太陽を探して
じりじり照りつける緑色の太陽に、わたしは目を細めた。秋ももうじき終わろうかというころ、これはもちろん異常なことだ。
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最初の異変は一昨年の四月一日に起きた。春だというのに黄色い雪が降りみだれ、野原の花はすべて枯れた。それ以来きまぐれで奇妙な天気が続き、農作物もほとんどできない。
備蓄されていた食料のために最初はなんとか生きていけた人びとも、豊かでない国から順に、ぽつぽつと死者が出始めた。次はわたしや、わたしの愛する家族になるだろう。
こうしてわたしは、世界の天気を戻すための旅に出たのだった。
始めは近所の図書館の本を読みあさった。異常気象の原因はわからなかった。次に、国いちばんに大きな図書館の本を読みあさった。それでも異常気象の原因はわからなかった。それからわたしは各国の図書館を回った。やはり異常気象の原因はわからなかった。
やがて、わたしは図書館にはない記述を求め、古い町や遺跡をめぐるようになった。
世界各地の本を読み、さまざまな言語を学んだことで、いつしかわたしはどんな文も読めるようになっていた。
長い旅のすえ、わたしは朽ちた太古の文明の遺跡にたどり着いた。そしてかすれた石板に、とある文字の羅列を見いだしたのだった。それは歴史の記録であるらしかった。
「太陽が病気になった時、海へ出て、代わりの太陽を探してきた」
確証はなかった。しかし、これに賭けるしかないと思った。
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話を現在に戻そう。緑色の太陽により、緑色に染められた大海原。わたしはたった一人、あてもなく小さな船をこぐ。
代わりの太陽、という言葉を頭の中で何度も反芻する。今日で海へ出てから一週間になるが、それらしきものは見つからない。
陸はとうの昔に見失い、遭難中ともいえる。大金をはたいてもわずかしか手に入らなかった食料が、目に見えて減っていく。まるでわたしの残りの命を表しているかのようだ。
わたしはずっと空を見ていた。代わりの太陽というからには、空にあるのだろうと考えたからだ。
ふわふわと身軽に浮かぶ雲。絶え間なく形を変えるそれらは、やがてわたしの妻の顔になった。子どもたちの顔になった。父の顔になった。母の顔になった。かれらと最後に会ったのは二年以上前だ。かれらは生きているのか。死んでいるのか。
滅びゆく世界。うつくしい世界。明日の太陽は、何色にかがやくだろう。
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さらに二週間が過ぎた。未だに代わりの太陽は見つからない。
病気の太陽は、今日は赤くかがやいている。風はないが、気温が低いためにおそろしく寒い。
ここ一週間以上、何も食べていない。人間は意外にしぶとく生きられるのだな、とほとんどはたらかない頭でおぼろげながらに思う。
わたしはもう空を見上げる気力もなく、船のへりに頭を乗せて海をながめていた。赤く不気味に染まったのっぺりとした海には、魚はいるのだろうか。もう、とっくの昔に絶滅しているのかもしれない。
ふと、穏やかな水面に病気の太陽が反射していることに気付く。昨日までは、たいてい波が立っていたので気付かなかったのだ。
水に映る太陽は、驚くほどに近い。
わたしは代わりの太陽を探していた。太陽が、のどから手が出るほど欲しかった。代わりの太陽は見つからなかったが、あの太陽でもいいと考えた。
すでに限界がきていたのだ。代わりの太陽を探し続けるよりも、水面に映る太陽で妥協しようとした。
最後の力をふりしぼり、船から大きく身を乗り出した。手を伸ばした。
確かに太陽に触れたのが分かった瞬間、わたしは体勢を崩して海に落ちた。
世界が反転した。
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わたしは目をさました。白い天井が見える。
わたしはベッドに寝かされているようだ。起き上がろうとしたが、力がうまく入らない。女が上からわたしをのぞきこんだ。妻だ。かの女は涙を流して、わたしの無事を喜んでくれた。
どうやら、わたしは海を漂っているところを、通りがかった親切な船に助けられたらしい。すぐに病院に運ばれ、持ち物から身元が判明し、妻が呼ばれた。つまり、ここは病院なのだ。
わたしは、妻に太陽を見せてくれるように言った。妻はゆっくりとした動作で病室のカーテンを開いた。
昔と同じの、七色を内にかくし、純粋な白にかがやく太陽がそこにあった。元に戻ったのだ。
あなたが救った世界だよ、と妻が言ったので、わたしはにやりと笑った。
妻のほくろの位置が左右逆になったことに気付いたのは、もう少しあとのことだ。
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