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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
分かたれし者デオマイア II
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166. 暗黒騎士と鏡の剣

「ミラーソード様とお母君が許されませんよ」

「そうだぞ、父よ」


 鏡の映す像が一つ増えた。白く輝く鱗に覆われた手が魔術師の肩を掴み、六つの眼には眼球が見えない。眼の形をした光だけがある。マカリオスではない。マカリオスならもっと人がましい雰囲気をしているし、親父に父とは呼び掛けない。こいつは誰だ。


「ミラー」

「また随分と様変わりされましたねえ、ミラーソード様」

「そうなんだよ。妻の神域で魚にされて、戻ったらこうなっちまってな」


 親父は驚いた様子がない。ダラルロートは平然としているが、変容には思う所があるようだ。当人はと言えば深刻げな様子ではない。

 金銀混淆の髪と声からすればミラーソードだ。肌を鱗に覆われ、眼が六つに増えた者がミラーソードであるならばだが。昨日の今日だぞ? ダラルロートはミラーソードを俺よりも上のレベル30だと言ったが、神と初夜を過ごして異能を強めたのではないのか。たった一日でどれだけ俺から離れて行くのだ。


「どうだ大君、愛娘とは話してもいいのか?」

「まだ一日と経っていないではありませんか。スコトスと言い、妨害が激しいにも程がございます」

「そうかい、仕事をさせ辛くしてすまんね」


 不満げに返したダラルロートの言葉に肩を竦め、六つの人ならざる眼でじろりと親父を睨む。向こう側の二人がいる鏡は夏の宮殿にあるようで、植物質の背景が見えた。


「でも、ミラー」

「母を寝込ませて俺が神域にいる間にやらかされたら取り返しが付かん所だったぞ、父よ? そう焦るな。婆ちゃんもそこまで厳しい時間制限は課していない。ダラルロートでも時間は要る」


 ……時間制限? 口振りとは逆に何らかの時間制限を受けているのか?


「失敗と看做されたら母と俺で暗黒騎士として相当働かなきゃならんが、不可能ではない。家族の為であればやってやるさ」


 ミラーソードの片手が親父の佩いている鏡の剣に伸び、柄に嵌め込まれた銀の宝珠(オーブ)に触れた。


「なあ、母よ」

「分かたれているべき理由が全くない訳ではないと言ったろう、デオマイア」


 ミラーソードの口がミラーソードのものとは違う声を出す。双頭の異能で異なる意志が同時に喋っているな、とは解った。感情の起伏にこそ乏しいが、愛しい母の声。


「どうして私が神子(みこ)と孫娘のどちらかを犠牲にされなくてはならない。二人とも早まってはくれるな」


 犠牲だと? 母は犠牲と言った。俺と親父のどちらかが消える事は、今話している母の望みではない?


「でも、君の望みは」

「私の望みは神子(みこ)と共に在り続ける事だが、血族が増える事を歓迎こそすれ拒む理由などない」

「俺達の血統は欲張りで諦めが悪いんだよ。よく覚えとけ、デオマイア」


 雑音めいた親父とミラーソードの声は頭から振り払うようにして、母の言葉の意味を正しく受け取ろうとする。ダラルロートも母に対しては拒絶の意志は向けていないように思う。言葉のままに受け取ってもいいのだろうか?


「お父君の抑えはお任せしますので、もう少しお時間を下さいませんかねえ」


 膝の上に乗ったスライムが伸び上がり、鏡に向かって追い払うような仕草をした。鏡に向かって抗議めいて言うダラルロートに同調するかのようだ。


「なあ、大君。気になってたんだが、その子は何だ? まさか俺の……」


 どうしてか傷付いたような声を出すミラーソードをダラルロートは鼻で笑った。その子、と呼んだのはスライムの事のようだ。鏡台の鏡には光しか映っていない渾沌精ではあるまい。


「そろそろ鏡を叩き割ってでも面会を終わらせますよ。言いたい事はそれだけですか、御三方」

「ダラちゃんよ、僕は僕なりに最善を求めて提案した」

「安易に最善を求めて最悪の選択をひた走ろうとする愚者はお黙りなさい。腐敗の邪神の神子(みこ)には鏡の剣の中がお似合いです」

「酷いよ、ダラちゃん! 僕らの知性はそこまで信用ないのかい!?」


 最後通告めいたダラルロートの宣告に親父は悲鳴を上げ、ミラーソードが微かに肩を震わせて低く笑う。……この笑い方はミラーソードではないぞ? 母か?


「確かにダラルロートよりは劣るであろうな」

「大君が相手じゃ仕方ねえよ。比較対象が悪い」

「私はリンミの大君ですよ? 当然です」


 母とミラーソードに言われてもダラルロートには(へりくだ)る様子が全くない。どうも頭の出来については全く信用がないらしいぞ、鏡の向こうの三人とも。どうしよう、同類扱いはされたくない。そう思ったら、四人が声を揃えた。


「「「「愛している」」」」

「俺と妻の愛娘よ」

「私の孫娘よ」

「僕の孫娘よ」


 鏡に映っているのは親父と異形化したミラーソードの二人だが、四人の声を聞いた。慈悲を感じさせる女の声が混ざっていたのを確かに聞いた。


「ダラルロートがいいと言ったら会いに行く。それまでは好きなように過ごせ」

「当面はダラルロートの元で休息するといい」


 俺は答えられなかった。愛していると言うのなら、どうして離れていようとするのだろう。俺は三人、いや四人から排除されているのではないか?


「返事は今日でなくともよろしいでしょう。ここまでとさせて頂きますよ」


 ダラルロートが長い指で触れると鏡が曇り、何も映さなくなった。灰色に曇った鏡では声も像も届かないようだ。我知らず流した涙も曇った鏡には映らない。


「ねえ大君、着替えに時間を掛け過ぎじゃないの? 悪戯してない?」


 結界が反応した。物音を隠そうともせず寝室に踏み込んで来た女の声。振り向けばシャンディがいた。ぎょっとしたような顔で俺を見る魔女の視線を大君は袖ででも覆い隠したかったのかもしれないが、知らぬ間にダラルロートに縋り付いていた俺が邪魔をした。


「……大君、言い訳なら一応聞くけど聖火堂送り案件じゃない? 寝室でデオマイア様を泣かせるなんて何やらかしたのよ」

「下品な誤解はして頂きたくないのですがねえ」


 心底嫌そうに自己弁護するダラルロートと、杖を手に元素術を叩き込みそうな勢いで不審がるシャンディの言い争いは俺が空腹を訴えるまで終わらなかった。……俺は本当にあの四人から愛されているのだろうか? 俺は母しか愛してはいないのに。そう訊ねる勇気はどうしても持てなかった。

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