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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
自称暗黒騎士ミラーソード
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14. 支配

「鏡は俺に『毒でも聖でも邪でも何でも使え』と言ったが」

「言ったね」

「俺も鏡に手本を見せてやる事にした。身を隠すのは好かぬ」


 一月前、第七使徒を名乗るか弱き使徒を喰らった後。生贄の質が良かったものか、活力と充足感に満たされた俺は一つの事業を思い付いた。閃いた、と言うべきだろうか?

 俺は一日のうち太陽が最も高くなってからの一刻のみ、リンミ太守の館へ長距離転移(ロングテレポート)で足を運んでいる。リンミの市中は貧民窟の領域を大幅に削って進行する大規模工事への市民の動員と建築資材の急速な集約手配により、資金と人材が激しさを伴って循環している。俺がそう命じた。


「水利の街を水に投じた毒で害すると言う発想そのものは悪手ではない。

 侵略軍の指揮官がリンミを課題として与えられれば、調略の一環として毒は優先順位の高い選択肢であろう」


 俺も選択したからな。

 正装のリンミ太守と法衣姿の司教を前に話を続ける。


「だがミーセオによる腐毒の制御はよろしくなかった。

 守りは薄く、アガシアのか弱き使徒に食い破られる寸前であった」

「ミラーソード様の仰る通りでございます」


 司教が口を開き、(こうべ)を垂れる。ミラーソードと言うのは俺を呼ばせている名だ。鏡には「何たる安直!」と詰られたが、支配者の名は安直なくらいでよいと俺は思う。従属させた者どもの前ではどうせ鏡と話す。『鏡の剣の方が本体なのではないか』と勘繰る手合いにはせいぜい無駄な準備をさせてやろう。


「私が手を加えて一月経った」

「進捗を御報告させて頂きます」


 補佐官が太守と俺に幾つかの書面を配る。目を通しつつ太守の報告に注意を払う。現状を把握できていない無能ならば太守を挿げ替える意思はあったが、合格点を出せる執務状況を示した。駒として引き続き使ってやる事にする。

 俺が命じた事は多い。市民階級制の導入。リンミニア貨幣の鋳造。銀行の改革による悪銭の回収。汚職の一掃。駐在軍の強化。聖火教の設立と公認。貧民窟を潰し、大火葬場たる聖火堂の建設。段階的な墓地の廃止と火葬の徹底。街を守る浄化結界の設置。リンミ湖特定区画内での腐魚の養殖。冒険者協会の実質的な機能停止と所属員全てのリンミ駐在軍への徴兵。

 太守と司教の疲労度合いを軽減すべく、俺が特別に水薬(ポーション)を煎じてやった程度には二人は激務の渦中にある。変化は速く、こうして俺に報告する時間さえも惜しいのが実際の所だろう。当分は薬漬けで扱き使ってやる。なに、リンミ市民は総じて頑健であり高い士気を持ち、市に対して献身的だ。駒も仕事を割り振る先には困るまい。



 腐毒の源に触れてみれば「俺が作る毒の方が強い」とすぐに結論が出てしまってな。俺はリンミを縦断してリンミ湖へ流入する河の源泉を俺の毒で侵した。腐毒を参考にして産み出した特別に強烈な毒だ。効き目を受け入れる者は誰も殺さないのだから薬とさえ言ってやってもいい。腐毒に悪影響を受けて苦しんでいたリンミ市民の多くは“治療薬”として受け入れ、即日に回復した。回復後は精力的に働き始める。所属する市の為に、市民自身の栄達の為に。捧げ物となる最下層市民の烙印を免じられる為に。


「えぐい毒を撒いたもんだよね、ミラー。悪属性への転向と引き換えの肉体強化と士気高揚だなんて。

 効き目を受け入れないと周りの市民との差が付いて、みるみるうちに階級転落だ」

「階級格差が確定した頃には毒が消えても問題はない。リンミ在住の少数派は淘汰される。

 鏡の非道は規模が小さいからいちいち露見を恐れねばならんのだ。大胆になれ、広範に支配せよ。法を発し、敷く側に立て」

「ミラーは鏡と違ってミラーなんだな、とは思ったよ。うん」

「監視は支配者の行いではない。下々が相互に、自発的に取り組んでこそのものだ」

「ごめん、年季の入ったお言葉に鏡は正直引いちゃう」

「忠臣には報いる用意をしている。……鏡のようにな。

 俺は支配者として寛大であり、強欲ではないつもりだ。統治に見合った相応の命を税として受け取るまでの事」


 俺としても試したい事はあったからな。

 リンミは実験場でもある。聖句を縫い込んだ御札を手に考える。俺の施策で忌まわしき者共をリンミ一帯からだけでも根絶できたならば、支配範囲を広げる事を考えよう。政策として火葬を徹底し、正しく弔い清められた遺灰は水に流す。この世から奴らを滅ぼし尽くす為であれば、山中の自宅で彼女と過ごす快い時間を削る事さえ妥協しよう。


「これはつまり、使徒としてのお手本的な?」

「俺の考える神の使徒はこういうものだぞ、鏡よ。

 たかが街一つ、使徒が単騎で掌握できないはずがなかろう」

「そういうものなの、ミラー?」

「俺に従属せよと命じられる事は下々にとって救いであろうさ」

「うわあ……。君ってば本当にミラーなんだね……」


 支配に関して鏡から助言らしい助言はなかった。あれだけやかましく喋る鏡がむしろ引き気味でさえあった。

 ああ、絶え間なく増える仕事量と激務の連続に疲労で死にそうだった太守と司教に水薬(ポーション)を煎じてやったのは鏡の横槍だったか。他は俺の領分だ。力と財貨を与えてやった分、命を税として受け取り己が物とする。リンミが人口を増やし、勢力を増させれば納められる税が増える。俺は喰らった命を市の勢力拡大に幾許か投資する。良い循環だ。支配とは交易よりも遥かに収益性の高い事業だ。



 リンミ市民は俺をミラーソードと呼ぶ。リンミの真の支配者、暗黒騎士ミラーソード卿と。


「ねえミラー、あくまでも暗黒騎士だって言い張るの? 君は魔術師としての方が強いからね?」

「鏡よ、二万の市民が俺を暗黒騎士と呼んでいるぞ。二万の口に対して鏡の身一つで勝負になるのか?」

「……ああ、うん。そうね。君の毒、強過ぎだろうよ……」


 俺の眼前に鏡面の刀身を晒して浮き、ぼやくように言う鏡。

 山中の心地よい家に帰れば、暗く澄んだ橙色の愛らしい彼女が膝の上へ来てくれる。俺は命と金銀を紡いで回す糸車遊びをそれなりに愉しんだ。

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