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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
分かたれし者デオマイア II
162/502

161. デオマイアと三人の腹心

ここからデオマイアのターン

 意識を持った時、何やら懐かしみを覚える声が室内で言い合いをしていた。年経て説教慣れした老司教と若い女魔術師のものだと俺は知っている。


「大君が無闇に嘘を言う性格じゃないのは知ってる」

「嬢ちゃん、そりゃ誤解じゃよ。大君殿は嘘を平然と言うし、大仰な動作でわざとらしく倒れる演技もする。騙されてはいかん」

「今日は司教に賛成すべきよね。こんなに可愛い女の子がミラーソード様の訳がないじゃない、大君」


 正しき悪の司教ヤン・グァンと魔女シャンディだ。俺は寝台に寝かされたまま寝たふりを続け、三人の会話を聞いてみた。室内にはもう一人、中年の男がいる。リンミの大君ダラルロートだ。


「嘆かわしいまでの信頼のなさですよねえ」

「逆じゃよ、信頼だけはしとる」

「そうよ。どこから拉致して来た誰で何をさせる気なの、大君。

 何を手伝えと言うか次第ではロリコン呼ばわりしなきゃならない」


 シャンディが手にした杖で畳を突く音がする。大君の館のどこかだろう。

 俺が創りたくても上手く創造できなかったミーセオ式の寝具が心地よい。ミラーソードの私室ではないようだ。掛け布団が軽いように思えるのは小さいのか?


「私にそのような性癖はございません。

 エムブレポの夏の宮殿から私が拉致して来たミラーソード様です。療養が必要なので連れ戻しました。納得して下さいましたか、シャンディ嬢」


 拉致? 俺を、ダラルロートがか。寝ていた間にどう扱われたのか不安しか感じられない言い回しだ。俺は寝ていた間に入浴させられたらしく、鼻を(くすぐ)る石鹸の匂いがほのかに甘い。


「異議しかない。彼女に変成術の反応はない。生身の女の子よ」

「師として苦言を呈しますが、貴女の貧弱で下級術さえ満足に扱えない占術で常に真実を知れると思い込むのは危険ですよ。何しろ彼女はミラーソード様ですからねえ」


 俺自身の状態を三人に気付かれぬよう探れば、永続化させていた隠身が解除されてしまっている。ミラーソードか親父の仕業だろう。魔力回路ではなかったので魔力解体(ディスペリング)されたのだろう。


「真面目な話をさせて貰ってええかの、大君。

 彼女は大ミラーソード様とミラーソード様のどちらでもないのじゃろう? ミラーソード様はまさか三人おるのか?」


 ヤン・グァンは正解に近い所を突いては来るのだな。疑問形ではあるがそうさ、ミラーソードは三人いると言ってもいい。大ミラーソードと呼ばれているのが母、ミラーソードは選ばれなかった方の俺だ。俺はミラーソードと呼ばれていた記憶を持っている。しかしミラーソードと呼ばれる事に嫌悪感を感じていなくもない。


「司教殿の見解を正解としていいものかどうか。

 それとも、他に呼ばれたい名がおありですかねえ? お目覚めでしょう、我が主よ」

「……おはよう」

「おはようございます」


 ダラルロートにはとっくに寝た振りなど看破されていたようだ。ダラルロートに我が主と呼び掛けられるのは久し振りに思えたが、快かった。俺は琥珀の館よりも大君の館に転移すべきだったのか。きっちりと礼を遣すダラルロートに対し、シャンディとヤン・グァンは疑念が深まったような眼差しを向けている。


「……本当にこの子がミラーソード様なの? 瞳の色は似ているけど」

「真性の六眼をお持ちと言う事はエムブレピアンの貴族階級じゃろう。夏か双頭、下手をすると両方の異能を授かっている可能性さえある。大君殿よ、都から拉致して来たと言ったが真かの? リンミニアとエムブレポで戦でもするのか」

「少しは同僚を信じて頂きたいものですがねえ」


 ヤン・グァンはよく知っているな。そうとも、俺は夏と双頭の異能を壊れるほど注がれた身だ。


「俺は夏と双頭、腐敗と堕落、増殖と創造の異能を授かっている」


 ダラルロートを咎める口振りだったヤン・グァンの視線が険しさを増した。該当する神がどれなのか考えているな。俺の三人の腹心ならば小さな雌の肉体でもミラーソードだと認識してくれるだろうか?


