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Wonderful/素敵な

 アタシにとって津田の存在とは、いったい何なんだろう。

 惚れている、とは違う。たぶん、お気に入りなんだと思う。現状もよく判らない。友達と言えば友達だけど、違うと言えば違う気もする。

 ――良い機会なんだから、チョコあげちゃいなよ。

 チカにとっては他人事だから、簡単にそんなことを言う。そんな簡単に気持ちを伝えられるようなら、今頃アタシは結論を出していた。どちらになっていたのかは、判らないけど。

 たぶん、きっと。八割以上、振られていた、気がする。

「……違う違う、弱気になってどうすんのアタシ」

 思い切り頭を振り、否定的な思考から逃れようとした。津田が志望校を西高から白高に変更した理由を、自分に都合の良いように解釈してみる。

 南女子高校に近いから?

 そんなはずはないんだけど、少しだけ、そうだったら良いなと思う。

 津田の考えていることは、アタシにはいまいちよく判らない。判らないからこそ、自分にとって都合良くも都合悪くも考えられる。

 クリスマスに会えない? とメールを送った時は、塾があるからと断られてしまった。都合良く考えるなら、その日は本当に塾があったんだと思うし、都合悪く考えるなら、アタシを鬱陶しく感じていたからだと思う。

「……よし」

 柄にもなく徹夜して、初めて作った手作りチョコレート。ラッピングはボロボロだけど、愛情だけは詰まっている。

 チャンスは放課後。チャンスは今。

 帰宅しようと教室を後にする津田を、アタシは追い掛けようとした。だけど立ち上がるより前に、教室の出入り口が塞がれる。一足遅かったらしい。寸前に出て行った津田は、もう既に廊下を歩いているのに。

