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Hollow/うつろな

 真央を傷付けない方法を、私は知りたかった。

 好きな人について訊かれても、私には本当のことは言えない。言えるはずがない。

 思わず頷いてしまったあの日。本当のことを告げていたら、私たちはまだ親友でいられたのかもしれない。ひょっとしたら親友以上の存在に、なれていたのかもしれない。

 校舎内で地味な筋肉トレーニングを行いながら、私は、彼女のことばかりを考えていた。近くにいる仲間の声が、ほとんど聞こえないほどに。

 私は、真央が好き。友人としてではなく、ひとりの人間として。

 だから真央を傷付けたくなかった。真央の隣にいたかった。まやかしでも構わない。親友という立場に戻りたい。

 窓の外で降り続けている雨のように、私の心も泣いている。私の心の中に空いた大きな穴に、雨が溜まり続けている。

「村井先輩……」

 ソフト部の屋内練習は筋トレばかりで退屈。後輩の口調から、私が感じているのと似たような感情が伝わって来た。

「うん、飽きてきたね」

 梅雨時は身体が鈍るから、たまには校庭を思い切り走り回りたい。力一杯ボールを投げて、大声を出して。ひたすらに汗を流して。

 私ひとりなら、泥だらけになっても構わなかった。汗と雨でぐちゃぐちゃになりたいとすら、思う。

 真央のことを考えずに済むように。

「早く梅雨明けませんかね」

 運動は昇華。汗を流せば、嫌なことも流れていく。

「筋トレ疲れるし」

 私の感情は、流れてくれないけれど。

 同性が、親友が好きだなんて。私はきっと、どうかしている。

 たまに、私は本当は男なんじゃないかと思うときがある。背は高いし、胸はないし、それに。

「今日が明日の糧になるんだよ?」

 それに、私には、まだ。

「村井先輩に言われちゃうとなあ」

 女性の証が来ていない。クラスメイトの女子たちは、夏場のプールの授業を休んだりもしていたけれど、私は休んだことがない。

 前に真央に相談したら、面倒だから来てないのは羨ましいよ、なんて言っていた。

「ほら、階段ダッシュ」

 羨ましくなんてない。来ないと、期待してしまう。私が男なら、真央に惹かれてもおかしくないから。

「純先輩、キビシい!」

「厳しくないって」

 同級生も後輩も、友人や仲間としては好きだと思う。けれど、真央だけは、特別だった。

 私は別に、女が好きなわけではない。部活の仲間には、そういう感情を抱いたことはない。

 真央だけだ。

「純、どうする?」

 副キャプテンの洋子が曖昧に尋ねてくる。もちろん、彼女のことも友人だとしか思っていない。

「そろそろおしまいにしようか? 顧問呼んでくるよ」

 たぶんみんな、もう帰りたいのだろう。梅雨に入ってからはほぼ毎日が筋トレとミーティングで、まともに身体を動かせていなかった。

 うちのチームは特に強いわけでもなく、単純に身体を動かすのが好きだから、という人間の方が多い。私も含めて。

 だからこの時期は、どうしてもあまりやる気が出ない。

「純ちゃんよろしく」

 純ちゃん、と呼ばれて、一瞬びくりとした。真央も私のことを、純ちゃんと呼んでいたから。

「任せて」

 私は今、笑顔だろうか。

「村井先輩カッコいい」

「あはは。照れるじゃん」

 真央に言われたのなら、私は嬉しかったと思う。

「じゃ、ちょっと待ってて」

 だらだらしないでよ、と付け加え、私は職員室へと向かった。階段を駆け上がり、廊下を早歩きで進む。教室に真央が残っていないかな、などと、無駄な期待を胸に抱きながら。

 彼女はきっと、勘違いをしている。上手く私の気持ちを伏せたまま、勘違いを解く方法はないものだろうか。

 私と島本は、幼馴染みに似た関係だ。私の姉と島本の姉が仲良くて、だから姉を通じての知り合いでしかないのだけれど。

 それでも、私には判る。島本は真央には似合わない、と。

 島本は時々、ひどく冷たい目を見せることがある。中学に入ってからはあまり見せてはいないけれど、私は幾度か見掛けたから覚えている。

 あいつは仮面を被っているだけだ。嫉妬のせいかもしれない。けれど、そう思う。

 考え事をしていると、職員室が見えてきた。少し上がった息を整えつつ、歩みを緩める。真央のことは忘れよう。少なくとも、今だけは。

