正を補助する杖だ。今回の試験における最優秀者に授与しよう」
返事はない。俺が求めていないからだ。
名を剥がれる前は氷の魔女と呼ばれていた女。元素術に関しては中級術を扱えたはずの魔術師。或いは名を返してやれば本来の実力を発揮するだろうか。神秘に関わる者にとって、名に力がある事は真実だ。では、真の名がない俺は名がない分の力が損なわれているのだろうか。俺は捕獲した冒険者の女を使って試してみたい。
「おそらくは十六番になると思うがな。他の者は下がっていろ。
アイスティーは杖と補助陣法を使い、標的を撃て。全力でだ。全力ならば単体でも範囲でも良い」
標的を立てるべき位置には俺が立つ。監察官に動揺が走る。
「ミラー。被虐趣味はなかったよね?」
「私を撃て、氷の魔女シャンディ」
鏡の声を聞き流し、剥がした名で呼んでやる。
聞こえているやら、いないやら。アイスティーが杖を構え、補助陣法の支援も受けて魔素を集める。中級術程度の収束を見せるアイスティーに対し、俺は周辺の魔素に干渉を加えてやる。中級術程度の圧力では発動が困難となるよう、伸ばした見えない触手で甚振るように魔素を撹乱する。呪文の詠唱は始まらない。
「バシレイアの暗黒騎士が貴様を嘲笑っているぞ。
本気で魔素を収束して見せろ。命を賭せ。上級術ならば俺からの干渉を確実に脱せよう」
手招きして血の力で精神にも干渉してやる。士気を高揚させ、挑戦の気概を与える。これだけ手を掛けても応えないなら見込み違いだったが……おお、どうやら期待できそうだ。目を見開いたシャンディが上級相当の魔素を元素に変えて叩き付けて来る。
「ミラーソード卿、危険です!」
「構わぬ、来い」
「血よ! 凍て付け、永遠に!」
悲鳴を上げた監察官にも訓練が必要だな。俺の周囲にあった空気が急速に冷え、凍え、厚みのある氷と化して俺を幽閉しようとはした。
「ミラー、大丈夫?」
「まあ、悪くはない」
俺に届く威力ではないにしても、一つの実験結果として悪くはない。俺の鏡は心配性だ。
「ミラーソード、お前のせいで!」
更に術を打ち込もうとするシャンディはほんの短い時間だがいい目をしていた。従属を強い、組み敷いてやりたいと思う程度には。反抗の眼差しは扱いが楽でいい。仄暗い領域で何かが傷む。……この女が俺に名を覚えさせた事は褒めてやるべき快挙だ。アイスティーとか言うふざけた名前が逆に良かったのかもしれない。
「いい目だ。だが、格上に致死は通りが悪い。こうした方が良いのではないかな」
シャンディが扱おうとした魔素を剥がして俺の術中に引き寄せ、上級元素術の手本を直々に叩き込む。神殿の円柱めいた氷柱が鋭く降り来たり、脆弱な魔術師を散々に打ち据える。俺は殺しても構わないと考えていたが、強運な事にシャンディは試験を生き延びた。