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Draft/設計図

 人生において進むべき道が決まっているのだとしたら、俺はきっと、産まれた瞬間にハズレを引いてしまったのだろう。

 いつからか、俺は、制御の利かない感情に操られるままに。

「島本、パスパス!」

 押し殺せぬままに。

「ああ、悪い悪い」

 日々を懺悔して生きている。

 ドリブルしていたボールを寺田に投げ渡し、コートの隅に移動した。球技大会なんて面倒臭い。何で全員参加なのか。

「島本しっかりしろよな、我がクラスの得点王なんだから」

 せっかくの雨だというのに、何故俺は屋内競技になんて参加させられているのか。

「判ってるわ。せいぜい俺に頼れ」

 ああ、鬱陶しい。

「ほれ、行くぞ」

 俺は何もしたくない。俺にとって学校とは、ただの逃避の場でしかないのだ。

 学校にいる間は、家にいなくて済む。そんな当たり前のことが、俺を保つにはとても大切で。

「島本様が大量得点奪ってやるよ」

 今はまだ、どうにか保つことが出来てはいるが。

「頼むぜ島本」

 いつ決壊するのかが、俺にも判らない。ぎりぎりのバランスで、俺は島本正喜を演じ続けている。

「頼め頼め、頼みやがれ」

 敵チームの間抜けな選手が、俺の近くにいたひょろ長いだけの木偶の坊にボールを投げた。挑戦的な態度は、俺に火を点ける。やる気はないが、負けるのは嫌いだ。

 俺は飛んでくるボールを空中で奪い取り、味方チームの長嶺にパスした。ボールが渡ったことを確認すると、俺を取り囲む奴らを振り払い、自軍のゴール下に走る。

「長嶺、よこせ!」

 球を籠に入れるのは簡単だ。勝つ必要はないが、負けるのは気分が悪い。勝てばまた、次の試合が待っていることは知っているが。

 ――正喜は負けず嫌いね。

 あいつの言葉が頭をよぎる。鬱陶しい。学校にいるときくらい、俺を解放してくれよ。

「後は任せた」

 さすがに長い間友人をやっているせいか、長嶺の放った球は絶妙なラインを描き、俺の頭上に飛んできた。

 軽く腕を伸ばしボールをキャッチすると、俺はそのままゴールに投げる。ゆったりと山なりに、球は確実にゴールを目指し。

 網に球が掛かる音と共に、俺のクラスは得点を伸ばした。

「島本ナイシュ!」

 徐々に点差が開いていく。

「それはナイスシュートなのか? それともナイスが訛っただけなのか?」

 ここ数日やたらに静かだった長嶺は、元々身体を動かすことが好きだからか、今は機嫌が良いらしい。

 こうやって馬鹿な会話が交わせなければ、友人としての価値もないが。

「ダブルミーティングってヤツじゃね?」

「寺田、それを言うならダブルミーニングだろ」

「ミ……?」

 三文芝居ならぬ、三文漫才。そんな言葉はありやしないので、もちろん俺が作った造語だ。しかしこういう会話こそが、俺を保つには重要なのだろう。

 現に、今の俺は、楽しげに笑えている。

「今なら時給千五百円で英語みてやるよ」

 寺田は、からかい相手には丁度良い。

「何で値上がりしてんだよ」

「そうだな為替の影響かな」

 家が近所でなかったなら。幼なじみでなかったなら。きっと、友人になんてなっていなかっただろうとは思う。

「へ? 川瀬?」

 しかし別に、嫌いではない。

「川瀬百合子がどうしたん?」

 たまに、無知故の天然ぶりにひどく苛立つことはあるが、そんなのは些細な問題でしかない。

 今さえ楽しければ、どうにかなる。

「川瀬は関係ねえよ」

 笑っていられれば、どうにかなる。

「島本が言ったんだろ?」

「言ってねえし。つか、始まんぞ」

 コートを取り囲むギャラリー連中に軽く手を振り、優等生らしさを演出してみる。そういえば、そろそろまた面倒なイベントの時期だな、と気が付いた。

 今回はどう断ろうか。

 我ながら性格が悪いと思うが、何度も来やがる相手が悪い。矢島如きが俺に惚れるとは、百年早いんだよ。

「……島本!」

 俺を呪縛するものから解き放ってくれるような存在なら、或いは受け入れる価値があるのかもしれないが。

「おう」

 いつの間にか再開していた試合に、何食わぬ顔で紛れ込んだ。俺がいなければ、うちのクラスは勝てやしない。多少の独善は許されるだろう。

 バスケ部員はバスケの試合には参加出来ない。交遊目的のくだらない大会だからこそのルールだが、俺みたいに部活には所属せずにいて、しかも部員共より上手い人間への対処がなっていない。