「俺はイクタス・バーナバに引き裂かれ、連れて行かれた方のミラーソードさ。

 ヤン・グァンにはイクタス・バーナバに子種を授かる為の知恵を貸してくれと頼んだ事があったなあ? 親父が魂を売り渡してくれてな、御覧のざまだ」


 寝台で身を起こし、俺は六つある眼を瞬いて見せた。三人の腹心の反応は心愉しかったね。ヤン・グァンは暫し絶句し、シャンディは即答した。


「何と……」

「お父君を絞めましょう、ミラーソード様」

「そうか、賛同してくれるかシャンディ!」


 俺の中でシャンディに対する評価が天井知らずに上がった瞬間だった。貧弱な魔術しか扱えぬ女だと思っていたが、俺はミラーソードがシャンディの肌に対して埋めなかった空白を魔力回路で埋め尽くして力を授けてやるべきなのかもしれん。


「嬢ちゃん、あの御方は間違いなく何処かの神の使徒じゃぞ。並みの魔術師に烙印の清めなどできるものではない」

「腐敗の邪神の神子(みこ)と言えども専業魔術師です。私ならば斬り殺せます」


 渋る様子を見せたヤン・グァンに対して斬り殺せると断言したダラルロートへの評価は更に上がった。そうか、俺は最初からダラルロートに相談すべきだったのか! すまん大君、俺は貴様を過小評価していたらしい。


「のう、二人とも()る気のようじゃがの。

 我々と共にリンミにいらしたミラーソード様の意向は伺ったのか、大君殿?」

「彼女をリンミで療養させる許可は頂いております。なに、一回や二回は魂を売り払って下さったお父君を殺させて差し上げるのがけじめと言うものだと思いますよ」

「けじめか」


 いい響きだ。ミラーソードが許していると言う事は、三人の腹心は親父に対する報復に賛同してくれるのかな。抱き込まれて同化しようと言い募られたのは覚えているが、分かたれた半身に対して僅かばかり好意のようなものを感じないでもない。ダラルロートによる拡大解釈かもしれないが、構うものか。


「エファであれば死者の蘇生は可能ですし、ミラーソード様も蘇生は行えます」

「……臣も触媒は要るが蘇生はできるぞ。異能に頼った方が費用は安いがの」

「何回までなら殺していいのだ? 愛の異能も無制限ではないよな? いつ殺せる?」


 俺は自分の声が弾むのを止められなかった。こんなに快い気分の高揚を覚えるのは久し振りだ。そうだよ、俺は親父に報復するべきなんだ!

 勢いに任せて寝台の上に立ち上がった俺だが、随分な寝巻きを着せられている事に気付いた。明らかに子供用の女物だ。


「あら、可愛い。大君の趣味なら相当なロリコンね」

「選んだのは入浴を担当させた女官ですからねえ。私の趣味ではございません」

「女児用の子供部屋に衣類を用意させておったのは大君殿じゃろうに」


 ……子供部屋?

 ヤン・グァンに言われてようやく気付いた。この部屋は何やら可愛らしい子供部屋だ。ミーセオの貴人用の子供部屋。全ての家具が小さい。布団も小さくて軽かった。


「デオマイア様の肉体的な発育度合いが不明だった間、衣類を幅広く取り揃えていた点は認めましょう」

「やっぱり大君の指示だったんじゃない」


 ダラルロートとシャンディの会話が何故だか可笑しく思えた。そうか、ダラルロートの手配か。ダラルロートは男のはずだが、宦官だから雄ではないのかもしれん。俺の部屋を用意してくれていたのなら、最初から大君の館に逃げて来るべきだったんだ。帰ったはいいが居場所を見つけられなかった琥珀の館を思い出し、泣きそうになったのはどうにか堪えた。


「お名前はデオマイア様なの? それとも、ミラーソード様の方がいいの?」


 シャンディに訊ねられ、俺は暫く思案した。

 思い出すのは俺を求めてくれた母の声だ。難儀して欺いた覚えのある腐敗の邪神の司直としての記憶を取り戻した母。彼は俺をデオマイアと呼んでくれた。必要だと。結婚しようと。望まれたのは同化だったが、それはそれで良かろう。支配されるのとそう変わるまい。俺は母になら支配されても構わない。求められるままに全てを捧げたい。そうしたら神からは自由になれる気がする。


「デオマイアで通すかな。愛しい母がそう呼んでくれたんだ」

「……この陶酔し切ったマザコンの目はミラーソード様ね」

「そうじゃの、臣も同意せざるを得んわい」


 マザコンとは何だろうと思わなくもなかったが、ダラルロートが俺を視ている事に気付いた。六つの眼で見返す。


「どうした、ダラルロート?」

「御希望通りデオマイア様とお呼びするとして、お母君の件はどうお考えでしょうか。

 意識を失われる前、何が起こったかは理解されていらっしゃいますよねえ?」


 ダラルロートに何を言われたのかなと考えてみる。

 俺は母に、母には名がないではないかと言って……母の様子がおかしくなった。俺の血統の祖である腐敗の邪神からすれば逆に正常化したと言うべきなのかね。


「母の名前がどうにかならないかと話をしたのだよな。本来あったはずの母の名前は取り戻せないのだろうか?」

「権能によって剥奪され、喪失した事象は神が握っているとされておりますぞ。

 デオマイア様は相当に不利な契約を受ける覚悟がおありじゃろうか? 剥奪は容易な(わざ)ではない為、容易くは返還されぬはず」


 俺が訊ねればヤン・グァンがそう教えてくれた。母の名前を奪ったのは腐敗の権能、腐敗の邪神によるものだ。祖母、或いは曾祖母に訴えたら返して貰えるだろうか。取り返せるなら母への贈り物にしたいな。本当の名前を。俺は母を名前で呼んでみたい。強く美しい母をミラーソードとは呼びたくない。


