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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
ミラーソードと硝子の剣
128/502

127. 煉獄の半身アディケオ

 血のように赤く染まった泉が放つ悪の瘴気は濃密であり、善属性の者には明らかに有害だ。ダラルロートはともかくアステールには辛かろう。両肩の烙印が強い属性力に呼応し、翼状に実体化して広がる。イクタス・バーナバが泉から這い出して来た存在に対し、俺の口で言い放つ。蛙の分霊と言い、アディケオは俺の信仰神なんだがな!


「相変わらず醜き事よの、アディケオ」


 なるほど、その身の醜悪を覆い隠すと言われる訳だ。半身の焼け爛れ加減は只事ではない。泉の底で冷やされていたらしい半身は灼熱し、隠れる(きみ)の御所を覆う霧で冷やし切れそうには到底見えない。地獄で感じたような熱気だが、何かが違う。悪属性と狂属性の複合ではない。―――煉獄の一角を満たす統治されし不正の瘴気だ。


「卑しき魂泥棒のイクタス・バーナバめ。我々が同意可能な契約を用意した。聞くがいい」


 神が放っているのは統治の権能により正属性を帯びる瘴気だった。明白に敵対的な声音が俺の身に突き刺さった。繰り返すようだが俺の信仰神のものだ。焼けていない半分は逞しい男の姿形をしているようにも見える。だが顔は全て焼け落ち、赤く燃えながら焼け続ける半身と境なく繋がった姿に美しさを見出す事は困難を極めるだろう。御所の霧が集まり、アディケオを冷やそうとしている。これがアディケオの真の姿なのか? ―――あくまでもアディケオの影だ。本体は神界に在る。


「ミラーソード」

「治水の君アディケオよ」


 俺の名を呼ぶアディケオに応え、跪く。イクタス・バーナバは嫌だろうが、俺にとっては霧を纏う灼熱した人型が俺の奉じる神の一柱なのだ。向けられている神威は強大だが、俺であれば面と向かって会話ができる程度だ。おそらくは相当に抑えられている。


「分霊の提案から条件を変える。受けるならば魂洗いの秘儀を授け、源泉への立ち入りと汲み上げを赦す」

「伺いたく」


 アディケオの言葉には威厳がある。統べ、率いる者の気概が確かに宿っている。灼熱に焼かれ続ける半身の苦しみを感じさせない男の声だ。焼かれた顔の中で見開かれた目は全ての不正を知り、統治への欲望に燃えている。隠れる(きみ)の御所の霧は王者の衣めいてアディケオを覆おうとするが、焼け爛れた肉体に触れて瘴気と化している。


「使徒としてアディケオに仕えよ」

「はい」


 使徒であり続ける事は問題ない。他の項目をイクタス・バーナバが妥協できる線まで下げてくれようか。それとも少しばかり苛烈になっていようか。


「エムブレポで子を成すならばミーセオでも同数の子を成せ」

「受け入れられる」


 子を作るなら両国で同数を、と要求され俺は即答で受け入た。イクタス・バーナバも異論はないようだ。


「アディケオの許しなくアステールの魂を他神に渡す事を禁ずる」

「それってアディケオ自身が不当に剥がされないよう守ってくれるのかしら?」

「必要な護りは与える」

「ならオッケー」

「であれば受け入れられる」


 厄介な条件が来たかな、と思ったがそうでもなかった。父の声音は普段通りに適当でいい加減そうに聞こえるが、必要な助けだった。


「ミラーソードは狂土エムブレポを掌握せよ。魂洗いを赦すのはミラーソードが掌握し、ミーセオ帝国との国境線を維持している間に限る」


 ……契印を捧げよ、と言う訳ではないのだな? 俺は返答に悩んだが、魚の目が俺を見た。イクタス・バーナバは何事かアディケオと意思を交わしたらしい。


「イクタス・バーナバとアディケオの間で契約の締結は可能だ。ミラーソードが同意するならば直ちに魂洗いを赦す」


 直ちに、と言われれば俺の心は揺らいだ。しかし問い掛けはする。


「母よ、父よ、ダラルロートよ。アステールもだ。履行できると思うか?」

「問題ないと思われます」

「いいんじゃないの」

「我が子が受け入れるのであれば異議は唱えない」

「……受け入れられるが、儂の魂を縛るのは何故か問うても?」


 アステールは拘束の理由を訊ねて来た。返答しようとするであろう神の強大な悪の神威に耐えるアステールへの防護を手厚くする。しかし不十分だっただろうか。灼熱する腕を向けられたアステールは膝を付いた。


「アガシアの望みだ」


 アステールの仮面がアディケオに取り上げられ、一瞬赤熱した。魔力回路のようなものを刻まれたように見えたが、神の(わざ)は俺の理解を超えていた。仮面がアステールに吸い付くように着けられると低い呻き声が上がった。イクタス・バーナバの苛立ちが聞こえる。―――アディケオめ。


「イクタス・バーナバとミラーソードの婚姻については認めよう。異論はあるまい」


 異論はあるまい、と信仰神に言われて異論を吐けるほど俺の根性は据わっていなかった。俺、結婚相手が双頭の銀ぴかの魚の神で確定しちまったぞ。イクタス・バーナバは嫌いではない。嫌いではない以上、愛せるとも思うが。苛立ちが一転し、魚の目の喜びを感じた。


「魂洗いを赦されるならば喜んで」


 そう答えるより仕方なかった俺にアディケオは霧の衣を纏う焼け爛れた手を伸ばした。掴み取られ、引き寄せられた俺は赤く染まる泉の縁に立たされていた。覗き込めば様子が変わる。狂った悪に満ちる地獄の広大で混沌とした様子とは異なり、何やら秩序立った冥府が見えた。


「受諾により契約は成立した。ミラーソードは煉獄にてサイに学べ」


 俺の視界を焼け爛れた神の半身が占めた、と認識した時には既に堕とされていた。初めて踏み入る冥府、正しき悪によって統べられる煉獄へと。

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