 まあ、別に構わないのだが。

「寺田、回り込め」

 優等生の仮面は、一度被ったら外せない。

「了解!」

 つけ心地は、悪くない。ただ、本当の自分とのギャップに、時々戸惑ってしまうだけで。

「島本、いくぞ」

 俺には気の置けない友などいない。

「ばっちり決めてやるっての」

 本当の自分は、俺にも判らない。親友であるはずの寺田たちにさえ、俺は親しい友人の仮面をつけて対応している。

 本当の俺は、きっと。

「……左手は添えるだけ、っと」

 どろどろとした欲望の塊だ。

 制御の効かない感情に、押し殺せぬ感情に。逆らうことも出来ず、ただ、促されるままの。

「二十六点差!」

 今はまだ、どうにか押さえ込めてはいる。しかし、もし。促されるままに突き進んだら、俺はどうなるのだろうか。

 恋慕の情など捨て去りたい。強くそう願っているはずなのに、それでも捨て切れていないのは。

「よし、もう大丈夫だろ」

 俺の本質が、欲望にまみれているからに他ならない。

「ちょっと待て。島本がいないとディフェンス穴だらけになるっつの」

「知るか。疲れたわ朝からずっと。少しは俺を休ませろ」

 言いながら、控えの席へと歩み寄る。呆け面で試合を眺めていた津田と無理矢理ハイタッチをし、俺はベンチに腰掛けた。

「え? 僕?」

 明らかに運動が苦手そうなクラスメイトに優等生らしい笑顔を向け、口を開く。

「大丈夫。残り時間も少ねえし、こんだけ点差がありゃもう負けねえよ」

 何でうちのクラスのバスケチームはどいつもこいつも運動音痴なのだろうか。俺がいるから大丈夫、とか何とか言って集まって来やがったから、仕方ないのかもしれないが。

 立ち上がったまま動こうとしない津田の背を軽く叩き、早く行くように促す。

「ほら」

 苛立ちと悪意を笑顔の下に隠し、嫌がるクラスメイトにエールを送った。俺の思い過ごしかもしれないが、津田は俺のことを嫌っているような気がする。

 悪意には悪意を。好意にも悪意を。

 ああ。なんだか俺は悪意しか振り撒いていないらしい。しかし、隠せてはいる。

「頑張れよ」

 おそらくは、隠せているが。

「……ああ」

 誰かに見透かされたいと、少しだけ、願っている。俺の内側に潜む欲望の塊を。消し去りたい恋慕の情を。

 醜い俺を。完膚なきまでに叩きのめして欲しい。そうすれば、きっと。

「負けんなよ」

 きっと、前に進める。

 ベンチから眺める試合はひどく退屈で、並べて考えるのも馬鹿らしいがプロの試合とは比べものにならなかった。もっとも、当たり前の話だが。

 いつもなら来るはずの矢島が寄ってこないのは不思議だったが、鬱陶しい思いをしなくて済む。矢島如きに気を配るのは面倒臭い。もしこれが、あいつだったなら。

 いや、そんな非現実的なことを考えるのは止めよう。遺伝子という名の設計図には、最初から間違いがない。間違っているのは、俺の心だけだ。しかし。

 うんざりするほどくだらない試合のせいか、気付くと、不毛なことを夢想していた。観念的な妄想を。白日夢に似た願望を。叶うはずのない、仮定を。

 もし。あいつが他人だったなら。あいつが矢島だったなら。

 あいつが、姉ではなかったなら。

 俺はもう少しだけ、人生を悲観せずに済んだのかもしれない。もう少しだけ、素直な笑顔を手に入れられたのかも、しれない。

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