「取り返して、母を名前で呼びたいんだ」

「契約で済まない場合、デオマイア様は強大なる神を殺す覚悟がおありですかねえ?

 四つの大権能、腐敗、堕落、増殖、創造と言う組み合わせは相当に強大です。しかも小権能の複合振りも異常です。あまりに高位の神である為、取引の際には極めて高い代償を求められましょう」


 ダラルロートは視線の高さを合わせて俺にそう訊いて来た。どうだろう、俺は曾祖母と事を構えられるほど強いだろうか。無理だろうな、とは解る。大権能二つの神に繋がれて何もできなかった俺だ。


「ダラルロートよ、母を本当の名前で呼びたいと願うのはそれほどまでに困難な願いなのか? ミラーソードとは呼びたくない。ミラーソードでは嫌だ」

「とても困難な願いです、デオマイア様。真名に触れようとすればお母君は司直としての使命を思い出し、腐敗の邪神の神力の導管として振舞います」


 俺はシャンディとヤン・グァンも見た。


「……大変申し訳ないのだけれど、恐怖症の発作を起こさせた暗黒騎士殿のお口に食べ物を突き入れる仕事だけはもう二度とやりたくないの。また命じられたら辞職するから」

「あれは見ていて怖過ぎた。俺だって嫌だ」


 シャンディに対しては即答で同意した。腐敗の邪神の司直を欺いた時、俺はまだミラーソードだった。あの時、鏡の剣の中で味わった気丈過ぎる母への恐怖とレベル2にまで弱体化した無力感は覚えている。


「無理に真名を取り返すよりは、新しい名前を付けるか名乗るかして頂く方が下々も楽ではありましょう。大ミラーソード様とミラーソード様は兄弟のようによく似ておられますからなあ」

「ままならぬものよ。俺は母を名前で呼びたいだけと言うのに」


 引き裂かれる前までは俺にとって母の名前は大きな問題ではなかった。母が暗黒騎士ミラーソードと名乗る間は、副官の魔術師ミラーソードを演じればよかった。

 けれど俺はミラーソードではなくなってしまった。母をミラーソードとは呼びたくないが、母はミラーソードになればいいと言っていた。魂の欠けた三人で一人の完全なミラーソードになればいいと……。母が求めているのは究極的にはミラーソードなのだと感じてしまった喪失感を思い出し、俺は俯いた。母には全てを捧げて支配されてもいいけれど、母をミラーソードにしてしまったら何もかもミラーソードに奪われるとも感じている。


「なあ、ダラルロートよ」

「何をお求めですか、デオマイア様」

「俺はミラーソードだった。……ミラーソードに戻りたいのかミラーソードにはなりたくないのか、どっちなのか解らんのだよ」


 ダラルロートは教えてくれるだろうか。こんな形で生まれたくなかったし、神との取引で引き裂かれるなんて考えてもいなかった。けれどミラーソードに同化しようと言われても喜びはなかった。

 結婚しようと言ってはくれたけれど、ミラーソードになろうとした母の瞳には狂信の色が満ちていた。母の一部になってしまえば苦しみは終わるだろうか。それともミラーソードの中に囚われ、アステールのように苛まれるのか。


「ミラーソードばかり求められる。俺はもう、ミラーソードではないのに」

「デオマイア様に必要なのは療養ですよ。貴女は己の力を知るべきだ。私が教えて差し上げましょう」


 ダラルロートは俺の銀の髪に触れてそう言った。夏の宮殿では乱していたはずの髪は知らぬ間に整えられ、梳き直されていた。太守だった頃から大君が長い黒髪をそうしていたような整えられ方だと安堵して良かったのだろうか。それとも警戒しなくちゃならんのだろうか。


「ねえ、司教。やっぱり大君は拉致して来た女の子に悪戯しようとしてない?」

「大君殿が言うとのう……。平素は女を寄せ付けないあの大君殿がのう」

「今少し声を下げるか幻術で発声範囲を絞って頂けませんかねえ」


 解らなかったが、俺はリンミに帰って来るべきだったんだと感じていた。

作者註 : デオマイアが作中でマザコンと詰られるのは今話が初。ミラーソードは118話が初。

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