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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
イクタス・バーナバの夫ミラーソード I
148/502

147. 夏の都への途上

 妻は夏の都への道を相当に直線的に拓いてくれたようなのだが、エムブレポにも山やら湖と言った密林ではない地形はある。


 ミーセオの使節団の後を追って滞在中の物資を運ぶ輸送隊も護衛付きで別に来るそうだが、エムブレポ兵の強さを考えると余程の数でないと強奪されるとは思える地勢だ。馬車が通れる道は一つしかなく、周囲はひたすらに密林が広がっている。待ち伏せはさぞ容易い事だろう。山賊側としては楽な商売ではないか?

 夕刻からの野営に適するよう拓かれた広場程度の空間も使節団が使うにはいいが、集落を作るには狭いだろうと思う。二日目以降は一行が到達すると野営地には簡素な木の台と捧げ物が置かれていて、受け取ると監視役らしいエムブレポ兵もしくは精霊の気配が遠ざかった。

 捧げ物には六つの大部族のどれかを示す印が残されており、小部族の印と捧げ物が添えられている事もあった。妻は捧げられた信仰をこそ喜び、祝福や加護を与えてやっている様子だった。捧げられていたのは干した肉や魚に果実に木の実と言った食糧の他、蔓のようなもので編まれた檻に入れられた野獣の子がいた事もあった。マカリオス配下のエムブレポ精鋭兵の手に掛かれば食肉として扱われていたがね。調理して振舞われれば、食べ慣れないが独特の味わいだった。ミーセオでは愛玩動物として売れるかもしれないそうな。


 道中、スダ・ロンは度々イクタス・バーナバと交渉の場を持ちたがった。対する俺の女神はつれない態度であった。スダ・ロンは切り拓かれた道を使って交易をしたい立場で、イクタス・バーナバは力無き者が不当に抱え込んでいる財貨を略奪する事を是とする女神だ。容易に交わるものではない。


「イクタス・バーナバからエムブレポの民にミーセオの民からの強奪の禁止を命じては頂けませんか?」

「エムブレポにおいて弱き者が不当に財貨を持つ事はない」

「と我が妻は仰せだがね、スダ・ロン。

 ミーセオが所有するものをミーセオの民が運ぶから強奪の心配をせねばならんのであって、ミーセオでエムブレポが買い求めたものはエムブレポの民に運ばせれば済むのではないか。ミーセオが売りたいのは男の奴隷なのだろう」

「帝国としては旅人と隊商の通行に対する一定の安全保障が欲しいのです、ミラーソード様。部族間の争いが激しいままでは、拓いて頂いた道も通商路として機能致しません」


 遊牧民めいて移動している六つの部族はエムブレポの王族の指示をほぼ聞かないそうだ。互いに争い、男と食糧の奪い合いをしていると言う。マカリオスによれば時代によっては我こそが女神を直に奉るべき部族だと主張し、陽銀の部族が強固に守っている夏の都を攻める事さえあったと言う。奉じる神に命じられれば聞き入れるだろうが、俺の妻には帝国の求めに応じて隊商なり旅人からの略奪の禁止を命じる気がない。


「帝国領内であっても山賊だの冒険者崩れによる強盗、或いは魔性による襲撃は少なからず発生していよう? エムブレポ領内では部族単位での組織立った山賊活動があるだけだ。それほど大きく事情が異なるとは思わない」

「ミーセオの民が庇護を求め得る拠点と正規の軍事力の存在は必要不可欠です。

 宿場町の整備とエムブレポもしくはミーセオの軍事力による交通の保障があれば、エムブレポは国土の広さに見合った発展を遂げましょう。帝国の提案は両国に利がございます、ミラーソード様」

「そうは言うがな、大使よ。帝国兵のエムブレポ内の駐在など我が妻が認めぬし、宿場町の整備を請け負う部族があるかどうか俺は知らん。まだ各部族との予備交渉が必要な段階ではないか? 官僚の領分だと思うのだがな」

「お言葉ながら、ミラーソード様はエムブレポとの交易の確立にあまり積極的でいらっしゃらないように感じられます」


 俺は可能な限り二人の間に立って妻寄りの援護をしたが、帝国側に敵対していると看做されない程度には帝国も擁護した。それでも大使スダ・ロンには苦言めいた事も言われたよ。俺なりに帝国に肩入れはしているのだがな、サイ大師。俺が手加減なしに力を振るい、リンミニアが交易の利を掻っ攫っても良いのだぞ?