 急ぎたい。だけど、バレンタインはアタシだけのものじゃない。

「センパイ、あの、これ、受け取ってください!」

 出入り口を塞ぐ後輩らしき女の子が、うちのクラスの村井に紙袋を差し出している。いかにもな、バレンタインのチョコレート。アタシの不器用なそれよりも、ずっと綺麗な。

「ありがとう嬉しいよ。えっと、名前、何さん?」

 まるでプログラミングされているみたいな受け答え。村井の言葉は無感情なようでいて、だけど優しい言い回しで。

「……あ、えっと、一年の、鈴木です。鈴木花子」

 そういえば、今日すでに何度か見たやりとりかもしれない。相手の女の子は、毎回違っているけど。

「そう。ありがとう鈴木花子さん。大事にするね」

 ああ、良いな。アタシもああいう風に、受け取って貰えるのかな。津田に。

「は、はい。こちらこそ、ありがとうございます」

 それとも。嫌な顔をして突き返されるのかな。津田に。

 ほっとしたような笑顔を浮かべる後輩女子を見ていたら、アタシの不安は増大した。やっぱり、やめた方が良いんじゃないかと思う。だけど。

 このまま、中途半端なまま。卒業はしたくない。

 大げさなくらい思い切り、力いっぱい椅子を引いた。がたがたと音がする。気合いを入れて、立ち上がる。

「ごめん村井、そこ通して」

 軽く髪を直す。鞄と、チョコの入った紙袋を手にする。

「あ、うん。塞いじゃってごめんね」

 歩く。進む。緊張する。

「アタシの方こそ、急かしてごめん」

 これは、後輩への言葉。アタシの仲間へのねぎらい。

「……お互い、頑張ろうね」

 小さな声で、呟いてみる。アタシの背中を押す言葉。びっくりしている後輩に、にっこり笑顔を返すアタシ。余裕なんてないんだけど、少し心が落ち着いた。

 すり抜けて、廊下に出る。津田の姿は見当たらない。

「さっすがプリンス、まーたチョコ貰ってんのかよ羨ましい」

「うるさいよ長嶺。ごめんね鈴木花子さん、気にしないでね」

 教室から村井をからかう長嶺の声が聞こえてきたけど、アタシには関係がない。ただ、前進するのみ。

 津田の姿を求め、アタシは廊下を進む。背の高くない津田は、人波に埋もれて目立たない。バレンタインの賑わいが、アタシの恋路の邪魔をする。だけど。

 そこにだけ、光が射していた。廊下の窓から、うっすらと。

「つ、津田!」

 賑やかな廊下の中央で、津田はアタシに振り返る。ずいぶんと放置しているらしい前髪が眼鏡に掛かり、冴えない津田をより冴えなくしていた。

 だけどアタシは、そういうところも含めて、津田のことがお気に入りなんだと思う。無頓着でガリベンで冴えなくて、声だけが男らしくて。

「……なに?」

 鞄の裏に何かを隠し、津田が口を開く。アタシを魅了する、魔性の声と共に。

「あの、その」

 周囲の目が気にならないと言えば嘘になる。それでもアタシは、一世一代の勝負に臨みたい。たとえ振られて玉砕しても、今のままよりきっと良い。

 アタシに失恋は似合わない。似合わないけど。

「き、今日、その、えっと」

 うだうだ悩んでいる方が、もっとずっと似合わない。

「バレ、バレンタイン……」

 きっと今のアタシは真っ赤になっている。あり得ないほどに緊張していて、全身が細かく震えている。

「だから、あの、その」

 はじめての告白。ギャラリーが多数。失恋しても構わないから、アタシは津田に伝えたい。アタシの、気持ちを。

 目の前に立つ津田の瞳に、アタシの姿が映っている。いぶかしむような目で睨まれて、それでもアタシは嬉しく思う。

「これ」

 ひどく歪なチョコレート。チカと一緒に一生懸命選んだはずなのに、何故かボロボロのラッピング。だけど、愛情だけは籠っている。

 御世辞にも綺麗とは言えない、私の想いの丈。それを、津田の眼の前に突き出した。

「バレンタイン、だから……」

 緊張で、前が見られない。津田のリアクションが確認出来ない。

 困っている? 怒っている? 呆れている? 迷惑している? それとも、ひょっとしたら、喜んでいる?

 一瞬なのかもしれない沈黙が、長く感じる。早く何かを言って欲しい。受け取って欲しい。突き返されても構わない。

 早く、何か。

「西洋の風習に則って」

「え?」

 想定していなかった言葉に、思わず声が漏れた。思わず顔を上げる。

「いや……何でもない」

 私の手にあったはずの包みは、既に津田の手の中にある。受け取っては貰えた、らしかった。

「どういう意味? 津田」

 だけど、答えを聞いていない。アタシの恋は、どっちに転がったんだろう。

「……意味なんてない」

「え?」

 言葉の意味は判らない。それでも、否定だということは判る。つまり、きっと。

「やっぱり何かの間違いだ。僕が」

「え?」

 たぶん、間違いなく。アタシは公衆の面前で、きっぱりはっきり振られている。

「いちいち、えーえー、うるさい」

 判っていた結末。それなのに、涙が滲んでくる。

「だって」

 アタシに失恋は似合わない。乗り越えなければ前に進めない。だけど。

「何で僕がこんな馬鹿女のことを」

 その声でアタシを責めないで。自分でも判っているから。

 目の前の津田が遠くに感じる。涙でぼやけた視界のせいかもしれない。

「とにかく要らなかったら捨てろ」

 だから、何かを握らされていたことにすら、アタシは気付くことが出来なかった。

「え? これ、何?」

 空いた手で涙を拭い、津田に渡されたものを見る。小さなそれは、アタシが用意したものとは比べ物にならないくらいに綺麗なラッピングが施されていた。

 手のひらサイズの小さな箱。軽く振ると、カラカラと小さな音を立てる。

「最初に言ったろ? ……聞いてなかったのかよ」

「最、初?」

 聞き逃してしまうくらいの小さな音。見逃してしまうくらいのささやかな変化。

「疑問符ばっかり。本気で間違いな気がしてきた」

 津田の頬が、少しだけ。

「何の話?」

 気のせいかもしれない。アタシに都合良く考えているだけかもしれない。

「……バレンタインの習慣。調べりゃすぐ判る」

 それでも。不自然に目を逸らす津田の顔は、少しだけ照れているように見えた。

「バレンタイン?」

 期待しても良いの? 期待したら駄目なの?

「ああ。いや……」

 アタシは、どうしたら良いの?

「やっぱり返せ。僕はお前なんかに興味はない」

 津田は、アタシのことをどう思っているの?

