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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
ミラーソードと夏殺し
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102. 拒絶の為の拒絶

「なあ、ヤン・グァン。俺はアガシアだけは絶対の絶対に三乗掛けて六十足したくらい嫌だ。とにかく絶対にお断りだ。まだノモスケファーラに臣下の礼を取る方がマシなのではないかとさえ思う」

「……ミラーソード様がそこまで仰るとは」


 精神的な不安定の原因は把握しているのだ。俺は己自身がでっち上げた宗教集団である聖火教の本拠地、聖火堂で正しき悪の司教ヤン・グァンを相手に愚痴を聞いて貰っていた。年老いた司教を訪ねて気を落ち着けないと俺、近いうちに発狂するかもしれんぞ。任務の継続に重大な支障が出ている。


「いやさ! 臣と致しましても創世の時代よりアディケオを拒み続けた憎きアガシアがどれほど呪われようと全く構いませぬ、構いませぬが」

「問題があるのか」

「夏殺しと言えば歴然たるティリンス侯爵エピスタタの証であれば……」

「エファか」


 俺の正気が怪しくなっている原因はエファよりはエピスタタだとは思うが、心因には違いない。アステールに本をねだり始めたエファと頼りない現実感に不安を覚え、俺は独り転移して聖火堂に来ている。


「アガシアの神血を受け継ぐ家系の者を傍近くに置く事は危険ですぞ、ミラーソード様」

「知っている」


 俺は力なく笑う。エピスタタのクソ野郎が俺を蘇生させる媒体にしたエファは俺よりも強い権限を幾つか握ってしまっている。今の俺は控え目な表現としてエピスタタの奴隷だ。おそらく俺自らの手で殺してやるまで気は晴れまい。

 奴だけはこの手で、母の力を借りた状態で汚い汁になるまで叩き潰して殺したいと願っている。その為ならば俺はどんな善神と正神にも辺り構わず庇護を願い、望まれる代償を捧げてやる気でいる。中立や中庸の方が俺に近いとは思うがな。今のようにエピスタタを必ず殺してやる、と憎悪を滾らせていると俺の奥底で何かが揺らぐのだ……。


「ミラーソード様が笑われると暗黒騎士殿に本当によく似ておられる……」

「そう恐れてくれるな、ヤン・グァン。俺はとにかく今、アガシアのそっ首を叩き落して蹴鞠がしたくてたまらんのだよ。アガシアとの間の子など要求して来たあの男は必ず惨たらしく殺すが、契約を成立させる条件がアガシアに限らぬ事だけは幸いだ」


 何しろ契約と引き換えの蘇生だからな。俺が一方的に契約に背いて反故にすれば支払われた代価、今回であれば与えられた命を失うだろう。契約条件を可能な限りエピスタタにとって最悪の形で満たしつつ、俺は奴を殺す。


 エピスタタにとっての最悪を追求する意志と熱意に俺の偽りの命をくべてやっているだけだ。本当に下らない契約だが、受け入れなければ背く機会さえなかったからな。必ずだ、必ず殺してやる!


 ……多分、俺はエピスタタに植え付けられたものを心底憎んでいる。

 俺に親しみ、愛して欲しがる赤毛の命を。視界内にさえいなければ俺はこうして算段を立てられるからな。腹の底に閉じ篭って蠢く狂気と折り合いを付ける為にもエピスタタに対する嫌がらせと手抜きには総力を挙げるし、アディケオが一刻も速くアガシアを消滅させる手助けをする。アガシアなどと言うふざけた女神を存在させているから、エピスタタが愛の権能など好き勝手に振るっているのだ。アディケオが捕らえたアガシアとの合一を果たしたなら、夏殺しなどと言う存在は記録から何から全てを完膚なきまでに消し去ってやるぞ。それこそ俺の母の名のように、誰の記憶にも記録にも残してくれるなと腐敗の邪神に祈ってやる。


「それでな、ヤン・グァン」


 俺は笑った。俺にできる限り、最大限に優しく。


「イクタス・バーナバが好む捧げ物と子種を授かる為の知恵があったら教えてくれ」


 イクタス・バーナバの属性は狂った中庸だと聞いている。なあに、狂った中庸なら俺の父がそうだ。交渉は可能だと思うのだよ。エピスタタは俺がイクタス・バーナバと交渉する事を禁じてはいない。俺はティリンス地方の全域を奪回すればよいのであろう? それがたとえ、ティリンス地方が完全にイクタス・バーナバの夏の権能に制圧されて人っ子一人いなくなった後であろうとも奪回さえすれば良いのだ。俺は何も契約違反などしていない。


 俺を中立にして中庸などと言う属性に転向させてくれた事は後悔させてやるぞ、エピスタタめ。完全に手段を問わないならば、強大なる規律神ノモスケファーラがどれほど魅力的な事か。属性が悪のままであったなら採らなかったあらゆる選択肢を考慮に入れ、殺してやる! 必ずだ!!


「……おっと。少々刺激が強かったか? すまぬ、ヤン・グァン」


 煮え滾る憎悪に身を任せていたら、ちと不味い気を発していたようだ。ヤン・グァンが視線を彷徨わせていた。


「俺はとにかく……なんだ。アガシアだけはひっくり返すのに失敗した焼きケーキの成れの果ての炭並みにダメだし、嫌なんだ。解ってくれ」

「……少々、調べ物にお時間を頂ければと存じます」

「ああ、だが俺に付き纏う赤毛の子供には可能な限り知られるな。すぐに嗅ぎ付けるだろうが、そなたは知らぬ振りをせよ。白々しく、さも心外そうにな!」


 茶を一口含み、俺は言う。


「俺もそうする。正気でいられる間に限った話だがな」

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