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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
分かたれし者デオマイア II
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168. 冬の豪雨

 俺は連日の雨天が続く中、リンミで過ごした。

 大君の館に詰める監察官と補佐官らには俺を『ミラーソードとイクタス・バーナバの間に生まれた娘デオマイア』として周知されており、どこに居ても不自由する事はなかった。

 そもそもダラルロートが付きっ切りだった。席を外す事もあったが、必ずワバルロートかヤン・グァン、そうでなければシャンディが間隙を埋めていた。今はダラルロートとヤン・グァンが俺に付き合い、呪文書やら祈祷書を読ませてくれている。


「なあ、今の季節はこれほど雨天が続くものなのか?」

「冬季にしては温い気温が続いておりますな。冬物では些か暑苦しい程ですじゃ」


 リンミは冬のはずだが、何やら秋か春めいて温かいのだ。羽織る物を常に用意させているらしいダラルロートも、俺に冬服を着込ませようとはしない。ミラーソードは季節感など全く無視して両肩を晒して歩き、冬でも氷を投じた飲み物を飲んでいた。俺は大君の館の中でアガソス風の暖炉なりミーセオ風の囲炉裏端に座り、温かい茶を飲んでいる方がいい。

 俺達が今いる部屋も火を入れているのは暖房の為と言うより、習慣の産物だろうか。俺が召喚した火精が囲炉裏に(うずくま)り、鉄瓶の湯を沸かしている。水を投じれば瞬時に湯を沸騰させる術具もあるにはあるのだが、ダラルロートはその手の術具を邪道と看做して茶道に用いるのを好まない。精霊が沸かした湯ならば良いそうだ。ダラルロートの審美眼の基準はよく解らぬ。


「何も問題はございませんよ。リンミに影響する夏と双頭の権能が強まっているだけです。気温が上昇し、季節外れの豪雨が降り頻るのは支配者が受ける加護が増したからに過ぎません」

「信仰心の薄い大君は『だけ』だの『過ぎません』と言うがの」

「ミラーソード様が治水の君アディケオの第三使徒でいらっしゃる限り、堤防の決壊など起きるものではございませんしねえ。瑣末な問題はワバルロートに対応させます」


 ヤン・グァンに説かれた所によれば、イクタス・バーナバは四大季節の権能の一つ、夏の権能を持っている。春、夏、秋、冬と四つある季節の大権能は、より細かい単位を示す二十四節気の小権能を全て揃えたよりも遥かに強いのだそうだ。

 夏の大権能ならば下位の権能として存在する立夏、小満、芒種、夏至、小暑、大暑の六つに対して完全な上位だそうだ。地図で見ると、イクタス・バーナバは大権能二つの神として知られる割にはエムブレポの版図が広い。夏の小神や亜神が集める信仰を夏の大神として上納されて君臨しているからだ、と聞かされたよ。シャンディが叩き斬ると「夏の権能は超強い」と言う砕けた解釈に成り果てる。


「何でか魚が旨いのも権能の力なのか?」

「そうです」

「エムブレポ産の六眼(こい)の刺身は実に美味じゃったの。味噌煮も良かった。(なまず)もあったの? 蒸し焼きの出来が特に良かった。相伴に預かれて良かったわい」

「素材は良かったですな」


 ヤン・グァンが挙げた料理は俺も食べた。

 ミラーソードは美味いものが好きだ。……俺だって好きだ。だからと言って夏の都の地底湖で獲れた魚をリンミに転移で送って来なくてもとは思う。宮殿にいた頃、献上された魚を旨そうだとは思ってはいたさ。いたがね。ああ、大君の館で食べた魚料理は美味かったよ。


 変成術で自作する料理は全く満足の行く出来にならないが、俺が召喚術で喚び出すマフィンやらケーキはそこいらで食べられる料理よりも美味いと思う。術式を習い、アガソスの魔術師が好んで召喚すると言うマナ マフィンとマナ ケーキを自力で用意できるようになった。魔素吸収能力の低い魔術師でも、食べれば魔力の回復を速められるのだそうだ。

 ミーセオの魔術師の術式で月餅や団子を出して見せてくれたダラルロートからは、くれぐれも食べ過ぎないよう厳しく言い含められはした。物臭(ものぐさ)な魔術師は召喚したマフィンやら団子ばかり食べてしまい、料理に関心を持たなくなる事が多いのだそうだ。