「エムブレポの地下に広がる地底湖で獲れる魚は特段に旨いそうでな。

 鮮度の良い高級魚をリンミへ輸入する事には個人的に関心があるのだ。陸路でのミーセオとエムブレポとの直接取引が困難ならば、リンミニアがエムブレポとの直通転移陣を設置して交易の橋渡しをしても良いとは考えているよ。なあ、ダラルロート?」

「ミラーソード様の仰せの通りです」


 初耳だなどとは露ほども匂わせずに同意してくれる大君の頼もしい事よ。

 俺なりに妥協可能な提案をしてはいる。帝国側の権益の主張を助けるのも建前上の使節団の長としての義務のうちだが、リンミニアの支配者として権益を得ようともするぞ。


「妻の民であろうと、俺の民を不当に扱うならば慈悲は与えぬ。リンミニア領内で不遜な真似をした罪人は俺の手で聖火堂へ送ってくれよう」


 聖火堂の地下に捕らえておく生贄はこの所不足気味でな。母の魂洗いの為に少々喰い過ぎた。エムブレポとの交易で物流に良い刺激を与え、リンミニアの人口増加を早めたいと言う思惑はある。


「帝国の民にも同様の庇護をお与え下さいませんか、第三使徒ミラーソード様」

「俺はアディケオの第三使徒にしてリンミニアの支配者であり、イクタス・バーナバの夫だ。俺の力が及ぶ範囲はリンミニアと夏の都からそう広くはない。妻の力と俺の力は別のものだ。広大なエムブレポ領内の些事まで請け負っては反故にする事になろうよ」


 妻の力は強大だが、俺のものではない。俺の肉体を介して振るわれていても、妻のものだと言う意識を失った事はない。受け取った信仰に応えるようにしてささやかな加護を授ける感覚は快く、呑まれたくなる事もあるがね。土地と結び付いた神は確かに強大だ。


「荷を奪われぬ程度に強ければ取引に応じるのがエムブレポの流儀なのであろう?

 充分に守りが厚ければ襲われまいよ。輸送費なり人件費が掛かるのは致し方あるまい」

「ミラーソード様に常設型転移陣を敷かれますと、ミーセオ側ティリンス地方からの陸路での輸送は不利になりましょう」

「必要ならミーセオも転移陣を敷けばいいではないか。帝国内の転移陣についてはサイ大師とジャオ・ハンの管轄だと聞いているぞ。召喚術を極めてはいない俺よりも魔力効率のいい陣を敷いてくれるだろう」


 転移陣は陣法で作成する召喚術の産物だ。一対の転移陣が遠く離れた二点間を連絡する。距離と移動人数に応じた魔力供給は必要な分、交通量を制限し易いと思う。転移陣ならばいざと言う時に破壊が容易なのもいい。片側が破壊されれば機能しなくなるからな。

 帝国内では転移陣は厳重な管理下にあり、高位術師が定期的に市中の不法転移陣の摘発を行っているそうだ。法を犯して捕らえられた召喚術師は、帝国に恭順を誓うまで幽閉される。決して逃げられないと聞いていたが、もしかすると幽閉先は煉獄なのかもしれない。


「リンミニアの方が巨大なミーセオ帝国よりも足回りは軽い。

 俺は許可を申請する書類の往復を何週間も待つ気はないぞ、スダ・ロン」


 サイ大師とミーセオ皇帝が印を捺してくれれば済む話ではあるがね。なあ、大師よ? そう言う目で見てやってもスダ・ロンは微笑むばかりで、大使の化けの皮を脱ごうとはしないのだ。

 結局、イクタス・バーナバとスダ・ロンは交易について合意には達しなかった。俺が転移陣を敷いてリンミとエムブレポの夏の都を繋ぐ許可は貰ったよ。



 エムブレポの密林にはミーセオにとって価値のある商品がある事はあるようで、ふらりと姿を消したエファが何やら密林の中から毛並みの良い漆黒の野獣を狩って持ち帰って来た事があった。車列を組んで進む一行を襲いたげにうろついていたそうな。

 ダラルロートが理力術を操り、大きな羽を持つ蝶を捕えていた事もあった。リンミへ長距離転移で持ち帰り、標本にさせたそうな。ダラルロートの審美眼に耐えた蝶は確かに美しい個体だったし、僅かながら魔力を宿してもいるようだった。

 比較的近くで吼えた竜らしき気配に、手頃な獲物だからデオマイアへの土産にしようと母が言い出した事もあった。大した手間ではないので俺と父と母とマカリオスで狩ったが、密林に紛れるような緑の鱗を持つ緑竜(グリーンドラゴン)成竜(アダルトドラゴン)だった。取るに足らぬ魔獣であってもでかい命は喰い応えがあっていい。母の戦槌は竜の巨体を難なく打ち倒したし、マカリオスの振るう斧も大した切れ味だった。竜も吼えずば討たれまいに。

 父はと言えば見知らぬエムブレポの食材の味を知りたがり、エファと分体を交代して貰ってまで味わおうとして母に抱擁されていた。記憶操作された母でも父を前にすると抑制が甘くなるようで「そなたの魂をくれ」などと不味そうな事を口走っていた。母の愛情表現にむしろ父は嬉しそうだったが、父の五分の一よりも小さな魂を母に取って食われては困る。父はすぐに鏡の剣へ戻らせた。


 他にも細々とした出来事は幾らでもあった。……俺とアステール以外の面々は夏の都への旅を楽しんではいないだろうか? 楽しくないよりはいいと思うが、俺達は微笑みを崩さない大使スダ・ロンから目を離さずにいられただろうか。改めて皆の行動を振り返ると自信がなくなる。監視しろと言えば目を離さなかったであろうアステールを出すべきだっただろうか。


 そんな俺達が徐々に高くなる標高を感じながら車列を率いて進み、エムブレポの首都である夏の都に辿り着いたのはパラクレートス関所を発って六日後の事だった。

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