11. 水と魚
俺が上空から転移でリンミに降り立ってみれば、周囲に存在する生命体の活力のなさが真っ先に気に掛かった。健康を害した個体が多いのか? 不自然に病んでいるように思えたので適当に選出し、ざっと鑑定した。巡回の兵士を見ればこう。
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氏名 : ドーソン
年齢 : 32
属性 : 正善
種族 : アガソニアン
レベル : 4
クラス : 兵士4
状態 : 弱毒
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体調不良に耐えながら市場で働く若い男を見ればこう。
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氏名 : ヨハンソン
年齢 : 14
属性 : 正善
種族 : アガソニアン
レベル : 1
クラス : 商人1
状態 : 毒
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破廉恥な布切れを纏う女を見ればこう。
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氏名 : 氷の魔女シャンディ
年齢 : 21
属性 : 正中庸
種族 : アガソニアン
レベル : 8
クラス : 魔術師8
状態 : 正常
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身形が悪く、俺に不躾な視線を浴びせる輩を見ればこう。
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氏名 : ピート
年齢 : 31
属性 : 狂悪
種族 : ミーセオニーズ
レベル : 6
クラス : 無法者6
状態 : 健康, 大胆(士気高揚)
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「なるほど。次は水を調べるの、ミラー?」
「そうだ」
鏡に言われるまでもなくそうするつもりだった。俺は戦槌を担ぎ上げ、左手には鞄を提げて街を歩く。心得も何もなく後ろを尾けて来る人物は何であろうな?
適切な対象を探す。公共の水場、住宅の中の井戸、湖水、河水、瓶詰めされた飲料と興味の対象は多いのだが……俺は何をしているのかとは思う。俺はそれほど好奇心が強かっただろうか。それとも、喰おうと思っていた餌場の蛮族が俺の与り知らぬ理由で不審に弱っているのが気に入らぬのか。他の理由は思い当たらない。
「うん? おやつにするの?」
「ここが良い」
鏡には短く応え、川沿いに建つ川魚料理を出す飯屋を選んだ。リンミで獲れる魚類は良質であり、長期保存に耐えるよう加工された品が国内外に輸出され嗜好品として歓迎されていた。そんな記憶がどこからか出て来た。父か母か、或いは生贄が、かつて賞味した経験を有していたのだろう。
「あいやー、貴族の御方がウチみたいな店にいらっしゃるとは」
「気にするな、私はそのような身分の者ではない。珍味を好んで食して回っている放蕩者よ。
一つ問うが、表の木板に魚を出せないと書いていたのは何故だ?」
「ああ、船で御旅行にいらしたので? 当局のお触れで今は魚をお出しできませんのよ」
「ミラーが私とか言ってる」
蛮族には聞こえぬ雑音めいた鏡の声を無視しつつ、俺は飯屋の男に鑑定を向ける。過去、兵役に従事した経験が伺える体格であり、街中にいる多数派の蛮族とは毛色が違う。肌艶は良く、血色も悪くない。更に心術による探査を加えた結果、バシレイアンと見做した俺を善属性であろうと推察していた。認識を少々改竄し、情報を聞き出し易いよう魅了するなど容易い事だ。
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氏名 : ルシャン
年齢 : 40
属性 : 正悪
種族 : ミーセオニーズ
レベル : 3
クラス : 兵士3
状態 : 健康, 大胆(士気高揚)
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「そうなのか」
俺の鼻腔を擽っているのは店内の客に供された魚料理の匂いだ。川魚を醤と砂糖で煮たような香りがする。
「あれと同じものがいい。良い酒も欲しいな。河を眺めながら食事をしたい」
視線で席を示し、ちゃらりと金貨を摘んでくれてやる。バシレイア貨幣は遠隔地でも有利な為替で取引される。この地域で主に流通する悪銭混じりのミーセオ貨幣よりも信頼性が高い。俺にとっては変成術で貨幣を偽造する際、バシレイア金貨が作り易かったと言うだけの話だがな。
「おお、遥々バシレイアからお越しでしたか!
少々お待ちくださいませね。自慢の一品を御用意致します」
「まあ、おカネの力だよね」
揉み手をせんばかりの勢いで敬語をきっちりと使い始めた男に案内させた席で、俺は河を眺める風を装い酒を嗜む。不味くはない。或いは俺が自作する酒の質がよろしくないのか。
「ミラー、どんな味なのか鏡に教えてね?
鏡はミラーが外食するの珍しいから気になるの、解って?」
食事の間も鏡がしきりにせがむのは実際やかましいとは思ったが、俺は独り言が多くなり過ぎぬ程度に俺好みの美味い煮魚について感想を言ったつもりだ。
「甘みと旨みの調和した良い具合だ。さて具が良いのか調味料が良いのか……」
「あーん、まだるこしい! 記録もしたい! ミラー、鏡の為にこの店にある調味料とお酒を買ってちょうだい!」
鏡が幾ら喚こうとも蛮族には聞こえぬのだから気楽ではある。鑑定すればこう出た。
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名称 : ルシャン特製リンミ湖産腐魚の旨煮
状態 : 悪毒
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なるほど美味い訳だ、と納得した俺は皿を平らげもう一皿を用意させた。