104. 双頭の狂魚神イクタス・バーナバ
近頃の俺はどうかしているぞ、どうやっても記憶の辻褄が合わない。俺が統率すべきティリンスの情勢をよく理解していないし、魔力付与をしていたはずなのに暗黒騎士で夏殺しなんて付与にしては訳の判らない構成でしかもエファに泣かれていた。いよいよ気が触れたんだろうか、俺。
「なあ父よ、母よ。この所どうも調子が悪い」
「無理な属性転向による障害であろうな」
「属性は悪から中庸だったのだからそのうち馴染むとは思うけどね」
鏡の剣の中に住まう両親に聞いてみても今ひとつな答え。俺の分体に振り分けている面々にしても、最近は何を話したのか記憶に残っていない。
「意識つうかさ、記憶が飛びがちになってる気がするんだよ」
「あらやだ、うちの子ってばまだ1歳なのに惚けが始まってる」
「手持無沙汰か? 親しい友がいるなら手紙を書くのも良いのだがな」
「へえ、手紙か」
母は手紙など書くのか? 言われた時にはちと想像できない絵面だったが、誰に出すとも知れぬ手紙を書いてみて理解した。俺、こういう作業するの嫌いじゃない。今日は何をしたか、どこに行ったかと言った他愛無い事を書くのが楽しい。特に夢の話を書き出してみると楽しい。紙に書き出さなければすぐに忘れてしまうのだが、俺はなかなか妙な夢を見ていたよ。頭と尾にそれぞれ頭がある銀ぴかの鯖かね、胴の太い魚だ。そんなのが俺に話し掛けて来る夢だ。銀ぴかの魚はあまり口数は多くないが、父となら気の合いそうな奴だよ。そう思っていたら、魚は父と一緒に夢に出て来た。
「エピスタタさえぶっ殺せば荒ぶってるうちの子は鎮まると思うのよ。
……そうなんだよ、イクちゃんは解ってくれるかい。専用クラスなんてふざけたもんはこの世から根絶しないといけないよ。
普通に魔術師してる善良な神子様舐めてんのか、あの野郎」
イクちゃんと呼ばれた魚とよくわからぬ肴が満載された卓を囲み、酒を飲みながら殆ど父が一方的に喋っていたがね。肴は解らぬなりになかなか美味く、俺も馳走になった。
「ああ、気になる? うちの子はそろそろいい感じだから―――できると思うよー? なんなら、試してみる? 」
ちょいちょい、と紫の長衣を着崩してだいぶ出来上がった様子の父に招かれたので妖しく輝く銀の髪に触れられるほど近付いた。
「父よ、神前で酔い過ぎではないのか」
「大丈夫、僕とイクちゃんはイクちゃん神子ちゃんと呼び合う仲よ?」
「だといいがな」
父の長衣を直してやれば、懐から何やら彫り物のようなものが転がり落ちた。銀ぴかの鯖を真似たような魚の胴をしていて頭と尾の両方に頭があるが、どちらも人の顔をしていた。
「母か? いや、俺か」
金と銀の髪だから俺だな。片方の俺の顔はどこか呆けていて、もう片方の俺は怒り顔だ。
「ああ、それそれ。イクちゃん、どっちにするぅ? 能力は同じくらいあるよー」
「善き」
銀ぴかの鯖が両方の頭で口を開くと父が持っていた彫り物の片側が真ん中で千切れ、右側の魚の口許へ飛んで行った。魚が受け取ったのは呆け顔の彫り物だったようで、父の手元には怒り顔の彫り物が残った。
「それじゃ、イクちゃん。お取引ありがとー」
「快し」
イクタス・バーナバの分霊は満足したようで、酒席はお開きとなった。それからと言うもの、俺の記憶や意識が不自然に途切れる事はなくなった。