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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
イクタス・バーナバの夫ミラーソード II
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158. アステールと神子

「来い、アステール!」


 人型の場合は両肩にある烙印は本性を現している間は体内にある。神力を通して支援を受けて呼び掛ければ、切り離した黒い塊が初老の魔法騎士の形を取って立ち上がった。四体目の分体を実際に創造するのは初めてだが、どうやら俺自身の弱体化はない。今までは三体までしか使って来なかった。


「儂がエムブレポを訪れる日が来ようとはな」

「アステールくらい長生きしてりゃ色々あるだろ」

「スタウロス公の来訪を嬉しく思う」


 何やら感慨深げな老公爵には軽口を叩けば、妻も俺の口を使った。呼び出したアステールは甲冑姿ではなくアガソスの貴族が夜会に出るような服装をしている。

 リンミでは仮面の老騎士として周知していたが、呪面の老騎士と改めるべきなのだろうか。アディケオに呪われて以来、アステールは常にくすんだ白銀の仮面を着用している。外せなくなってしまったのだ。全身の装備品を入れ替えられる瞬時装着の召喚術を行使しようが、同じく召喚術で創り出す虚空庫に放り込もうとしようが無理だった。呪いを解こうにも神力が強過ぎ、ヤン・グァンなど解呪を試みる前からアディケオの聖痕として拝み始める始末だった。アステールの外せない呪面は強烈な正属性を帯びている。


「幾つか相談していいか?」

「ダラルロートはその為に儂を呼ばせたのだろう」


 ダラルロートはデオマイアを連れてリンミへ帰ってしまった。寝台で眠る母はまだ意識を取り戻しそうにはない。俺はアステールと相談した結果、父に分体を操らせ、母は鏡の剣の中へ返した。


「父よ、腐敗の邪神の神子(みこ)よ。母を寝かし付けてから交代してくれ」


 烙印の支援を受け、鏡の剣を手にして命じた。鎧を着たままだった母の肉体が黒いスライムに戻り、鎧の中から這い出した。暫くそのまま丸くなっていたが、父が鏡の剣の中にある家に母を寝かせて来たようだ。長い銀の髪をした魔術師として立ち上がった。

 物珍しげにエムブレポの調度を見る緑の瞳は好奇心の強さを感じさせる。薄い褐色の肌をした人種不明で性別も不明と言う小柄な人物で、少なくとも人型はしている。改めて父の容姿を見るとデオマイアは似ていると思う。声は女とも男ともつかない。


「やっほ、アステール。流石に君はちゃん付けする気にならない」

「儂に限らず皆が鏡殿よりは年長のはずじゃがの」

「細かい事は気にしなさんな。僕は気にしたら負けだと思っている」


 2歳の父は誠意なくへらりと笑い、寝台を撫で触り、植物質に見える照明器具がどのようにして器具自体を燃やさずに油を燃やすのかと言った事に興味津々の様子だ。俺は母の板金鎧を整備して魔法鞄に戻した。


「僕って精霊術が全然わかんないから興味深いのよね」

「俺も解らん。デオマイアに聞けたら良かったんだがな」


 俺達がそんな事をしていた間にもアステールは魔法鞄から幾つかの武装を取り出し、擬態した礼装の上から帯びていた。躊躇いなく両腰に十字双剣を佩いた時点でおやとは思ったのだが、甲冑を除いた術具類の武装を終えるとアステールの雰囲気が変わった。


「ミラーソード」

「……おう? どうした」


 距離を詰められたのは一瞬の出来事だった。抜剣の音は聞こえたが、双剣が俺の首元に突き付けられていると認識できたのはもう数瞬は後だった。殺気こそないが呪面に覆われた顔は『殺せるが、殺さなかった』と読み取れる。


「わーお、魔術師に二刀流の十連撃やられたら辛いわ。どうしたの、アステール」

「ダラルロートに散々貶されたが、ミラーソード様は頭がよろしくないぞ」

「アディケオに呪われておる今の儂にはできる。忘れないで欲しい」

「処刑が?」


 父が気軽げに言ってくれ、アステールも否定しなかった。マジかよ。アステールまでいつやらかしてくれるか解らんのか。剣を引かれ、納剣されるのを呆然と眺めた。言い訳めいた言葉が勝手に口を突いて出た。


「アディケオを裏切るつもりはねえよ。仮に大母に強制されたとしても義理は通す。

 俺にとって一番大切なのは魂洗いが必要な母だし、サイ大師は俺よりかは強い」


 鏡の剣の柄に嵌め込まれた銀の宝珠(オーブ)を撫でる。眠っている母を封じていると思えば愛おしく思えるよ。


「いいんじゃない、僕はミラーの望みを叶えてあげる。やりたい事をやんなさい」

「今ミラーソードは二人おるが、どちらのミラーソードだ?」

「ミラーは一人だよ、アステール」


 二人が何やら睨み合っている。狂った中庸の神子(みこ)は気紛れで臆病だが非道もする魔術師。アステールは正しき善属性なので正道を好む魔法騎士。更に言えば狂神の聖域の真っ只中である為、正属性のアステールには辛いかもしれないとは聞いていた。……もしかしなくてもこの組み合わせ、相性が悪いんだろうか。


「二人とも喧嘩はせんでくれよ?

 父よ、宮殿の料理は好きに味わっていいしふらついてもいいが、自衛はしてくれ」

「え、遊んでていいの? やったね、護衛だとか僕には無理だもの」


 ……父の無責任振りに拍車が掛かっておらんか? 睨み合っていた雰囲気はどこかへ消し飛んでしまった。狂属性のせいで夏の宮殿では浮付いた気分になっているんだろうか。


「負担はアステールに行くんだがね。エファと共にスダ・ロンの監視と護衛を最優先、第二目標としてはマカリオスを死なせるな。矛盾する場合の判断はアステールに任せる」

「了解した」

「地底湖で獲れる魚が美味しいのよね? 僕、漁師の経験がないから練習しようかな」


 父は鏡の剣から出すべきではないのだろうか? 何故ここまで緩い振る舞いになるのだ。真剣味の全く感じられない父と真剣さしか感じられないアステールの二人を前に若干の懸念はあったが、ダラルロートの不在と母の失調と言う状況ではこうせざるを得なかったのだ。

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