 職員室の前に着くと、中から扉が開かれた。びっくりして扉の脇に寄ると、勢いよく、陽気なクラスメイトが現れる。

「あ。プリンス村井だ」

「長嶺、何なのそれ?」

 怒るというより呆れてしまう。こんなに短絡的な男が、腹黒島本と親友だというのがおかしくて仕方がない。

「ウチの学年一、後輩にモテてんじゃん。だから、プリンス村井」

 もてているといっても、それは本気ではなくて。

「理由になってないよ、そんなの」

 恋に恋するには、絶対に叶わない相手の方が良い。だから私は丁度良いのだろう。同性の、先輩だから。

 嬉しくは、ない。後輩に好かれるのは嫌ではないけれど。

「なってるね。村井の分を俺らに分けて欲しいよ全く」

 期待してしまう。真央も私のことを、特別に思ってくれるのではないかと。いつかは叶うのではないかと。

 たとえば、バレンタイン。友人同士でチョコレートをあげ合うのは普通のこと。知らない後輩から貰うのは、普通ではないこと。

 私の中で、混乱する。

 たとえば、メールのやりとり。大量のハートマークに、彩られたデコメール。他愛のない、友情の証でしかないのに。

 私は、期待してしまう。

「なってないよ。長嶺、じゃ」

 長嶺との会話を切り上げ、職員室の中を覗いた。けれど。

「いーや、なってるっつーの」

 切り上げたと思っていたのは、私だけだったらしい。長嶺はなおもしつこく話しかけてくる。

 この空気を読まない感じが、あの島本と仲良く出来る所以なのかもしれない。

「あ。関根先生」

 適度に無視して、顧問に声をかけた。

「今日、もう上がっちゃっても良いですか?」

 何故か横に、長嶺が立っている。

「良いよ。ちょっと待ってて、支度するから」

 何ともなしに長嶺の視線をたどると、先にいたのは。

「長嶺」

 担任だった。

「何?」

 長嶺に、聞いてみようか。島本のことを。あいつが真央をどう思っているのかを。視線を加藤先生に向けたままの、長嶺に。

「島本って……」

 違う。これはただの出しゃばりだ。私が真央の立場だったら、きっと嫌な思いをする。真央の誤解を解くより前に、私が真央に嫌われる。嫌われるのは。

「島本? 何?」

 嫌だ。

「あ、え、うん」

 私は、誤魔化すために口から出任せを述べた。

「お姉ちゃんがね、たまには奈緒さんと遊びたいなって言ってたのをさ、思い出したから」

 私が島本について語るのは、姉の話が丁度良い。違和感なく、不自然でなく、私が口にしかけた内容からは程遠く。

「へー。伝えとく?」

「どっちでも良いよ」

 姉が奈緒さんの話をしていたのは、本当だけれど。

「じゃ、止めとく。あいつ、姉ちゃんの話すんの嫌がるからさ」

 知らなかった。私の島本に対する印象からすると、むしろ。

「お待たせ、村井。行こうか?」

 むしろ、嬉々として。

「あ、はい。それじゃね、長嶺」

 いや、それでこそ島本かもしれない。

 私は長嶺に手を振り、関根先生とともに屋内練習をしている場所へと向かった。真央のことを考えながら。どうにか仲直りをする方法はないかと、上の空で考えながら。

 ふいに、ひとつの案が浮かび上がった。けれどそれは、無謀な駆け引き。島本を利用するのは嫌だけれど。私の気持ちを偽るのは辛いけれど。

「あの……関根先生」

 本当のことを伝えられないのだから仕方がないと、私は自分に言い聞かせる。

「どうした? 村井」

 このまま失うよりは、きっと。

「関根先生。私、先に帰っちゃ駄目ですか?」

 私の中に空いた穴を埋められるのは、真央だけだ。

「うーん。まあ、明日はミーティングだし、大丈夫だけど」

 思い立ったが吉日。早ければ早いほど、上手くいく可能性が高い。

「すみません。みんなに謝っておいて下さい」

 教室にはきっといない。

「たまには良いんじゃない? 村井、いつもキャプテンとして頑張ってるし」

 メールアドレスは、きっと変わっていない。

「ありがとうございます」

 心から頭を下げ、私は教室へと急ぐ。携帯で、真央に送ろう。悔しい嘘を。優しい偽りを。

 私は島本に振られたことがあると。今は何とも思っていないと。

 空洞を埋めるための穴を、自ら掘る。最低の嘘を。最愛の彼女を取り戻すために。不誠実な友情のために。

 一方的な、恋心のために。

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