17. アイスティー
ある日、俺は太守と司教に問うた。
「時に、私は敵国人に『バシレイアの暗黒騎士ミラーソード』と呼ばれているようなのだが、何故だ?」
即答は得られなかった。一瞥をくれて許せば、太守に筆頭補佐官が、司教に筆頭監察官がそれぞれ近寄り耳打ちをした。
「ミラー、太守と司教ってば二人とも気の毒なくらい真顔になったけどスルーしちゃう?」
「単なる興味だ。確度の低い話でもよい」
鏡に応え、太守に発言を促す。
「ミラーソード様の御容姿がバシレイアンの特徴を持っている為かと思われます、が……司教殿の御意見を伺っても?」
「ふん、怠慢であるぞ太守殿。筆頭監察官が掴んでおるのに存じないとは」
「わあ、司教すっごい嬉しそう」
嫌々と言った様子を隠そうともせず司教へ振った太守に対し、優位を確信した司教が語り出そうとする。
「私としては筆頭から直に報告を受けても構わぬが」
「あいや、ここは臣に! 臣がお話し致します。憎きアガシアめの下僕どもはミラーソード様を『バシレイア神国の手の者である』と喧伝しておるのでございますよ」
バシレイア神国。
腹の奥底で何かが蠢く。苦悶だろうか、この蠢きは。気紛れに変成術で貨幣を偽造してみれば、女の横顔を象ったバシレイア金貨ができる程には因縁のある名。
「なるほど、興味がある。先日捕らえたアガソニアンの魔術師への教育は済んだか?」
「何しろ魔術師は貴重ですので優先的に教育を実施しております。そうさな、太守殿?」
俺は狩った逆賊の類の全てを喰らってはいない。リンミで使う方が有用な才覚を持つのならば服従と引き換えに命を預けておいてやる。
再教育した魔術師の管理については太守の抱える案件になる。……司教に話を差し戻された太守はまた顔色が悪くなったのではないのか? 生命体としての強度そのものをもっと引き上げてやらねばならないだろうか。何やら鏡は静かにしている。
「はい。最新の再教育対象は氷の元素術を得手とする魔術師で」
「名をシャンディと申しました」
太守の視線を受けた筆頭補佐官が言う。過去形で。
「元素術が得手ならば今後の修練で伸ばす事に専念させよ。
元素術に長けた魔術師は一人でも多く戦に動員したい」
「間違いなく担当部署へ伝達致します」
シャンディ。聞き覚えはないな、と思う。俺はあまり個体名を重視しておらぬ。ミラーであれミラーソードであれ、どのみち偽名でしかない俺は他者の名に関心が持てない。しかし新しく手に入った元素術師の練度は確かめたく思い、俺は再教育部門を訪ねる事にした。
魔術師は人口500人に1人ほどしか見出されない希少なクラスだ。より正確には、魔法の素質を持つ者は人口500人に対して1人程度しか存在しないと考えられている。神格、精霊、魔性と言った者どもの血を受け継ぐ必要がある為だ。
実際には教育が悪いのだ、と鏡は言う。潜在的には100人に1人はいるはずだと言った鏡の助言を聞き、俺は捕獲し易い冒険者に目を付けた。希少な敵国の術師を奪えば奪うだけ、リンミの戦力の引き上げに大きく貢献する。再教育済みの魔術師で結成する魔術師団については太守に課した優先課題だ。司教は聖火教に仕える神官の統率に忙しく、魔術師団の面倒までは見させられない。
「次、十六番。アイスティー」
「ハイ! アイスティー、入ります! ……槍よ、貫け!」
「あいすてぃー?」
鏡の呆れ声がする。
アイスティーと再命名された女が標的に対して術を披露する。氷の槍が一本宙に生じ、簡素な作りの標的を貫いて砕け散る。俺の見る所、下級の域を脱しつつはある。
「対単体は良い。最大の威力を持つ範囲攻撃術を披露せよ」
「ハイ! アイスティー、行きます! 疾れよ、氷雪!」
範囲を打たせてもやはり下級だ。俺が巻き込まれても涼しいそよ風としか思えぬだろう。逆に言えば、魔術師団からの範囲攻撃術には突出した俺を巻き込ませても構わぬと言う事ではある。鏡が静かだと思って柄に触れてやれば、耐えかねたような叫び声がする。
「上司が上司なら部下も部下だあ!!
氷の元素術が得意だからってアイスティーはないんじゃない。
もしかしてそのネーミングセンスも毒に含めてばら撒いたの、ミラー?」
「知らんよ。俺のせいじゃない」
「ちょっと自覚がありそうな言い方だよね!?」
魔術師団の担当監察官とアイスティーが鏡に応えた俺を見た。そっと目を逸らす。
魔術師団には近い戦を想定した鍛錬を課している。魔術しか心得ない手合いであろうとも行軍に必要なだけの基礎訓練は叩き込ませている。しかし魔術師団に関しては俺がちと手を入れる必要性を感じた視察だった。