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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
ミラーソードと硝子の剣
136/502

135. 癒着

 翼状だった烙印は防御しなかった。それどころか、母に命じられたのか勝手に紋様に戻る有様だ。母に刻まれ、父に清められた烙印は母の手を阻む役に立たなかった。仕込んでいた小細工はお化け対策が専らだった。

 分体を与えていない母の手に貫かれる事は俺の想定になかった。肉体を後ろへ傾がせた俺自身は魂洗いの柄杓(ひしゃく)を支え切れなくなり、満たしていた液体を母共々浴びてしまった。俺の魔素に対する抵抗力を物ともせず肉を無視するように染みて来るものが何なのかは正直な所、解らなかった。腹を貫いた母の手が心臓として機能している部位を握ったのは感じられた。


「ミラー!」

「跪け」


 鞘から逃れるように念動力で飛び出した鏡の剣から父が悲鳴を上げ、サイ大師は命令を下したが母は笑った。効いていない!? サイ大師の召喚に応じて鏡の剣から引き出された魂だろう? なのに支配下にないのか?


「母さん」


 擬態を維持していては命を落とすと感じ、とっさに本性を現した。どこから出したのかは解らなかったが声は出たし自意識を失う事もなかった。漆黒のスライムの図体は俺が考えていたよりも大きく、肥大化していた。

 全裸の母は黒い血と柄杓(ひしゃく)から浴びた液体で精神体を染めていた。心地良さそうに目を細め、腕から精神体の全身を沈めるようにして侵入を試みられる感触を喜びたがる俺を叱咤する。そうじゃない、嬉しくないぞ! 抵抗しろ! 明らかに正気でない母に支配されたらえらい事になる!


「腐敗の邪神の神子(みこ)よ、護符を弄っていたか」

「うん、サイちゃんの小細工なら僕が解いておいた」

「こうした事故に備えた仕組みだった」

「そうね。お母さんがよく調べろって言うし、実際仕掛けがあったからさあ」


 父とサイ大師が話し合う声を聞きながらも、生やした太い触手を振り回しながら振り払いを試みたが母はお構いなしだ。拒んでいるのだが擬態の血肉を貫いた箇所からずるりとした重苦しい圧迫感と共に入り込んで来る。快く感じられるのが非常に不味い。

 今ならダラルロートに粘着質に(なじ)られるのも正気を維持する助けになる気がする。煉獄に堕とされてから存在を感じられないイクタス・バーナバよ、俺に力を貸してくれないだろうか。このままでは妻の寝所を母同伴で訪ねる事になるぞ!


「どうすりゃいい、耐えられ―――耐えずとも良かろう?」


 いよいよ不味い。血肉の一部を完全に持って行かれたのか(よこしま)な母の意志で俺の一部が喋り出した。母の声と意志が俺の中で大きくなり、混ざり合ったのを感じた。俺が警戒すべきだったのは信仰神と上司よりも邪悪さを露わにした母だったのか!? やっぱり一番ヤバいのは母さんじゃないか!!


「愛している、我が子よ。少しだけ抵抗を緩めてくれまいかな」

「愛しているが、母よ! なんか不味い事になる気がしてならん!」


 イクタス・バーナバを神降ろししている時の感覚を思い出せば俺も喋れた。どうにか振り払って排出しようとはしているのだが、柄杓(ひしゃく)から浴びた液体が母を助けてしまっているのか侵入が止まらない。負傷も癒していないから痛い。根本的な問題として、母の存在感を心地よく感じる俺の性根をどうにかせねば押し負けるぞ!!


「サイちゃん、どうしようね?」

「濃過ぎる源泉を浴びた欠けた魂同士だ。癒着しようとする」


 父と上司が頼りねえな! 俺に採れる手は少なく、意志力の押し合いは現状で劣勢だ。振り払おうと動かせていた触手は一本また一本と制圧され、母に降参したように垂れ下がる。情けない限りだ、俺の触手は裏切り者揃いだよ!


「ミラー、少しだけ委ねてくれれば済む事だ」

「済ませたら後戻りできない類の事をしようとしているだろう、母よ!」


 引き揚げた液体を切り離せないものかとも思うのだが、一体どこに消えたのか皆目解らない。

 母への好意が邪魔をして全力では抵抗できていない。母への愛を辿るようにして母の意志がスライムとしての血肉を徐々に制圧する感覚は俺を焦らせた。術を自傷覚悟で使おうともしたが、井戸に注いでしまっていて魔力そのものが残り少ない。部屋を壊すほど派手に転がり回って暴れる訳にも行かない。もはや自由になる触手はない。だが待てよ? 母から切り離してさえくれれば。


「父よ、切り離してくれ!」


 叫べば父よりも先にサイ大師が反応した。宙に浮いていた鏡の剣を掴み、さほど力を込めた様子でもなく振り抜かれた。滑らかな断面を晒して降参状態だった触手が三本斬り落とされた。痛みは母が負ってくれたようで不快げな呻き声を聞く。素材としては充分だ。

 俺の意図を察したらしい母は触手を逃がし、或いは吸収し直そうとした。だが俺の方が速い!


「エファ、来い!」


 切り離された触手を分体に変えるべく、母に持って行かれている烙印を介さずにありったけの異能を投射した。一本の触手が丸まって少々縦に伸び上がり狩猟服を着た赤毛の少年に姿を変える。残る二本の触手は不統一な命令に苦しんで暴れ、もがいた。……千切れるようにして自壊した触手の一部が井戸に落ちたようにも見えたが、見なかった事にしたい。


「やっと呼んでくれたんだね、ミラー」

「できるならやれ!」

「エファ、私はミラーを傷付けたいのではない。愛する時間をくれるだけでいい」


 サイ大師と父よりもエファの方が母にとっては脅威なのか、俺には甘く聞こえる母の声がエファを制そうとした。制止を受け入れず、エファは母が支配してしまった部位に手を触れた。父とサイ大師が揃って有効打がなさそうにしている以上、どうにかできるとしたら愛くらいだ。愛の異能の発現を感じたよ。


「触れ合いたいなら強引にしちゃダメなのだよ?」


 神族の血統が母が制圧した部分の肉体の支配を中立に戻してくれたのを感じ、母の支配領域へと己を強いて押し込んだ。属性転向すら復元する愛の異能だ、肉体の支配権も復元してくれたよ。俺は母に発声を許さず、上位者として振る舞う。


「エファの言う通りでな。母よ、強引なのはよくないと思うんだよ!」

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