表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
分かたれし者デオマイア II
168/502

167. 雨の音

 鏡台の鏡を介した接触はそれきりだ。

 俺は鏡を介して通話する術など知らない。父と母が宿る鏡の剣とダラルロートが三人の腹心として持つ鏡の剣(ミラーソード)との間で可能な伝話に似ている気はする。どうやって俺がいた部屋の鏡に繋げたのか、などと言った事は俺には解らなかった。


「鏡を介して話された術は何だ? 俺にも覚えられるか?」

神子(みこ)による即興術でしょうかねえ。お父君は強力な恩寵を保持していますから『孫娘が映っている鏡を探し出して通話する』為の術を組みましたかな。

 術の系統としては占術と思われますが、私の知識にはない術式です。鏡に巣食う魔性でもない限り、出鱈目な真似ですよ」


 親父を出鱈目呼ばわりしたダラルロートだが、父にできる事はミラーソードにもできると知っている。占術の達人のはずのダラルロートが知識にないと言うのなら複合術かもしれん。鏡の中に巣食う魔性ではあるからな、親父は。


「大君、規格外の妖怪の話は食事の後にしてくれる? パンはもう一枚召し上がりますか、デオマイア様」

「いや、今食べている分だけでいい」


 ダラルロートは畳の上で食後の茶を点てている。俺が食べそうな量は既に把握されているようだ。シャンディは何やら使命感を感じているのか、ミーセオ風の居室でアガソス風の軽食を摂る間も見張り然として大君を睨んでいる。

 小さく切られて焼かれたパン二枚にバターと煮詰めた果実を塗ったもの、滋養のありそうなスープ、大君の館の温室で栽培されている野菜の芽を摘み取り調味した油で和えたものの小皿、茹でられた(うずら)の卵を一つ。俺が満腹感を得るにはこの量で充分だ。ダラルロートのくれたスライムは白いスープを一皿貰って啜り、満足げに俺の膝の上に戻って来た。


「恩寵の薄れた俺でも研究したら構築できると思うか」

「不可能ではございますまい。鏡を介して通話する術が存在する事は確かです。シャンディ嬢では実力不足でしょうけれどねえ」

「占術が得意じゃないのは知ってるわよ。そんな訳の解らない術なんて組まなくても、転移して殴りに行けばいいじゃない」

「違いない」


 できるのならばな。そっと陰気な嘆息を吐く。

 ミラーソードはどうなっているのだ? たった一日 目を離しただけでもう姿形が変わってしまった。鏡越しに見た半身は明らかに強くなっていた。俺にはミラーソードと戦えるほどの力があるか?


「そのように絶望的な顔をなさるものではありませんよ、デオマイア様」

「そうは言うがな、一日であんなに変わるのか?」

「シャンディ嬢でも真実の一部は見えているのですよ? 規格外の妖怪だと」


 点てられた茶は苦味を感じさせない甘い匂いがして、飲んでみると甘くはない。香りを楽しませる茶のようだ。俺も妖怪の娘だか孫だか曾孫で、神族のはずなのだがな。ミラーソードとの差は何なのだ。どうしてミラーソードばかり。


「次に会う時にはサイ大師を既に喰らった後でも驚くには値しません」

「大君……。今のミラーソード様はどんな妖怪なのよ。

 神降ろしを頻繁になさるようになってから近くにいると頭のおかしくなる感じが強くなったけど、一応はバシレイアンなのよね?」

「ミラーソード様の帯びる狂属性の波長は、間違いなく更に酷くなっておりますよ。

 当分はエムブレポの掌握で御多忙でしょうが、貴女も覚悟はなさい。魔性だと認識した方が楽でしょう」

「どんだけなのよ」


 苦味のない茶を苦そうに含むシャンディの反応が普通なのだろう。窓の外から響く豪雨の音を陰鬱に聞く。気分が沈んで行くのを感じる。『愛している』と言ってくれた母の声だけを思い出そうとするが、どうしても四人の声が重なってしまう。


「どうぞ」


 ダラルロートが砂糖菓子のようなものを茶請けに出してくれた。口に入れるとあまり甘くないのだが、不思議と気の休まる感覚があった。三つ、四つと摘んで噛んだ。ねだるように膝の上のスライムが揺れるので三つほどやった。


「そのスライムも何なの、大君」

「護衛のようなものですよ。寝室にいる渾沌精とデオマイア様付きのスライムは貴女よりは確実に強い。下手に刺激しない事です」


 ……くれたスライムがシャンディよりも強いだと? レベル10のシャンディよりも強いと言われ、そっと鑑定してみるとレベル16のスライムだった。小さくて軽いのにレベル16あり、血の力まで持っているぞ。ダラルロートめ、夏喰らいどもよりも強いスライムなんていつの間に創れるようになったのだ。


「何よそれ。いつの間にか妖怪屋敷になってない? 外にも中にも精霊がいたわよね?」

「政治の場とは概してそういうものです」


 最初からだよ。

 心の中でそっと呟く。太守の館だった頃からダラルロートが巣食っていたのだ、妖怪屋敷だったには違いない。ミラーソードだった俺が乗り込んで来てからは、悪属性の人食いスライムの巣になっていたがね。

 シャンディとヤン・グァンはミラーソードの正体をスライムだとは知らない。実力の一端を知るシャンディは魔性や妖怪呼ばわりするし、ヤン・グァンも察している部分はあるようだ。ダラルロートがスライムに喰われ、スライムになっているとは想像さえできていないようだ。大君の館では仮面の老騎士として振舞うアステールもスライムだし、母もエファも皆同じだ。


「俺だけ違う」


 菓子が上向かせてくれた気分がまた沈む。

 どうして俺だけ違うのだろう。引き裂かれた時、ミラーソードに何もかも持って行かれたのだろうか。


「なあに、ミラーソード様がまた人を辞める階段を昇っちゃったから落ち込んでるの?

 楽しい事を考えた方がいいわよ、デオマイア様。人はみんな違うんだから。

 親なんざ生まれて初めて出会った他人に過ぎないのよ。女の子はいい旦那様さえ選べば家を出られるじゃない」

「……そういうものなのか」


 杖を手に熱弁を振るった魔女は俺を慰めようとしてくれたようだが、俺が結婚したいのは母なんだよ。俺が望みを叶えたなら、嫁として家を出ると言う事はあるまい。けれど俺が望みを叶えた時、あの四人は存在しているのだろうか。俺の望みはあの四人を壊すのではないのか。


「デオマイア様。この女は二十歳を過ぎたと言うのに未婚でしてねえ。

 前途あるデオマイア様に対して結婚について説教する資格などございません。お耳を貸されぬよう」

「何よ、独身で子供もいない大君こそ発言権はないじゃない」

「生憎と私は宦官ですのでねえ」


 茶を満たした杯を覗き込み、ダラルロートを押し退けてシャンディが結ってくれた髪を眺める。俺はどうしたらいいのだろう。己を報復へ奮い立たせようにも戦意は低く、倦怠感が募るのを感じる。大君と魔女の茶番は雨の音を消し切ってはくれず、俺は何度目かの陰気な嘆息を吐いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