 顔を赤くして、不貞腐れたような表情で。不機嫌な口調でそんなことを言われたら、どう捉えれば良いのかが判らない。

 判らないよ。津田が、何を考えているのかなんて。

「アタシも、津田なんか興味ない」

 だけど、きっと。好かれてはいない。

「……興味、なかったよ。本当は」

 だから、きっと。失恋なんだ。

「でも、気付いたら眼で追ってて、気付いたらずっと考えてて。だから」

 どんなに気持ちを伝えたところで受け取っては貰えない。それでも、アタシの口は止まらない。

「アタシは、津田のことが」

 ――津田のことが、好き。

 震える口からは言葉が出ない。さっきまで勢い付いていたはずなのに、何も言葉が出てこない。判っている、見えている結末を、それでもアタシは受け入れられないのかもしれない。

「川瀬」

 津田の囁き。アタシの好きな声。

「なあ川瀬。オマエ、人の話聞いてないのか?」

 聞いていない。聞こえない。津田の口から断わりの言葉なんて聞きたくない。

「……ああ、もう。だから馬鹿は嫌いなんだよ」

 それでも聞こえてしまうのは、魔性の声を持っているから。

「一から十まで全部説明しないと駄目なのか?」

 アタシは馬鹿だから、津田の考えなんて判らない。だけど、痛いほどの視線を感じる。

「津田……?」

 不機嫌な津田。アタシの渡したチョコの包みを大事そうに抱えている。

「大体、何でこんなとこでこんなもんを渡そうとする? 馬鹿なのか?」

 長い前髪の奥の瞳は、それでも優しい光を放っていて。

「アタシは、馬鹿だよ。馬鹿だから……」

 その声と相まって、アタシの心を魅了する。どうしてもお気に入りだと自覚する。どうしても、好きだと思い知らされる。

 続きを言えないアタシをよそに、津田が大きな溜息を吐いた。

「ああ、もういい! ……メールする!」

 呆れたように言い放ち。小箱を再度、押し付けて。

「え?」

 捨て台詞を残し、津田がゆっくりと去っていった。

 残されたアタシは津田の後ろ姿を眺め、言葉の意味を考える。メールする。それは、希望と捉えても良いんだろうか。

 ふいに、アタシのスマホが音を奏でた。津田専用の着うたが、廊下を激しくこだまする。アタシは慌ててスマホをタップし、津田のメールを確認する。

 断りのメールでも構わない。振られるなら、早く結果を知った方が良い。知らないままじゃ、前に進めないから。

 だけど、手が震える。指先が震える。津田から返事が来ているという事実に、緊張感が高まっていく。

 ゆっくりと、呼吸を整えながらメールアイコンをクリック。画面が切り替わり、メールが表示された。

「……え?」

 現れたのは、アイツらしくない可愛いメール。文章はひどく短いけど。

 Be My Valentine.

 私のバレンタイン? どういう意味?

 英文の意味は判らない。津田の言っていた西洋の風習は判らない。だけど。これは、きっと。

「津田……」

 アタシは馬鹿だって知っているのに。こんな回りくどいことをされても気付かないくらいの馬鹿だってこと、津田は知っているはずなのに。

 津田の方が、もっと馬鹿だ。アタシよりきっと、ずっと馬鹿だ。

 渡された小箱の包みをゆっくりと解き、中を確認する。現れたのは小さなイヤホンジャックアクセサリと、数字の書かれたメッセージカード。津田の、携帯番号。

「津田」

 アタシを魅了する津田の声で、はっきりと。アタシにも判るように伝えて欲しい。津田が、どう思っているのかを。

 書かれた番号をゆっくり入力し、スマホを耳に当てる。廊下の窓から見えるのは、今はまだ蕾を付けていない木々だけ。

 もうすぐやってくる春には、綺麗な花が。

「……もしもし」

 アタシの恋と同じように。

「ねえ津田? あのメール、どういう意味?」

 綺麗な色で、満開に。

「……川瀬。オマエ、少しは自分で考えろよ」

 それはまるで、素敵な未来。津田と漕ぎ出す、アタシの青春。

「アタシ、馬鹿だから考えても判んないよ?」

「じゃあオマエはずっと判んないままでいろ」

 淡く鮮やかな桜の花が。

 青い春空を、彩るでしょう。

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