 親父とミラーソードがその手の術を全く使っていなかったのは超速魔素吸収のせいだ。俺も覚えてはいる。高速や超速を習得した術師の場合、食べるよりも吸った方が速いのだと言う。但し魔力の固まりのような食物なので、親父やミラーソードが近くにいるとマフィンや団子は崩壊して吸われてしまうだろうとも聞かされた。俺は意識しないと吸わないが、二人は常時吸っているそうだ。俺の半身と親だが揃って迷惑な奴らだ。


「ミラーソードは忙しいのではなかったのか」


 不機嫌な声を出した事は自覚している。奴は魚を送って来るほど暇だと言うのか。

 ダラルロートは俺をリンミで休養させ、スコトスだのジャオ・ハンは当然としてミラーソード達からも接触を許さずに過ごさせてくれた。ダラルロートを教師とした舞踏の練習をさせられはしたが、苦痛ではなかった。くれたスライムの方が俺よりも物覚えがよく、仮足を伸ばした黒いスライムが器用に踏んで見せる足捌きを真似て舞うのは楽しかった。


「そうですねえ。荷物と共にお母君からお手紙が届いておりますが、御覧になりますかデオマイア様」


 ダラルロートが何を言ったのか理解するのに俺は随分と手間取った。手紙? 母から?


「これ、大君よ。どうしてそんな大事な事を真っ先にお教えせんのだ」

「便箋で百枚を超えておりましてな。内容を検めるのに手間取りましてねえ」


 ……百枚? 書いている間に、俺達が封じていた恐ろしい方の母とさりげなく入れ替わっていたりしないだろうな? それとも最初から恐ろしい方の母なのか。


「ダラルロート、母からの手紙は検閲しなくてはならんものなのか」

「必要な事ですので御容赦頂きたく思います。

 彼は妙に手紙を書き慣れている御様子でねえ。便箋は百十五枚ございましたが、百九枚までが直筆です。残りはミラーソード、アステール、エファ、ゼナイダからです」


 ダラルロートが言うのなら仕方ないかなとは思う。だが、母の筆力が何やら恐ろしい事になっていないか? どうしてそんな枚数になるのだ? 手紙なのだよな?


「……それは本当に手紙なのか? 報告書や命令書の類ではなく?」

「間違いなくデオマイア様宛ての私的なお手紙ですよ。内容からすれば近日中には第二弾も届くでしょうねえ」

「読ませてくれるのだな?」

「デオマイア様がお望みとあらば」


 ダラルロートが閲覧を許してくれた手紙はあまりの厚さからリンミ側で本として綴じられ、表紙まで付けられていた。ミラーソードとアステールの筆跡は殆どそっくりだ。スタウロス公アステールの書く字は、俺用の呪文書を書き進めた字でもある。ミラーソードが確保している人格の中で最も綺麗な字を書くのはアステールだからな。エファとゼナイダの字は文字と言うよりは符号めいており、文章もそれほどかっちりとはしていない。内容的には誰も彼も似たようなものだ。簡単な挨拶とここ数日の状況、要は無事を知らせる短文でしかなかった。皆が皆、妙に母に対して遠慮している。


『俺は問題ないがデオマイアはどう過ごしているだろう。

 俺達の近況については、大変だろうが母の手紙を読んでやってくれ』

『手紙で近況を知らせるべきだと提案はした。儂はあんな非常識な物量を書けとは一言も申しておらぬ事を姫に詫びておきたい』

『お母さんは時間さえあればずっとお手紙を書いていたのだ。読んであげてね』

『デオマイア様の気分がよい時にお母さんに返信を書くといいのだよ。きっと喜んでくれる。他の人は後回しで全然いい』


 一番分量のある母からの手紙は順番が後に回されていた。公爵に較べると聖騎士だった母の書く字は崩れているかもしれないが、母の字を読むと言う行為そのものに俺は興奮した。ミラーソードだった頃に母から手紙など貰った覚えはない。ならば俺は喜んでもいいのではないか?


『孫娘のデオマイアへ、そなたの母もしくは祖母と呼ばれる者より』


 手紙の一行目で、名のない母はそんな持って回った言い回しで自身を表現していた。

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